第34話 女王とお約束

 いつか七瀬さんには本当のことを話す時がやってくるとは思っていた。けど、それが今だとは思っていなかった。


「……七瀬さん。もう開演の時間だよ。行かないと」

「どうでもいい」

「よくない。圭さんは、8月のフェスでアンクリのみんなが有名になってほしいと思ってる。今日のパーティに参加したのだってアンクリのためなんだよ」

「じゃあ、約束して。私に過去を話すって」


 口ごもった。


「約束してくれないなら行かない」

「わ、わかった! わかった。教えるから」


 すると、七瀬さんはそばにあった棚からシャツを取り出した。


「これ着て。行くわよ」

「俺も?」

「ん。私の護衛でしょ。それに、私はまだあの時のこと許してない」


 あの時のこと、っていつのことだ?

 もしかして、水着を買った帰りの電車で話していたことかな。俺が秋君に顔バレしそうになった時に助けてくれて、その後最悪なことがあったっていう……。


「はやく着替えてくれる?」


 高そうなシャツだから着にくかったけど、女王に言われたら着るしかない。


「き、着替えたよ」

「……このスーツ、着てていい?」

「ああ、いいよ。そんなに寒かったんだね」


 七瀬さんは外に出てデッキに歩き出した。俺も後ろからついて行った。

 デッキに行くともう開演していて、圭さんが七瀬さんを探しているところで出会った。


「あ、よかったぁ。揃ったね。この3人が UnClear です」


 圭さんはお偉いさんたちに3人を紹介していた。お偉いさんたちの中の一人に、どこかで見たことある顔をしているなと思ったら、遥夏の事務所の社長だった。

 つまり、有沙さんのお父さん、川端社長だ。


「……っ」


 有沙さんは笑顔を保っていたけど、どこか居心地が悪そうだった。静音さんはそんな有沙さんを見かねて背中を擦っていた。

 やっぱり有沙さんにも何か家庭事情が……。


「加藤君! 久しぶりじゃないか。元気にしてたかい?」


 視線を向けると、おじさんが遥夏と話していた。妙に距離が近いのに、遥夏は嫌な顔一つしなかった。


「とても元気です」

「そうかい。次のライブはいつだ?」


 おじさんは、遥夏の腰に手を回した。

 さすがに耐えられなかったから割込みに入ろうとしたら、遥夏は軽くあしらった。


「良くないですよ、社長」

「んー?」

「次のライブは8月のアイドルフェスです。お楽しみに」


 そう言ってその場から去った。ちょうどこっちに向かって来ていたから俺と目があった。でも遥夏は俺の着ているシャツに目をやった。シャツが新しく変わっていることに気づかれた。


「私はもとから君に興味ないし、好きなんて嘘。だからもう近寄らないで」


 すれ違いざまに呟かれた。 


「さようなら。臆病なわんこ君」


 俺につけた変な異名を言い残して、大勢の人の中に紛れ去った。人が多くて、どこにいるかわからなくなったけど、今は追いかける気がない。

 もう、遥夏に何を聞いていいのかわからなくなってしまった。


 今はこっちに集中しよう。このパーティに嫌気がさしている有沙さんのそばにいてあげないと、壊れてそうだから。


「立花。七瀬さんと静音さんのこと見てあげて」

「何かあった?」

「俺、有沙さんに用があるんだ」


 なぜか俺は七瀬さんの護衛役になってたけど、今は有沙さんが心配だ。


「有沙さん」

「あ、リツさん……。シャツ変えたんだね~」


 やっぱりいつもの元気がない。


「来て」


 連れ出した先は、デッキから離れた場所だ。明らかに人が通っていない控室に向かう道。でもこの先に、良いものがある。


「ここだよ」

「……自動販売機?」


 クルーズ内にあるとは思っていなかったけど、さっきたまたま見つけた。これを見れば有沙さんは元気がよくなる。

 だって緑茶が売ってるから。


「有沙、これ飲みたい」

「ん」


 お金をいれて買ってあげた。ついでに俺の好きなイチゴオレもあったから買って、二人でソファに座って飲んだ。


「はあ、美味しい~」

「うん。美味しい」

「連れ出してくれてありがとう。ずっと、あの場から逃げたかったんだー」


 有沙さんはいつも元気すぎるぶん、落ち込んだ時の顔がわかりやすい。多分、あの3人の中で一番理解しやすい人だ。

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