第39話 二度目の誉め言葉
七瀬さんは俺のスマホを手にとって、ジッと眺めた。
髪の毛のせいで、どんな顔をして見ているのかわからなかった。
「証拠は? 貴方と遥夏さんが付き合っていた証拠」
「アルバム開いて。まだ写真残ってある」
あまり写真を撮らない俺は、いつも遥夏が撮ってくれた写真を保存していた。自撮りとかわからないから全部任せていたんだ。アルバムにある写真も、全部遥夏が自撮りをしてくれているのがわかる。
「全部、遥夏さんとの写真ばっか」
でも全部、笑っていた。
あの時に戻りたくなってくる。
「パーティで遥夏と話した時、あの報道は自分が仕組んだものだって言われた。終いには、さようなら、ってお別れされたし。ははは……」
少しだけ笑うと、七瀬さんは俺の頬をつかんできて地味に痛かった。
「間抜け面」
だんだん胸が痛くなってきて、笑えなくなってきた。
「車の中で言ってたわね。8月のフェスでまた声かけるって」
「聞いてたの? 寝てたんじゃ……」
「貴方たちがうるさいから起きた」
有沙さんと七瀬さんは二人とも寝たふりをしてたんだ。
「貴方の推しが有沙っていう話も聞いてた」
「推しっていうか、印象的な人がね」
「今も変わってないの?」
「……さぁ、どうだろ」
何も考えてないからわからない。
「どちらにしろ、貴方のアイドルは遥夏さんでしょうけど」
俺のアイドルは遥夏、か。
「うん。そうだよ」
憧れでもあり、ファンでもあり、初恋であり__。
「すっきりしたわ。聞きたかったことを聞けた」
信じてくれたってことでいいのかな。
立花以外に俺の言い訳を聞いてくれた人はいなかったから、落ち着かないなぁ。
「貴方、臆病な人だと思ってたけどそんなことないのね」
七瀬さんは、やっと俺の目を見てくれた。
「私が貴方だったら、そんな恋人すぐ捨てる。でも貴方はそんなことしない。びくびく怯えて生きずに、信じて背中を追いかけるところは、勇敢なんじゃない?」
「……二度目だ」
「は?」
「七瀬さんが俺のこと褒めたの、二度目だよ」
一回目は、七瀬さんの家でシチューを作っている時に手際の良さで褒められた。二回目は今、昔の俺を褒めてくれた。
嬉しくて笑った。
信じてくれないんじゃないか、けなされるんじゃないかって、そんなマイナスなことを考えていた。でも違った。七瀬さんは俺のことを褒めてくれるんだ。
生きることに疲れかけた人生を送っていた過去の俺の背中を撫でてくれているようだった。
「で、でも私は貴方のこと好きじゃない。それは変わらない」
「それでも嬉しいよ」
泣きそうになったけど、情けないから頑張ってひっこめた。
すると、丁度良いときに有沙さんと静音さんが俺たちを探しているところを見かけて、こっちに気づくと駆け足でやってきた。
「ごめんね~。屋台に夢中になっちゃった」
「ご迷惑をおかけしました……」
「本当。まったく、離れないでよ」
4人で屋台を見回っていると、有沙さんが急に立ち止まって輪投げの屋台を見つめていた。
「リツさーん! ぬいぐるみ取って~」
「いいよ」
「リツ君、輪投げできるんですか?」
「割とね」
お金を払って輪投げをすると、3等賞に輪が入ってくれて、ぬいぐるみを取ることができた。少し大きめの、犬のぬいぐるみだった。もう一つの輪は1等に入って、最後の一つは2等に入った。1等はかなり太めの棒だったから入れるのが難しいかなと思ったけど、手首をきかせて上手くいれることができた。すっぽりはまったから、俺が入れられたのは偶然だ。
「す、すごいです! 感動しました!」
「1等、あんなに遠くて太いのにすごーい!」
ぬいぐるみを袋にいれてもらって有沙さんに渡すと、嬉しそうに抱きしめていた。そういえば有沙さんの部屋のベッドに大量のぬいぐるみが置いてあったな。あのコレクションにこれも追加されるんだ。
「兄ちゃん! ほれ、1等と2等の景品だぞ。取るやついるとは思わなかったなぁ」
「あ、ありがとうございます」受け取ったら、4人で景品を見た。
「2等はお菓子の詰め合わせですか。いいですね」
「1等は~、ありゃ? プライベートビーチの、貸切券?」
はああああ!? 豪華すぎない!?
「貸切券は貰ったものなんだけどよ、行っても行かなくてもどっちでもいいから景品にしたんだ。彼女さんとでも行ってきな!」おじさんは俺の後ろにいた3人を見た。
彼女いないんですよ。後ろの子たち、彼女じゃないんですよ。
お菓子の詰め合わせは空君にあげようと、七瀬さんに渡した。プライベートビーチの貸切券は静音さんに渡した。
「リツ君、いいんですか?」
「うん。あげる」
「えー、4人で行こうよー。大ちゃんと広樹さんも呼ぶ?」
「大ちゃんは来ない。仕事がある」
「あ、ではこういうのはどうでしょう」
静音さんは提案した。
「プライベートビーチで強化合宿をするんです。そうすれば大ちゃんもリツ君も来れますし、レッスンもできますし、遊べます! 一石三鳥ってやつです!」
初めて聞いた、一石三鳥。
でも有沙さんは賛成していて、七瀬さんも仕事ならいいと言った。つまり、俺は自動的についていくことになってしまった。
「はぁ」
敵わないなぁ、この人たちには。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます