第13話 温かいごはん
俺を見て、誰だとでも言いたいような顔をした。
「あ……」
「お姉ちゃん! 今ね、お兄ちゃんにサッカー教えてもらってたんだよ」
「お兄ちゃん?」
「ね、リツ兄ちゃん!」
俺の名前を聞いた途端、顔が曇ったのがすぐにわかった。
「あ、えっと……、どうも……」苦笑いで挨拶をする。
七瀬さんはずっと黙って俺のことを睨んでいた。
すると、空君は心配そうに七瀬さんを見て声をかけた。
「お姉ちゃん。今日の夜ご飯なに?」
「シチューよ。すぐできそうだから、帰るよ」
「お兄ちゃんも一緒に食べよう?」
「い、いや、俺は帰るよ」
めっちゃ睨まれるから今すぐ帰りたい気分だ。
「えーなんで! お礼したい! リツ兄ちゃんは、僕にサッカー教えてくれたんだ。おかげでリフティング上達したんだよ」
空君は俺の身体にしがみついてきた。
「お姉ちゃんの作る料理は全部美味しいんだよ。お姉ちゃん、いいよね?」
キラキラとした顔でお姉ちゃんに迫った。
「っ、はぁ。少しだけね」
弟には弱いんだ。
七瀬さんの家はこの公園から5分もかからないところにあった。でも家までの帰り方はわからないから、あとで教えてもらおうかな。
家の中は綺麗好きな一面が表れていた。本当に子どもだけで住んでいるとは思えないくらい家庭感のあるカジュアルな部屋だ。
「空。手洗って、服も着替えてね」
「はーい!」
「ん」
空君が洗面所に行くと、七瀬さんの優しい声は一気に暗くなった。
「人の家の中、ジロジロ見ないで。有沙の家でもそんな顔してたの?」
「ご、ごめんなさい」
なんで有沙さんの家に行ったこと知ってるんだろう。
「早く手洗って。食べたら秒で帰って」
「は、はい!」
靴を脱いで綺麗に整えた後、空君が向かった洗面所に行って手を洗った。
リビングに行くと、大きなテレビの前に低いテーブルとソファがあって、それとは別に食事用のテーブルがキッチンのすぐ近くにあった。
「リツ兄ちゃんはテレビ見てていいよ」
「え、いや、手伝うよ」
キッチンにいる七瀬さんに目を向けると、来ないでほしそうな顔をしていたから手伝うのをやめた。
「二人とも、テレビ見てて」
「んー、わかったー」
「はい……」
俺と空君はソファの前に腰かけてテレビを見た。空君は七瀬さんがアイドルをやっているからか歌番組が好きらしい。でもこの時間帯は放送されていなかったから、録画した歌番組を見ることにした。
「僕、遥夏ちゃん好きなんだ~」
「遥夏って、加藤?」
「うん! 超有名なアイドル。お姉ちゃんも大好きなんだよ。遥夏ちゃんに憧れてアイドルになったんだもん」
遥夏の存在は、思っていたより大きい。
有沙さんにとってはお姉ちゃんみたいな存在で、七瀬さんにとっては憧れの存在。
それは、俺のことを嫌いになってもしかたない。
「空。余計なこと話さない」
「はーい」
もし俺が遥夏と出会わなければ、遥夏はあの時の笑顔のまま、今を迎えていたはずだよね。俺が遥夏に告白して付き合うことにならなければ、”笑わないアイドル”なんて呼ばれずに済んだのに。
『加藤遥夏です! よろしくお願いしま~す!』
テレビに目を向けると、昔の遥夏が映っていた。
「え、これ……」
「2年くらい前のだよ。DVDにダビングしたの」
2年前は、俺たちがまだ付き合っていた時だ。
笑ってる。
楽しそうに人と話してる。楽しそうに歌って、踊って……。
「っ?」
気づくと小さな雫が頬を伝っていた。
空君にバレる前に、腕を使って涙をぬぐった。
「……そこの大学生」
俺のことかと思って、キッチンにいる七瀬さんを見る。こっちに来いと言わんばかりに、片手をつかって合図された。ゆっくり立ち上がって七瀬さんのところに行く。
空君は遥夏に夢中になっていた。
「玉ねぎ切って。目に染みるの好きじゃない」
「あ、うん」
包丁を持って切る。
「空から聞いたの? 私の家庭事情」
「両親が、いないってことだけ」
「どう思った?」
「え?」
「可哀想だと思う?」
七瀬さんは鍋を出してコンロに置いた。
「思わないよ。可哀想って言葉、好きじゃない」
「……偽善者」
「本心だよ」
可哀想って言葉は、周りがよく使ってる。けど、人に対して失礼だと思う。
俺だったら傷つく。一人だけ違う世界にいる気分になって、胸が苦しくなる。だから人に使わないし、そもそもそういうことを思わない。
「貴方、一人暮らし?」
「うん」
「だから手際良いのね」
「初めて、俺のこと褒めたね。七瀬さん」
嬉しくて微笑むと、七瀬さんは目を見開いた。
気持ち悪い、とでも言うかな。
「う、うざい」
あー、外れた。
30分くらい経つと、シチューは出来上がった。
机の上に皿を並べた。俺は隣同士で座っている空君と七瀬さんの前の席に座った。
「いただきます」一口分のシチューをスプーンにすくって口に運ぶ。
「美味しい!」
「そう、よかった」七瀬さんは俺を見た。
人に作ってもらったものを食べるのは2年ぶりだ。
あの報道以来、親が俺にご飯を作ってくれることはなくなった。体育祭だって、運動会だって、何かの行事で昼食が必要になっても、いつも一人で早く起きて弁当を作ってた。
だから七瀬さんがつくってくれたごはんを食べて、胸が熱くなって、泣きそうになった。
「めちゃくちゃ美味しい。七瀬さん」思わず幸せな気持ちが顔に出た。
笑みが止まらない。美味しい。
「……大袈裟」
「お姉ちゃん、嬉しそう」
「そんなことない」
七瀬さんの頬は、ほんのり火照っていた。
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