第15話 青葉七瀬
七瀬さんがお風呂からでてきた。
「あ、お姉ちゃん……」
「そこまでにして、はやくお風呂入ってきなさい」
「う、うん」
パタパタ__空君はお風呂に入りに行った。
七瀬さんは俺の隣に来て、ソファに座った。
俺の後ろから机の上を覗くように見る。距離が微妙に近いから緊張した。シャンプーの香りがふんわりと匂う。
「貴方、勉強できるのね」
「す、少し……」
「なに?」
「な、なんでも」
「まさか、お風呂上りのアイドルを目の前に興奮してるの?」
その言葉を聞いた瞬間、遥夏の家で1年記念日を過ごした時のことを思いだした。
「お風呂上りの私に興奮してる? えっち君」
なんで今、思い出すかな。
「まさか本当に興奮したわけ? 変態」
「し、してないよ」
気まずくなって黙っていると、七瀬さんは口を開いた。
「私の両親は、2年前、私の15歳の誕生日に事故で亡くなったの」
急すぎて驚いたけど、黙って聞いた。
「私のために、車でケーキを取りに行ったみたいで、その時に交通事故に巻き込まれた。それからは、私の誕生日がその日だったせいで亡くなったんだなぁとか、私のためにケーキを取りに行ったせいだとか、いろいろ考えるようになった。
今でも、甘い物を見たり、匂いを嗅ぐと、両親のことを思い出す。だから嫌いなの」
俺の差し入れは、本当に迷惑だったってことか。
そういえば、ショートケーキが好きなんだっけ。俺が渡したイチゴオレにはもっと絶句しただろうな。
「そういうわけだから、もう私に差し入れするのやめて。好きじゃない。それに前にも言ったけど、貴方のこと嫌いだから、貴方から貰うものもいらない」
今の会話で気づいたことがある。有沙さんが俺に、七瀬さんの保護者として体育祭に参加してくれって言った意味がわかった。あの子は七瀬さんの家庭事情を知っているけど、あえて俺にはそのことを話さなかったんだ。
こうして自分の口から話してくれるのを待てば、心を開いてくれるかもしれないから。
「七瀬さんの高校、体育祭あるよね」
「うん」
「保護者向けにカード配られるよね」
「そうね。まあ、誰も誘わないけど」
「そのカード、俺にくれない?」
「は?」
「た、多分さ。空君も見たいんじゃないかな。でも一人だと寂しいと思うから、俺がついて行こうかなぁって」
流石に、無理があるか。
有沙さんとのこともあるけど、それよりも、純粋に七瀬さんのために何かしたかった。
「大ちゃんに来てもらう方がまし」
「だ、だよな」
「でも、空は大ちゃんのこと知らないし、貴方のことを気に入っているみたいだから、空が見に来たいって言うなら付き添いとして来てもいい、かもしれない」
え、まじ?
「勘違いしないで。空のためだから、貴方はあくまで付き添い」
「わ、わかった! 付き添いで行く」
「まだ行くって決まってない。どうしてそんなに行きたいのよ」
有沙さんから言われているからとは言えない。
嘘をつかずに何か……、あっ。
「……2年前、俺は高校2年生だったんだけど、あの報道で友達が一人しかいなくなって、学校中からハブられた。だから、1年生の時しか高校行事は楽しめた覚えがないんだ。3年の時なんてほぼ不登校だったし」
「自業自得」
自業自得か。
「私の、親戚のお兄さんとしてきて」
「え?」
「あと、一応、芸能コースに通ってるし、ちょっと高めの服を着ないと浮く。その変なカツラだけは被ってこないで。その髪型のままで、サングラスだけかけてきて。
わかった?」
「う、うん! でも、サングラスは目立つよ」
「じゃあ帽子とサングラス」
あんまり解決してない気がするけど。
「あれ? 七瀬さん、まだ頭乾かしてないの? 風邪ひくよ」
「疲れたからあとで」
「駄目だよ。アイドルなんだから気を遣わないと」
遥夏が言っていた。お風呂の後は面倒くさくて頭を乾かすことが遅れる時がある。でもアイドルだから見た目にはしっかり気を遣わないとファンに心配されるって。
「俺にやってもらうのと、自分でやるのどっちがいい?」
「自分でやる」
それでもまだソファから動かない。
「はやくやらないと俺がやるぞー」
そばに置いてあったドライヤーを持つと、奪い取られた。
「絶対いや」
しっかりコンセントに繋いで、頭を乾かす準備をした。
「意地悪。性格悪い」
「優しさね」
丁度いいときに空君がお風呂から出てきた。
「リツ兄ちゃんも入る?」
「入らな……」
「入らせない」
断る前に断られた。
この後、帰ろうとしたら空君に止められた。今度は英語を教えてほしいみたいだ。さみしそうな顔をされたら断れないから、仕方なくそばで教えた。その間、七瀬さんは2階でダンスの練習とか勉強をしに行った。でも、9時すぎになると七瀬さんは水を飲みにリビングに来た。
「リツ兄ちゃん。時間は大丈夫? お母さんに怒られない?」
「一人暮らしだから大丈夫だよ」
「一人なの? 寂しくない?」
「んー」視線を横にずらして口元だけ微笑む。
「お母さんの料理、食べれないよ。お父さんと楽しい会話できないんだよ?」
もう両親がいない空君にとって、一人は辛いものだ。俺だって、両親がいなくなって一人になったら辛いと思っていた。
でも、今はそんなことない。
一人のほうが気が楽で、もう両親のそばにいなくて済むのはいい。どうせ俺は両親のコマとして使われていただけだからな。俺が問題を起こしたらすぐ切り捨てられる。
本当に、親と言っていいものなのかわからない。
そもそも親ってなんだろう。何のためにいるんだろう。
「空。困らせない」
助け船をくれたのは七瀬さんだった。
「え? あ、ごめんなさい」
「んー? 困ってないよ。気にしないで」空君の頭を撫でた。
七瀬さんから向けられた視線は、微妙に俺の胸に刺さった。
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