第17話 いい仕事をしたトマト

 体育祭の二日前、今日はバイトの日ではなかった。

 3限までの講義を終えて、一人で大学を出た。この後は特にすることもないからスーパーに行き夕飯を買いに行った。

 買い出しを終えて、野菜や肉、いろいろな食材が入ったビニール袋を両手に持って帰っている時、体育祭のことを考えた。

 二日前になってもカードをもらえないってことは、俺は体育祭に行けないってことか? 明日は予行練習があるだろうから事務所には来ないし。


「……はぁ、終わった……」


 トンッ__下を向いて歩いていたら、人にぶつかった。


「すみませ……」

「危ない。前向いてくれる?」

「えっ!? な、七瀬さん?」


 制服姿で、学校の鞄をもっていた。ついでに黒い帽子まで被っている。

 なんで俺の住んでるマンションにいるんだろう。


「散歩?」

「違う」


 鞄から封筒を取り出した。


「これ、渡しに来た」


 右手に持っていたビニール袋を左手に持って、封筒を受け取った。


「なにこれ」

「貴方がとても欲しがっていたもの」

「……まさか、体育祭の?」

「だからそう言ってるでしょ」


 数秒、時が止まった気がした。


「何、その顔。いらないの?」

「違うよ。嬉しくて、固まってた」


 やった。行けるんだ。


「ありがとう。俺、空君に弁当つくるよ」

「いいわよ。私が作るから」

「いや、俺が作る。七瀬さんのぶんも作る」

「貴方が作ったものはいらない」


 そういえばそうだった。


「空君のぶんだけでも作らせてよ。せっかくの学校行事に朝から忙しいのはきついと思うし」

「……じゃあ、明後日だけ、お願い……」照れくさそうにお願いされた。

「任せて」


 誰かのために作る料理は、経験したことがない。両親にも友達の立花にも手料理をふるまったことがないから、初めては空君か。


「なんで俺の家わかったの?」

「大ちゃんが教えてくれた」


 俺のプライバシー……。


「もう帰る」

「あ、うん。体育祭、頑張って」


 無視されたけど悲しくなかった。

 俺も背中を向けてマンションのゲートに入った。配達が来ているか郵便物をチェックしている時、誰かが入ってきたのかゲートが開いた。そしてこっちにやってきて、俺の横で立ち止まった。

 近所さんかと思って見てみたら、七瀬さんだった。


「空は、ハンバーグが好き。でもトマトは嫌い。あと、ごはんは多めにいれて。良く食べる子だから」


 ……それを言うためだけに来てくれたのか。


「言い忘れてたから伝えた。帰る」駆け足ででていこうとする。

「あ、ありがとう! 教えてくれて」


 すかさずお礼を言うと、七瀬さんは一瞬立ち止まったけど、すぐにマンションから出て行った。


「ふっ」


 恥ずかしかったのかな。

 耳、めっちゃ赤かった。


 トマトみたい。

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