第14話 お父さんとお母さん

 食べ終わった後、幸せすぎて満腹だった。また食べたいな、って言ったら蔑まされそう。


「ごちそうさまでした。美味しかったよ、七瀬さん」

「……ん」

「お姉ちゃんとリツ兄ちゃんって知り合いなの?」

「そうよ。お姉ちゃんが働いてる事務所でアルバイトしてる人なの」

「そうだったんだ! もっと早く言ってよー」

「ごめんね」


 弟には素直なんだ。外ではクールな印象が強すぎるけど、こんな優しい顔するんだ。


「リツ兄ちゃん! 理科教えて」

「理科?」

「お姉ちゃんは理科できないんだもん。だから教えて」

「空。余計なこと言わない」

「だって本当にできないじゃん。僕もわからないし」


 姉弟で苦手なんだ。


「いいよ。どこがわからない?」

「やった! 教科書持ってくる!」


 勝手にいいよとか言っちゃったけど、七瀬さんからしたら迷惑だよなぁ。


「……時間、平気なの?」

「え? あ、まあ、うん」


 帰りが遅くたって、俺の事を心配してくれる人もいない。


「そう」


 あれ、睨んでこないんだ。罵られるのかとばかり……。

 七瀬さんはキッチンに戻って食器洗いをしだした。


「俺がやるよ」

「いい。空のそばにいてあげて。それでチャラ」


 申し訳なかった。皿洗いしている七瀬さんの袖を見ると、手首にまで落ちてきていて濡れそうだった。だから俺は後ろから服の袖を支えた。


「ちょっと!」

「暴れないで。すぐ終わる」


 両方の裾をまくりあげた後、七瀬さんから離れた。


「できたよ」

「変態」


 まただ。七瀬さんはさっきから微妙に頬が赤い。もしかして体調が優れないのかな。


「熱ある?」

「ない」即答。

「でも顔赤い」

「貴方のせいでしょ」


 俺の顔嫌いすぎて怒りが奮闘したせいで顔赤くなったのか。

 え、そんなことありえる?


「お兄ちゃん! 持ってきたよ」

「おっ、じゃあやろうか」

「お姉ちゃんはダンスの練習してていいからね!」

「……うん、ありがとう」空君に優しく微笑む。


 その顔に思わず見惚れていると、七瀬さんはギロッと俺を睨んできたから肩をびくつかせた。

 やっぱり、俺に対する態度は変わらない。

 俺が空君に勉強を教えている間、七瀬さんはお風呂に入った。数十分くらいすると、空君は疲れたのかソファに寝転がる。

 そして、俺に思わぬことを聞いてきた。


「リツ兄ちゃんって、お姉ちゃんのこと好き?」


 小学生でもこういうこと聞いてくるんだ。


「そういう相手じゃないよ」

「でも僕が教科書取りに行ってる間、キッチンでイチャイチャしてた。お姉ちゃんの腕触って」

「それは、袖をまくってたんだよ。水に濡れたくないだろうし」

「僕の両親に似てる。強がってるお母さんと、優しいお父さんみたいだった」


 さっきとは違う空気が流れる。少しよどんできた。


「空君には、七瀬さんが強がってるように見えるんだ」

「うん。いつもそうだよ。昔はもっといろいろ話してくれたし、毎日甘い物食べてたのになぁ……」


 両親がいなくなってから変わったのか。

 いなくなったって、離婚したのか、死別したのか、どっちだろう。聞きにくいから聞かないけど。


「特に、ショートケーキが好きだったんだ。イチゴが好きで、お母さんがよく買って来てくれた。でも、もう何年も買ってない。苦いものばっかり飲んで……」


 ソファでうつ伏せになり、淡々と七瀬さんの過去を語っていると、廊下からシャンプーの匂いがした。



「空」

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