第43話 吉夢
あの日は食事をした後にイルミネーションを見に行ったんだ。
「その呼び方は飽きた。名前で呼んで?」
「……遥夏」
「何? りつ」
周りがイルミネーションに夢中になる中、俺は隣にいる遥夏と顔を合わせた。そして、生まれて初めての告白をした。
「好きです。すごい、大好きです」
好意の伝え方がわからなかった。
どこが好きなのか、いつから好きなのか、そういうことも含めて伝えればよかったのに。この時の俺は、とにかく恋していることを伝えたくて不器用だった。
遥夏は告白を受けて、少しだけ目を見開いて、少しだけ口を開けた。でもまたいつもの顔に戻って、少しだけ口角をあげた。
「知ってるよ」
生意気なところだけは変わらなかった。でも、そんなところも大好きだった。
「返事は……?」おそるおそる聞く。
「なんの返事かちゃんと言って。言葉足らず君」
遥夏は俺の指に軽く触れてきた。気温が低く寒い中、わずかに感じた遥夏の指は冷たい。俺はその手を、緊張で温まっていた手で握った。
「好きです。大切にするから、俺と付き合ってください」
口からもれた白い息が視界に入る。
彼女の嬉しそうに微笑む顔に、ドキドキした。
「うん!」
俺の胸に頭をおしつけた遥夏は、腰に手をまわした。
あの時の俺はその行動にどうしていいのか一瞬悩んだけど、恋人に触れないわけがなかった。
優しく包むように抱きしめたことはよく覚えていて、初々しい。
幸せそうだなぁ。
本当に、幸せそう。
この夢がずっと続けばいいのに。終わらなければいいのに。
ここにいれるなら、醒めない夢も悪くない。
♢♢♢
うっすら目を開くと、見覚えのある天井が視界に入った。
ここがどこだか数秒くらいわからなくなっていると、立花の声が聞こえて現実に引き戻された。
「律貴! よかったあ、あの世にいっちまったかと」
状況がつかめないでいると、立花はスマホを出して電話をしだした。「律貴が起きたよ!」誰に報告してるんだろ。
あ、思い出した。身体がだるくてベッドに寝込んでたんだ。今も頭がクラクラするけど、朝よりかはだいぶましだ。
「身体起こせる?」
立花に身体を支えられながら頭を起こして、壁に背中をつけた。
「うっ」頭痛で頭を支える。
「大丈夫? 今、有沙ちゃんたちと電話してるんだけど、律貴の顔見たいって」
あれ、そういえばなんで立花がここにいるんだろう。
『リツさーん!』
立花は少し離れたところで俺を画面内におさめるようにスマホをかざした。
ああ、ビデオ通話か。
『あ! 映った! リツさんだ~。だるそうだねー』
有沙さんと静音さんが画面に映っている。宿のリビングだ。
机の上にスマホを横向きにおいて、有沙さんと静音さんが画面を覗くように映っている。有沙さんが画面外からいなくなると、七瀬さんの腕を無理矢理ひっぱってきて画面内にいれている姿が映る。
これで3人そろった。
『いろいろと聞きたいことがあるけど、風邪のほうは大丈夫ー?』
『心配したんですよ。空港に行ったらリツさんは来ないって言われて、電話をしても出ないんですから』
今朝の電話はそれか。
「ごめんね。体調は朝よりはましだけど、まだ頭痛いかな」
『そうですか……。っていうか、リツ君ってそういう顔だったんですね』
?
『ウィッグを外した姿を、このタイミングで見ることになるとは思っていませんでした。あはは』
……あっ、すっかり忘れてた。
でも別に怖くない。静音さんは優しいから俺のことは罵倒しない。
『有沙と七瀬の様子からして、二人は気づいていたようですね。私だけ仲間外れですか』
『ごめんねー。でも流石しずちゃん。全然驚いてな~い』
『ええ、もちろんです』
静音さんは俺を見た。
『前も言いましたが、私は自分が見ていないことは信じていませんよ』
信じてください、と言われている気分で慣れなかったけど心がほっこりした。さっきの悪夢が夢みたいだ。
「ありがとう、静音さん」
俺と静音さんばかり話していると、有沙さんが言葉を発した。
『あとでまた電話するねー』
すると、七瀬さんが有沙さんの頭をチョップした。
『病人を無理させない』
普段と違って、優しい一面がもろに見れたからドキッとした。七瀬さんは一向にカメラのレンズを見ないから目が合わなかったけど、涼しい顔をしながらもスマホの画面だけは見てくれていた。だから、少しは心配してくれてるのかも。
時間帯を見ると夕方だった。
「律貴。眠い?」
「ん、横になりたい……」
目がまわってきた。
「じゃあそろそろ切りますよー? アンクリちゃんたち、言い残すことある?」
『あとで写真送るから見てね~!』
『お大事にし……』
ブツ__スマホの画面が真っ暗になった。
「ごめん。充電切れた」
「俺の充電器使って」
「さんきゅ。今日泊ってくよ。看病するから」
「ありがとう」
立花が作ってくれたおかゆを食べると、予想通り絶望的な味がした。
「俺が料理できないの知ってるっしょ」
「ははっ」
この後また寝たけど、もうあの夢は見なかった。
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