第42話 悪夢
♢♢♢
あの日の夢を見た。
「おうちデートしたいなぁ、なんて」
遥夏がそんなことを言い出したのは、2年前の12月上旬だった気がする。いつものように二人で屋上のドアの前に座り、1年記念日をどう過ごすか考えていた。
「俺の家は無理だよ。一応、遥夏の会社のライバル社長が家にいるし……」
「わかってる。私の家来てよ」
遥夏は両親に、クリスマスを友達と1泊して過ごすと伝えていた。そしたら両親もどこか1泊することにしたそうで、家には誰もいない。
「友達と1泊過ごすって……」
「恋人ね、恋人。嘘ついちゃった」
恋人がいるなんて言ったら、両親でもパニックになるか。
「でも俺が家入って平気かな。近所にバレない?」
「大丈夫。鍵開けとくから急いで入ってきて」
この時は、これが罠だとも知らずに、呑気に遥夏の家の中に入ったんだっけ。
当日、周りの視線を気にしながら急いで遥夏の家の中に入ると、遥夏は玄関で待ってくれていた。家でのラフな格好を見たことがなかったから新鮮だったし、ドキドキしていたのを覚えてる。
「ゲームしよ。友達から借りたゲームがあるの」
「え、友達いたんだ」
「前に話したでしょ。妹みたいな存在の子がいるって」
「ああ、え!? あの、川端社長の娘さんって言ってた人?」
「そうよ」
そういえば、この時に有沙さんの話が不意に出ていたんだ。
有沙さんの存在すら知らなかったんだ。懐かしい。
ゲームをして、ごはんを作って、風呂に入って、だらだら話して、二人で一つの布団に入った。少し気まずい夜を過ごした後、すぐに朝が来た。外に誰もいないことを確認して走って出て行ったけど、その時も記者にマークされていたんだ。
そしてあの出来事がやってきたのは、その日から二日後。
「これ、中村だよな」
クラスメイトが俺を見て何やら話していた。仲が良かった立花は俺のところに来てすぐにあの報道のことを伝えてくれた。
幸い、SNSが普及していない時だったからネット上に俺の顔が広がることはなかったし、学校内での虐めだけですんだ。けど芸能界、特にアイドル業界では俺の顔を知らない人はいなかったそう。
報道から1週間、俺のせいで父さんの会社はすぐ赤字になって、その腹いせに酷く暴力を受けた。
「お前のせいだ、お前の!!」
ああ、痛そう。痛かった。でも泣かなかった俺がいる。唇がきれてる。頬に痣がある。服で見えてない身体中にもきっと傷がある。
「お前の席、今日からあそこな」
学校では、俺の机と椅子が校庭にほっぽってあったっけ。上履きもペンキか何かで塗りたくられていたけどずっと使ってたな。先生は主犯の生徒を叱っていたけど、結局虐めはなくならなかった。
ちょっとだけ泣きそうになったけど、また我慢している。
高校3年生になってからは学校に行かなかった。ずっと部屋にひきこもった。
「お腹空いた……」
一人でご飯を作って、独りで食べた。
リビングで両親に会うと舌打ちをされるから、あの二人がいない時にごはんを作って、自分の部屋で食べた。冷蔵庫に何もない日は何も食べなかった。
俺は本当に愛されていなかったんだって、改めて自覚した。
少しやつれた俺を、俺は見ていられなくなって目をつむった。さっきとは少し違う雰囲気を感じてゆっくり目を開けると、大勢の人混みの中を歩く俺と遥夏の背中が見えた。
「先輩」
あの時の俺は、まだ遥夏をそう呼んでいた。
ああ、この日のことは今でも忘れない。
3年前の12月25日__俺が遥夏に告白して付き合った日だ。
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