第16話 こぼした言い訳

 また勉強モードに入ると、空君は途中で眠ってしまった。その間に帰ろうと、玄関で靴を履いた。


「待って」

「ん?」

「自販機行きたいから、途中までついていく」


 外に出ると少し寒かった。


「スマホの充電切れて道わからないって、馬鹿?」

「本当にすみません……」

「はぁ。ん、さむっ」


 寒そうにに両腕をさすっていた。流石に半袖、短パンは寒いと思う。だから、着ていたカーディガンを脱いで背中から被せてあげた。


「俺のは嫌だと思うけど」

「凄くいや」


 辛辣ぅ。


「でも、寒いから使う」

「……うん」


 強情なのか、素直なのか、よくわからない子だ。

 しばらくこの一本道を歩いていると、七瀬さんは謝ってきた。


「さっきは空がごめんなさい。家族の話、嫌だったでしょ」


 ああ、一人暮らしは辛くないのかって話か。

 どうしてそう思ったんだろ。俺、露骨に嫌な顔してたっけ。


「そんな顔してた。何かを思い出して傷ついたような顔」


 この子も、有沙さんと同じでよく人の顔を見ている。

 家族事情を俺に打ち明けてくれた七瀬さんになら、俺の家族事情も話していいか。


「俺さ、両親に使われてたんだよ」

「どういうこと?」


「父さんは俺を理想の息子に育てるために塾に通わせて、偏差値の高い高校にいれた。

 母さんは俺の要望に応えてくれたけど、将来の自分の生計を立てるために俺に優しくしていた」


 こんなこと誰かに話すのは、立花以外に初めてだから反応を気にした。でも七瀬さんは黙って俺の話を聞いてくれた。


「俺が一人暮らしを始めたのは、2年前の報道をきっかけに親に捨てられたからだ。

 ”金を渡すから高校を卒業したら出てけ”って。

 母さんならあんな報道信じないと思ってたんだけど、”あんたなんて産まなければよかった”って突き放された。

 一方的に攻められて、俺の言い訳なんて聞いてくれなかったんだよね」


 七瀬さんはうつむいていて、何も言わなかった。


「あれ? 自業自得って言わないんだ」


 いつもなら言うのになぁ。

 さみしそうに笑った俺を見て、目を見開いていた。多分これは、俺に同情してくれてる。


「別に俺、悲しくないから。地元から離れた場所に一人暮らしって、けっこう肩の力抜けるもんだよ。ただ、母校が近いのは失敗したけど……」


 異変に気付いて七瀬さんを見ると、いつの間にか足をとめて、少し離れたところで突っ立っていた。


「七瀬さん?」


「貴方の言い訳ってなに」


「え?」


「両親が聞いてくれなかった、貴方の、あの報道に対する言い訳ってなに?」


 どうでもいいって顔して話をそらされるかなって思ったのに、そうもいかなかった。両親のことだからか、凄く真剣な顔をして俺の話を聞いてくれてたんだ。

 でも、それに関しては話そうと思わない。俺の言い訳を信じてくれないと思うし、嘘をつくなと罵られることが嫌だ。


 俺が話すのはここまでだ。


「そこに自販機あったんだな」


 七瀬さんに背中を向けて、そばにあった自販機まで歩く。

 俺が珈琲を買っている時に、七瀬さんは俺の隣に立っていた。


「ん。どうせこれ飲むんでしょ」

「どうせ、ってなに」


 七瀬さんは自販機にお金をいれて、コーラを買った。

「ん」珈琲と引き換えにコーラを胸につきつけられた。


「空にサッカーと勉強を教えてくれた。あと、カーディガンのお礼」

「ああ、いいのに」

「いらないの? せっかく買ったのに」

「い、いる。欲しい」


 コーラを受け取った後、七瀬さんの顔を見た。


「ありがとう、七瀬さん」

「……ん」

「またね」


「もう来なくていい」


 この道を真っすぐ行けば道路に出て、俺の知っている風景がある。この道を歩きながら、さっきの質問について頭の中を巡らせた。



”両親が聞いてくれなかった、貴方の、あの報道に対する言い訳ってなに?”



 そんなの決まってる。



「俺は、なんもしてない」



 人気のない道で、静かに呟いた。

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