第38話 約束の時間

「自分で買いなさい」


 七瀬さんは有沙さんにゲンコツをくらわした。有沙さんは痛そうに頭を抱えていたけど笑っていて、その様子を見ていた静音さんはクスクス笑っていた。

 ああ、いつも通りの3人だ。


「ななちゃんは何食べるの?」

「お腹空いてない」


 とりあえず有沙さんの食べたがっていたわたがしと、静音さんのリンゴ飴を買った。俺は特に食べたいものがなかったし、人混みに疲れたからとりあえず飲み物だけ買おうと思った。七瀬さんはいつもの珈琲を買っていた。

 イチゴオレはあったけど、今はなんとなく飲む気分じゃなかったから水を買った。


「あれ? 有沙さんと静音さんは?」

「……はぐれた」


 いつの間にかそばにいなくなっていたから、屋台から少し離れたところにあるベンチに座って連絡を取った。けど回線が悪くて繋がらない。


「有沙がついてるなら大丈夫」


 有沙さんがいれば静音さんは迷子にならない。多分、すぐに会えるだろう。

 それにしても七瀬さんとはあのパーティの帰り以来だから1週間話していなかった。確か、パーティの帰りは七瀬さんが眠そうにしていて、俺の目も見ずに別れたんだ。

 それを思い出すと、一緒にいるのも気まずい。今だって俺の目を一切見ようとしない。いつもそこまで目が合っていたわけではなかったけど、前よりも言葉に棘があるような気がする。

 怒らせたことしたっけ。


「ねえ。あの約束、覚えてる?」


 やっと普通に会話ができると思ったらそれか。


「俺と遥夏の関係を教えるっていう約束だよね」


 話す時がきたか。

 今までは、別に話さなくてもいいと思ってた。話したところで何か変わることじゃないと思ってたから。でも約束までしてしまったから話すしかない。


「一言でいうと、俺と遥夏は恋人同士で、1年間付き合ってた」


 七瀬さんは今どんな顔をしてるんだろう、顔を見るのが怖くて見れなかった。


「出会ったのは3年前、俺が高校1年生で、遥夏が高校2年生の時。俺たちも七瀬さんたちと同じ明星高校に通ってた。

 入学祝の食事帰りにたまたま会って、その時に遥夏がメールアドレスを教えてくれた。それから連絡を取るようになった。学校でも人の目を盗んで話したし、こっそり出かけたこともあった。

 それで、その年の12月25日に告白して、付き合うことになったんだ」


 七瀬さんはまっすぐ前を向いて聞いてくれていた。いつも人の話を聞く時はその人の目を見てくるから、今俺の目を見ないで聞いているところを見るとなんだか落ち着かない。


「毎日が充実していたよ。

 1年記念日には遥夏の家で楽しく過ごした。特になんの問題もなく、いつもより幸せな1日を過ごした。ただそれだけなのに、数日後にはあの報道が出ていた。

 意味が分からなくて混乱した。遥夏の教室に行ったら退学したって言われるし、電話をかけても繋がらない。メッセージも見てくれないんだ」


 思い出すと苦しい。

 よく俺は周りの罵倒に耐えて生きてこれたなってしみじみ思う。


「俺は何もしてないんだよ。本当に、何もしてない」


 拳を思いきり握った。皮膚が爪で切れてしまうんじゃないかってくらい、でもそんなこと気にせず、過去に対して拳を握り続けた。


「あの報道が出て少し経った後に、遥夏からメールが届いたんだ。そこで、あの報道は会社のために仕組んだことがわかった。

 俺の父さんは有名な芸能事務所の社長で、遥夏の所属する会社__つまり有沙さんのお父さんの会社とライバル同士でさ。そんな時に父さんが権力を使って、遥夏から仕事を奪った。それが原因で会社の売上が落ち込み始めたから、遥夏のそばにいた俺を使ってあんな報道を起こしたんだ。結果、父さんの会社は赤字状態に陥った」


 説明の仕方がへたくそだから伝わりにくいかもしれない。

 俺はスマホを開いて、あの時の遥夏とのメッセージ画面を開いて七瀬さんに見せた。


『だましててごめん。でも怒らないで。これも会社のためなの』

『俺といた時間、どれが嘘でどれが本当なのか教えて』

『あなたといた時間は全部嘘。あなたなんて好きでもなんでもない』



「これが、俺と遥夏の最後のメッセージ」

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