第37話 夏祭り

 夏休みは、学校に行くようにバイトに通っていた。平日はずっと勤務している。

 今も、いつものように立花芸能事務所の事務室でお仕事中だ。

 特に変わった日々はなく過ごしていたんだけど、ある一通のメールが届いてからは緊張で胸が張り裂けそうだった。

 そのメールは今朝届いた。夏休みが入る前に大学で仲良くなった子たちから夏祭りのお誘いがあったんだ。特別、仲が良いわけではなかったけど、講義終わりに立花と学食にいたら、女子二人が話しかけてくれた。それからメッセージでたまにやり取りするようになったんだけど……。


「中村君も行くでしょ?」


 断る理由がないから行くしかなかった。

 立花は嬉しそうだったけど俺は微妙。あの女子二人のうち一人は立花を狙っている。そうなったら俺は必然的にもう片方の女の子と夏祭りを回ることになる。

 興味ないし、そこまで仲良くないから、行ってもつまらない気分にさせてしまう。


「はぁ」


休憩時間にスマホを覗くと、有沙さんからメールが届いていた。


『今週末の夏祭りつれてって~』


 いや、なんで今? 向こうも休憩中なのかな。考えに考えていたらいつの間にか休憩時間が過ぎていたからすぐに仕事に戻った。返信はあとででいいや。

 なんて呑気にしていたら、仕事中に事務室のドアが勢いよく開いた。


ガチャッ!


「なんで既読無視するの~?」


 いかにも怒ってるのに笑顔を保ってくるところが恐ろしい。


「ここ涼しいね~」


 ドアを閉めて、隣のデスクの椅子に座った。さっきのメッセージの話の続きをした。


「夏祭りって誰が行くの?」

「私達3人とリツさん」

「悪いけど、俺もう行く人決まってるんだよね」

「広樹さん?」

「と、大学の人を含めた4人で」


 勘のいい有沙さんは察しが良かった。


「それって男女二人ずつっぽいね。リツさん、狙われてるんだ~」

「俺じゃなくて立花がね」


 有沙さんたちと行ったほうが楽しいと思う。もう少しはやめに誘ってくれたら絶対に有沙さんたちと行っていた。


「行きたくなさそうな顔ー。彼女がいるって嘘ついちゃいなよー」

「いないって言ってあるから……」

「できたって言えばいいよ。有沙が彼女役になってあげようかー?」


 アイドルとの恋愛は遥夏だけで充分だ。


「いいって。紹介するわけでもないんだし」

「でもリツさんの推しって有沙でしょ? 嬉しくなーい?」


 ん?


「パーティの帰り、車の中で聞いちゃった」


 眠っていると思ってたけど、起きてたんだ。

 聞かれて困ることでもないからいいけど、別に推しだとは言ってない。


「印象的だった人が有沙さんっていうだけだよ」


「ふーん」有沙さんはつまらなそうな返事をした。


「とにかく夏祭りは行けないよ。ごめんね」


 謝ると、有沙さんは椅子から立ち上がって俺のウィッグを思いきり取ってきた。


「ちょっ!」

「ついてこなかったら、中村律貴がここにいるってネットでバラしちゃうよ?」


 うっ、なんつう脅迫……。


「わかった。ついてくから、返して」


 そして夏祭り当日、4人で行くことになった。それもばっちり変装した。

 待ち合わせ場所の神社前にいると、あの3人もしっかり変装してやってきた。流石に着物を着たら目立つかもしれないから私服だったけど。


「やっほ~!」

「こんにちは」


 相変わらず七瀬さんは無視。そういえば空君はつれてこなくてよかったのかな。合宿前に空君をおばあちゃんの家に預けるって言ってたから、もう預けているのかも。


「こんにちは。食べたいものある?」

「有沙はわたがし!」

「私リンゴ飴が食べたいです」

「おごってくれるんだよね~、リツさん」



 聞いてないんですけど。そんなにお金持ってきてないし。

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