第27話 隠しきれてない

 週末、気合をいれて変装をした俺は駅前に向かった。

 みんな変装しているみたいだから、誰がどこにいるのかわからないな。静音さんは端っこのベンチにいるってメッセージが届いてたけど……。


「あ、ん?」


 端っこのベンチを見つけた。確かにいる。

 黒髪ロングヘアに、絵描きが被ってそうな帽子、伊達眼鏡をかけていていかにも美術部女子感があふれ出ていた。

 でも服は、いつもの派手さはなく落ち着いていた。モノクロの服で、俺が着ている服と全く同じ。まあ、黒いスカートとかは履かないけど。


「静音さん、おはよう」

「え? あ、リツ君ですか。おはようございます」


 隣の席に座った。

 腕時計を確認すると、まだ5分前だった。さすが静音さん、几帳面な性格がよくでてる。


「リツ君のラフな私服を初めて見ました」

「バイトの時はシャツとズボンだからね」

「でもウィッグは外さないんですね」

「ん、ああ。まあ……」

「帽子、似合ってますよ」

「あ、ありがとう」


 素直な人だ。静音さんはギャップが激しい。

 表面だけ見れば派手でモデルの時はクールな一面が見られたけど、意外と方向音痴で、几帳面で、ちょっと天然。静音さんにはもっといろんな顔がありそう。


「おはよう」


 目の前に影が現れて、上を向くと声からして七瀬さんがいた。

 あ、また黒いバケットの帽子。通気性のいいマスクをしている。今日はまだ真夏の気温じゃないから、マスクは息苦しくないかも。服も非常にシンプルで、全身真っ黒の服だった。

 あ!! そういえば今日返せると思って借りた帽子を鞄にいれてきたんだ。タイミングがあえば渡そう。


「おはようございます。七瀬」

「おっはよ~う!」


 続いて、七瀬さんの背中に乗るようにやってきたのは有沙さんだ。七瀬さんは重そうな顔をして、すぐにどかした。


「重い。暑い。邪魔」

「ひどーい」


 有沙さんは、サングラスにノースリーブの服にジーンズを履いていた。これは変装といっていいのかわからない。顔は目元しか隠せていないから意味ない気もする。


「あれ? リツさんとしずちゃん、ペアルックだね~。口裏合わせたの?」

「偶然です。それより、帽子かマスクをしたほうがいいのではないでしょうか。すぐにばれますよ」


 まったくその通り。


「有沙。バレたいな~」

「馬鹿」


 有沙さんは水着を買いに行くから男装を控えたんだ。それにしても顔は隠さないと……。


「あ、リツさんのもーらい!」


 俺が被っていた白のキャップをとられ、有沙さんは長い髪の毛をしまうようにキャップを被った。

 危ない、危うくウィッグが外れるところだったぞ。


「強引すぎるよ」

「はぁ。有沙、途中で自分の買って」

「えー。お金もったいなーい」

「お金持ちのお嬢様が何を言ってるんですか」


 3人の会話を聞くのは初めてかもしれない。いつもレッスン室で踊っているところとか、ボイトレしてたり、休憩中に軽く話しているところを見るくらいだった。

 こうして見ると、プライベートも悪くない。


「はやく電車に乗るわよ」

「はーい」


 電車に揺られること10分弱、都心部に出た。電車の中では有沙さんが顔バレするかと思ったけどみんな見てなかった。そんなものかと思った。人の顔をジロジロ見ている人なんて滅多にいない、よね。


「お姉さん。モデルとか興味ありませんか?」


 案外、見ている人はいた。会社の人は見てるんだ。

 声をかけられたのは七瀬さんだ。身長も160センチ以上はあるし、モデル並みに足長いから目立つんだ。


「ありません」


 即決か。まあ、もうアイドルやってるからスカウトされてもって意味ないか。でも何度もスカウトされるってことはそれだけ魅力があるってことだよね。すごいなぁ。


「有沙も誘われたかったぁ」

「変に目立つから誘われなくて正解ですよ」


 目的地の水着屋に着くと、レディースが凄く目立った。いろんな水着が売っていて近寄りがたいから、俺はメンズコーナーにいた。


(俺も買ったほうがいいよなぁ。どうせ立花とプールに行く予定あるし、有沙さんのテンションからして合宿でも入りそうだから)


「買うんですか?」

「うお!? 静音さん、いつの間に……」

「驚かしてすみません。リツ君は黒が似合いますよ」

「黒か。じゃあそうしようかな」


 静音さんの誕生日プレゼント、水着でもいいかな。いやデリカシーないな。


「静音さんはもう買うもの決まったの?」

「私は買いません。海に入る気はありませんし、節約しないと」


 節約、か。静音さんが前に話してくれた家庭事情を思い出した。


「お父さんが一人で生計立ててくれてるんでしたっけ」

「はい。一応私も足しになってますけど、借金を返さないといけませんからね」


__ん? 借金?


「借金って、お店のですか?」

「……まあ、そんなものです」


 駄目だ、わからない。

 静音さんがこれ以上俺に家庭事情を話してくれるとは思わない。でもある程度聞いておかないと、素敵なプレゼントは贈れない。

 誕生日は特別だ。その年の誕生日は1年に1度しかない。いつも世話になっている人だから何か贈ってあげたい。


「静音さん、水着買って食事した後、個々のショッピングモール全部回ろう」

「え?」

「4人で回ろうよ」

「……いい、ですけど」


 静音さんが欲しいなって思うものが、一つくらいあるはずだ。

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