第18話 待ちに待った体育祭
体育祭当日__
お金持ちさんが着てそうな服っていうのがわからなかったから、立花に頼んでお洒落な服を教えてもらった。
七分丈に、そこらへんに売ってるズボンを履くだけなのに、色合いを少し変えるだけで一瞬にして雰囲気が変わる。
今日の早朝、立花は俺の家に来て髪の毛を整えてくれた。
「え、ねえ、俺、こういう髪型似合う?」
「似合ってるんじゃね?」
なんで疑問形……。
「できた! これなら帽子被らなくてもばれないよ」
おー、凄い。
サングラスをかけると、もう別人だった。
「あ! もう時間になる! 立花、ありがとう」
「はいはーい。講義内容、明日送っとくよ」
「助かるよ」
待ち合わせは、空君と初めて会った公園だった。流石に家の前で待ち合わせるのは、近所に怪しまれるだろうから。
「お兄ちゃん?」
「あ、おはよう。空君」
「おはよう。今日は雰囲気違うね! 誰だかわからなかった」
高校に向かうと、高級車が数台止まっていて鳥肌が立った。
立花と空君にばれなかっただけで、この人たちにはばれるんじゃ?
「お兄ちゃん、ちょっと怖い」俺の手を少し強めに握った。
「……大丈夫だよ。俺がいるよ」頭をなでる。
俺が怖がってたら駄目だな。子供より臆病なんて、七瀬さんに説教されそう。
入口に移動して、受付で保護者カードを提示した。
「青葉七瀬さんの、親戚の兄です。この子は弟君です」
「そ、空です」
確認が取れると、保護者席に移動した。
体育祭に参加したのは2年前の高校2年生が最後だったけど、なんとなく保護者席がどこにあるかは覚えている。
この高校は凄い。グラウンドがめちゃくちゃ広い上に、芸能人の保護者席にはしっかりテントが張られている。日傘を持つ手間を省くためだろうけど、こってるよなぁ。
でも一般人のところにはテントがなくて、学校が用意したパイプ椅子が並んでいる。
「貧富の差……」
俺と空君はテントの下にいるけど、ちょっと耐えられない。空君はまだ上品なお金持ちさんたちに怯えていて、ずっと下を向いていた。
開会式までまだ時間あるから場所を変えよう。
「空君。そこらへん散策しようよ。七瀬さんいるかも」
「行く!」すぐ笑顔に変わった。
丁度、テントの隣には選手が入場するための道があって、それを挟んだ向こうに生徒たちがいる。教室から持ってきた自分たちの椅子を並べてはしゃいでいた。
「七瀬さんって1組だよね」
「うん! あ芸能人は1組だよ」
「あー、じゃあ遠いね」
1組は一番奥の方だ。向こうには行けない。それに、七瀬さんは席から1ミリも立たなそうだから見かけもしないだろうなぁ。。
そんな時、元気な声が聞こえた。
「やっほ~!」
「あ、有沙さん」
隣には静音さんもいた。
「どなたですか?」
あ、そうか。カツラを被っていないから俺のことはわからないんだ。
「ななちゃんの親戚のお兄さんだよ」
「そうなんですか!? いつもお世話になっています。同じグループの伊草静音です」
「こ、こちらこそ、お世話になっております」
なんだこれ。
「あの、お名前は……」
名前。やばい、考えてなかった。
「あ、青葉、つ、月です!」
律貴の”つき”を使ってみたけど、無理があるかなぁ。
「月さん、ですか」
どうして俺のことをジッと見てるんだろう。
ばれたかな。不自然だった?
「しずちゃん、もしかしてツッキーに惚れちゃった~?」
「なっ! 違います! なんでもないです……」
ツッキーって、俺のことか。
静音さんの頬はほんのり赤みがかっていた。いつもクールな方向音痴っていう一面しか見ないから、静音さんが照れているところは貴重だ。
「静音ちゃーん!!」
ファンの誰かが静音さんの名前を大きな声で呼んだ。声の矛先に視線を向けると、ベストの依織君だった。
「ひっ!? あ、有沙。私は逃げます」
「はいはーい」
「月さん。また、どこかで」
依織君から遠のくように隠れながら走っていった。
「あれー、逃げられちゃった? なんでだろう」
「お前がしつこいからだよ」
「いで!」
後ろから依織君にゲンコツをしたのは秋君だ。
「俺はもう席に戻るぞ」
「僕は静音ちゃんを探しに行くよ。写真撮りたいから」
「ほどほどにしとけ」
ベストの二人は学校でも仲が良いんだ。それにしてもイケメンは目立つ。
「有沙さん。よく俺だってわかりましたね」
「なんとなくー? あ、空っち。ななちゃん、呼んできてあげよっか?」
「うん! 会いたい!」
「ちょっと待っててね~」
有沙さんは駆け足で七瀬さんを呼びに行った。やっぱり椅子から1ミリも動かないんだ。
「お兄ちゃんは、アンクリに推しいる?」
「推し?」
「僕はお姉ちゃん!」
推しか。考えたこともない。
ずっと遥夏のことしか見てこなかったから急に推しを探すのも難しいなぁ。
でも初勤務日、あの部屋に入って一番印象的だった人は、よーく考えたら一人だけいる。
「一人、強いて言うなら……」
「あ、お姉ちゃん!」
言いかけたところで七瀬さんが来た。目をやると走って空君のもとに来て抱きついていた。
白いハチマキが揺れる。
「お姉ちゃん、かわいい」
「ありがとう。暑くない? 大丈夫?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃん、倒れないでね」
か、可愛い。兄弟愛っていいな。俺は一人っ子だから少し羨ましい。
二人が話している予期、有沙さんは俺に耳打ちしてきた。
「有沙の保護者カード、遥夏ちゃんにあげたんだ~」
「え?」
「むやみに声かけないでね。あのテントに記者がいるから」
「体育祭に記者? なんで……」
「友達のパパが記者なの。気をつけて」
サングラス外したら一瞬にしてバレそうでゾッとした。
「その恰好、似合ってるよ~」
「あ、ありがとう」
「んー、これあげる~」
手に乗っけられたのは毛虫のようなものだった。
「有沙の変装道具だよ。特別に貸してあげる~」
「ん!?」
有沙さんは無理矢理俺の顔にそれをつけてきた。
「あはは! お兄ちゃん、何それ~」空君は喜んでいた。
「似合ってるよ=、お兄ちゃん」有沙さんはからかっている。
俺の口の上にひげがついている。付け髭は人生で初めてだ。
七瀬さんはゴミを見る目でもしてくるんじゃ……、と思っていたのにそんなことなかった。
「ふっ。おじさん」
少しだけ笑ってくれた。
いつもと違う反応にドキッとした。
最近の七瀬さんは予想以上の反応を見せてくるから、ギャップというか、いちいち心臓に悪い。
「っ。俺たち、もう席に戻るよ」
「頑張ってね!」
「ありがとう。またね」
「ばいばーい」
あの居心地の悪いテントに戻って椅子に座る。
小さい扇風機と扇子を使って空君を仰ぐと気持ちよさそうだった。
「一番前っていいね!」
「そうだね」
子供連れは一番前の席に座れるから嬉しい制度だ。
でも遥夏がどこにいるのか詮索しづらい。こんな一番前の端っこで周りをチラチラ見ていたら怪しまれる。
記者がいるならもっと気を付けないといけない。
今回は、遥夏を見つけても諦めよう。またあの報道みたいになるのは御免だ。
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