第20話 照れ隠しの裏
彼女は立ち止まり、俺のほうを振り返った。
『第二走者は位置についてください』
障害物借り人競争では、もう七瀬さんの番が始まるところだった。
でも、それよりも、目の前にいる彼女を見逃していけない。
「遥夏。俺だよ」付け髭とサングラスを取った。
生徒や保護者は俺のほうなんて見向きもしない。それにこの網のおかげで、向こうからこっちを見たって俺だと気づかないと思う。
今日は髪型を変えているけど、ずっと一緒にいた遥夏なら俺だって気づくはずだ。
俺が気づいたんだから、遥夏だって気づくはずだ。
遥夏はすぐに背中を向けて走り出した。
やっぱり俺だって気づいたんだ。
「待って! 聞きたいことがあるんだ!」
足が速いのは昔から変わってない。でも、俺の方が断然速い。
角を曲がって真っすぐ行けばいつもの校門に出る。
「……はぁ」俺は立ち止まった。
駄目だ。
校門には、絶対に板橋さんがいる。板橋さんにばれたら警察に通報されるだけじゃ済まなくなるし、圭さんにも迷惑がかかる。
【むやみに声かけちゃ駄目だよ。あのテントに記者がいるから】
__せっかくの機会だったし、逃したくなかったけど、今はその時じゃないんだ。
「はぁぁ」
本当、今日で何回目のため息だろう。
サングラスと髭をつけてとぼとぼテントに戻ると、空君は心配してくれた。
「お腹痛いの? 大丈夫?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
「今ね、ちょうどお姉ちゃんがカード拾うところだよ」
見ると、七瀬さんは跳び箱や平均台とかの障害物を抜けた後だったのか、長机の上にあるカードに手を伸ばしていた。
「本当、ちょうどいい」
どうしよう。七瀬さんのことを気にしてやれない。
遥夏は2年前からあまり変わってなかったと思う。髪が伸びて大人っぽくなっていたけど、それ以外は変わってなかった。
あの日、12月25日__俺が遥夏に告白するときにプレゼントした香水をつけてくれていた。
膝に肘をつけ、片手を頭につけた。「ふっ」思わず笑みをこぼす。
あの香水をつけてくれているってことは、やっぱりあの報道は……。
「あー!! お兄ちゃん! 誰!あのかっこいい人!」
「え?」
「お姉ちゃんが他の男子と話してる!」
「……ああ、同じ事務所のアイドル、木々野 秋君だよ」
あの二人も仲いいんだ。
七瀬さんが何のカードをひいたのかわからないけど、秋君を誘うのかな。
お題は、イニシャルがAKの人だったら、秋君にあてはまる。でもそんなわかりやすいお題だすわけないか。
「あれ? お姉ちゃん、こっち来てる」
本当だ。
駆け足でこっちに来てる。空君を誘うのかもしれない。
でも、なんとなく俺と目があっているように感じた。
勘違いじゃなかった。
七瀬さんは俺の目の前で止まって、少しだけ息をきらしていた。そして、まっすぐな視線を向けてきた。
「来てよ」
その声はまっすぐに俺の胸に刺さった。
思わず急いで立つと、座っていた椅子の位置が少しだけ後ろに後ずさった。とりあえずびっくりして心臓が落ち着かないから、一呼吸置いた。
「い、行こう」
仲のいい男女みたいに手を繋いだり、仲良く話しながらゴールに向かったり、そういうロマンチックなことはしなかった。
そもそもそういう関係じゃない。でも、七瀬さんの隣に立つのはどことなく緊張して、落ち着かなかった。
審判と思われる生徒にお題を確認してもらうと、OKをもらった。
何が書いてあるのかわからなかったけど、多分大したことじゃないんだろうな。
二人でゴールテープを切ると、白組の歓声が聞こえた。七瀬さんは白組のハチマキをつけているから、同じクラスの人による歓声だった。
「っ、やった。1位」嬉しそうに、俺に笑ってくれた。
その笑顔が嬉しくて、俺も口角をあげた。
「やったな」
全員がゴールした後、マイクを持った生徒さんがそばに来てくれて、マイクでお題を読み上げた。
『白組がひいたお題は、ひげの似合う人でした!』
鼻の下のひげに手を添えた。そういえば俺、付け髭してたんだった。
「うちの学校にひげ生やしてる人いない。とりあえず、貴方が一番近くにいたから連れてきただけ。好きでつれてきたわけじゃない」
「あはは……、わかってるよ」
それでも、俺が楽しめなかった最後の体育祭に色がついた気がした。
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