第35話 秘密な事情

「ねえ、遥夏ちゃんと何話した~?」

「過去の話。あの報道は遥夏が仕組んだものじゃないってことを確認したんだ」

「なんて言ったの?」

「……自分が仕組んだって言ってた」


 有沙さんは本当のことを全部知っている。だから問い詰めたかったけど、きっとまだ教えてくれない。七瀬さんの保護者として文化祭に行くことが最後の条件だ。この条件が達成できれば俺は真実を掴める。


「さっきななちゃんと3人で話したよ。ななちゃんと遥夏ちゃんがバッチバッチだった~」



♦♢♦♢


 リツさんが控室に向かっている間に、ななちゃんは遥夏ちゃんに声をかけた。


「遥夏さん。はじめまして。UnClearの青葉七瀬です」

「はじめまして」

「……単刀直入に聞きます。今の人が中村律貴だということはご存じですか?」


 本当に単刀直入に聞いてたんだよ。びっくりして口開けちゃった。

 遥夏ちゃんは嘘をつかなかった。


「存じています。彼は、2年前の報道に関わった中村律貴です」

「……知っていながら、なぜあの距離で話せるんですか?」

「ねえ、それって彼のスーツ?」


 遥夏ちゃんはななちゃんの質問を聞かなかった。


「え、ええ。そうですけど」

「……青葉さん。君にはまだ小さいかも」


 それだけ言って、その場から距離をとった。


♦♢♦♢



「ななちゃん、尊敬していた遥夏ちゃんと会えたのは嬉しいと思うけど、リツさんのせいでバチバチな空気だったよー?」

「わ、悪いと思ってるよ。でもそれだけで喧嘩する空気になるんだね」

「それだけ、二人にとってリツさんは大きいんじゃなーい?」


 俺の存在が大きくなってる、か。仲は深まってきていると思うけど。


「ねえ。ななちゃんにスーツ貸したままだったよね。どうして?」

「着たいって言われたから」

「ふーん。そうなんだ」


 有沙さんといる時は素で話せる。俺の事情を全て知っているから話しやすい。

 でも有沙さんは違う。俺の事情を知っているくせに、自分の事情を話してくれない。

 俺は心を許されていない。


「有沙さん。2年前に、家族と何があったの?」


 七瀬さんと静音さんの家庭事情はわかった。でも有沙さんだけ知らない。


「どうして2年前? もしかして、誰かに何か聞いたの?」

「静音さんから聞いた。2年前にUnClearが誕生したって。七瀬さんと静音さんは2年前に家庭で事件が起きた。もしかしたら有沙さんもって」


 何も言ってくれなかった。ただ、緑茶の入ったペットボトルを手に、まっすぐ目の前を見つめているだけ。


「聞いてどうするの? 弱みでも握ろうってこと?」

「違うよ。そんなことしない」


 いつもの有沙さんとは少し違って、人のことをもろに疑っていた。


「有沙さんは俺といて落ち着く?」

「……落ち着くよ。なんで?」


 ああ、今の有沙さんには効かないほうが良いかな。

 さっきからずっと、俺の言葉一つ一つを疑っていて、会話になってない。


「ごめん。やっぱこの話、やめよう」


 有沙さんはソファから立ち上がった。


「デッキに戻ろう? みんな待ってるよ」


 デッキに戻ると、すぐ七瀬さんと静音さん、立花に遭遇した。


「有沙……」

「しーずちゃん!」


 有沙さんは自分を心配していた静音さんを見て抱きついた。


「大丈夫だよー。リツさんのおかげで疲れが吹っ飛んだから」

「……そうですか」


 俺が変なことを聞いたせいで、半分しか疲れが吹っ飛んでないんじゃないかな。

 聞くタイミングを間違えた。


「あっちに自販機あったよ。しずちゃんの好きな珈琲と、ななちゃんの珈琲もあったから、あとで買いに行こ~」

「行く」

「行きましょう!」


 3人とも楽しそうに話してるから、いいのかな。

 このパーティはザッと4時間くらい続いて、もう20時を回っていた。閉演するときにはもう陸のそばに着いていた。

 みんながクルーズから降りる中、俺たちは自販機に向かった。大智さんと圭さん、立花はもう車に乗り込んでいる。


「リツ君はいつものですよね」

「うん。いつもの」

「また飲むの~? さっきも飲んでたのに」

「好きだから」


 イチゴオレを買うと、俺が買ったもので最後だったから”売り切れ”と表示された。元々イチゴオレだけ在庫が少なかったのかもしれない。

 車の中で飲もうと、みんなでこの場から離れようとしたら、遥夏とすれ違った。白い帽子を深く被っていたけどすぐにわかった。3人もすれ違いざまに遥夏を眺めたけど、遥夏は誰とも目を合わせようとしなかった。


「……先行ってて」

「え? リツ君!」

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