第22話 内緒の思い
私は先生の目を盗んで学校を出た。
リレーでくじいてしまった右足首が痛い。もう歩くのも疲れた。帰ってこんなだらしない顔を空に見せたくない。
この気持ち悪い感情をどうにかしてから帰ろうと、いつもの公園に寄った。
人気がなくて気分が良かったのに、一気に胸糞が悪くなった。
「お疲れ様、七瀬さん」
大嫌いな人がベンチに座ってる。
付け髭を外して、サングラスもかけていなかった。まだ誰が見ているかわからないのに、馬鹿な人。
「優勝できてよかったね」
能天気な笑顔。私にはできない。
くたびれたから彼の言葉を無視してベンチに腰を下ろした。
「保健室には行った?」
急に話を変えた彼の目を見る。
優しい笑顔。いつもの臆病なわんこはどこに行ったのかしら。
「最後のリレーで足くじいてたよね」
「……どうして」
「変な顔してた」
「馬鹿にしてる?」
「違う、違う。ある人と、同じ顔してたんだよ」
ある人、と聞いて一番に頭に浮かんだのは遥夏さんだった。違う可能性だってあるけど、この人は遥夏さんのストーカーでよく見てたと思うから思い浮かんだのかもしれない。
「見せて。湿布と包帯もってるから手当てするよ」
私は大人しく靴と靴下を脱いだ。
「真っ赤」
私の右足はこの人の膝に置かれた。
こんなセクハラ&パワハラ男に触れられることは気持ち悪いけど、なぜか身体は拒否しなかった。
心と身体がおいつけない。
「それ、いつも持ち歩いてるの?」
「このバイト始めてから、ずっと鞄にいれてる」
湿布はひんやりしていて気持ちいい。心なしか、さっきより気分が良くなっている気がする。
「ねぇ」
「ん?」丁寧に包帯を巻くのに集中していた。
「私、今どんな顔してる?」
柔らかい風が吹くと、俯いていた私の顔面に軽く髪の毛がかかった。顔に髪の毛がつくのは嫌いだけど、直す気にならなかった。
すると、この人が直してくれた。優しい手つきで、ゆっくり私の耳にかけてくれた。
「学校で何かあった?」
質問と違う返答。
そんなこと聞いてない。
でも、どうして私が誰かに吐きだしたいことを聞いてくれるのかしら。
「貴方の他に、この怪我に気づいてくれた人が一人いた。でも、見られていたことが気持ち悪くて、突き放した」
「罪悪感?」
「わかない。でも少し胸が痛い」
なんでこんな話してるのかわからなくなってきた。
「それ、罪悪感あるんだよ」
包帯を巻き終わると、靴を履かせてくれた。
「謝りたいって思わない?」
……無意識に思っていたと思う。
さっき洗面台で口に出した謝罪の言葉は、秋に対するものだったのかな。
いつも冷たい態度で接しているから慣れていたのに、今日はいつも以上にイラついた。
「手当、終わり。休日はゆっくり休んで」
「……送って」
「え?」
「家まで送ってよ」
この人に甘える自分が気持ち悪い、とは思わなくなったかもしれない。今は誰かにそばにいてほしかった。
「もちろん、送る予定……」
「七瀬!」
声のした、目の前にある公園の入り口に視線を向けると制服姿で秋が立っていた。急いでこっちに来た。
制服は整えられていなかった。髪型はアホ毛が目立つし、第一ボタンは開いている。ネクタイは雑に巻かれていてだらしなかった。
「……ごめん」
「ごめん!」
私が謝ると、秋も同じタイミングで謝った。
「え?」
「ごめんな。しつこすぎて嫌だったよな。詮索されるの嫌いだろ。俺、焦ってたんだ。なんで俺の知らない男と仲よさそうに話してるんだろうって」
嫉妬している人の目の前で嫉妬をもらした。
「傷つけてごめん」頭を下げた。
「……私の方こそ、ごめんなさい。疲れてたからあんな態度とったんだと思う」
「気にしてないよ。これさ、仲直りできたってことでいいよな?」
「ん」
秋は嬉しそうに笑った。
そういえば、あの人がいつの間にかいなくなっていた。顔バレするとまずいからどこかに隠れたのかしら。私のことを家まで送ってくれるって言ったのに。
「家まで送るよ。立てる?」
「ここで待ち合わせしてる」
「……そっか。大事にしろよ」
私に背中を向けて手をふった。
「ありがとう」そう伝えると、秋は驚いたように私を見た。「久々に聞いた。その言葉」嬉しそうに笑って公園を出て行く。
さてと__。
「そんなところで隠れるのやめてくれない? 不審者」
ベンチの後ろから出てきた。
「ご、ごめん。サングラス忘れたから、ばれると思って」
「その容姿ならばれないわ。別人だもの」
体育祭、有沙に空が来てるって言われて急いで向かった。空を見つけて勢いで抱きついたから、隣にいたこの人を見た時、本当に誰かわからなくて驚いた。
「似合ってない」
「あはは、だよね」しょげていた。
やっぱり、臆病なわんこ。
「はやく私を家に送ってよ」ベンチを立つ。
「あ、うん! 荷物持つよ」
本当は少しだけかっこよく見えたけど、内緒。
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