第12話 迷子が運んだ贈り物

 この日、俺は七瀬さんがこの事務所に来るまで、レッスン室の前で出待ちしていた。


「あっ! 七瀬さん」


 いつものように嫌そうな顔をされるも、慣れた。


「偶然ですね」


 話しかけたら普通に無視されて、俺の横を通り過ぎた。


「ちょっと! 待ってください」

「なに」

「これ飲みませんか?」イチゴオレを見せる。

「は?」

「いつも珈琲ばかり飲んでるから、たまにはどうかなって」

「何企んでるの?」

「な、何も企んでないですよ」

「前も言ったけど、貴方からもらったものはいらない」


 まあ、そうですよねぇ。

 そうだと思って、もう一つ用意している。

 場面は変わってボイストレーニング室へ。


「__え! これリツが作ったのか!」


 俺はアンクリの休憩中に、手作りクッキーを差し入れに持ってきた。


「忙しそうなので、よかったら食べてください」

「甘くておいしいです!」

「毎日欲しい~! ななちゃんは食べないのー?」

「いらない」


 くっ。

 みんなが同じものを食べていれば食べると思ったのに。


「そう、ですか……」悔しい。

「っ。ちょっと出る」七瀬さんはこの部屋を出て行った。


 七瀬さんが出て行くところをジッと眺めていた俺を見て、大智さんは口を開いた。


「許してやってくれ、リツ。七瀬は甘い物が嫌いなんだよ」

「え?」


 俺からもらうものはいらないって言ってたけど、それ以外の理由もあったんだ。


「昔はよく食べてたんだけどね~」

「あはは……」


 この二人は何か知っていそうだけど、聞きにくいから本人に聞くことにした。

 仕事終わりにレッスン室に行くと、七瀬さんが一人で自主練をしていた。透き通る綺麗な声に惚れ惚れしていると、俺がいるのに気づいて、歌うのをやめた。


「お疲れ様です」

「……今日はやたらとしつこい」

「なんで甘い物嫌いになったんですか?」

「あの子たちから聞いたのね。別に、甘いと気分が悪くなるからよ」


 それだけじゃない。


「他に何か隠してる」真剣な眼差しを向ける。

「……見ないで。気持ち悪い」口に手を添えた。


 本当に気持ちが悪そうで、心配になってしまった。

 そこまで俺の顔見たくないかな。カツラ被ってても気持ち悪がられるなら、カツラ外した時なんて吐くんじゃないか?

 なんか、虚しい。


「大丈夫?」

「うるさい。近づかないで。顔見たくない」

「……ごめん」


 俺まで苦しくなってきて、この部屋を出てすぐ家に帰った。

 ああ言われはしたけど、俺は諦める気はない。

 平日、大学終わりに急いで七瀬さんの高校に向かった。ここから15分の場所にあるから近いんだ。

 カツラを被っていこうか迷ったけど、芸能界に俺の顔が知れ渡っている以上、すっぴんでここに来るわけにはいかない。だから、人気のない場所に移動してすぐにカツラを被った。ついでに伊達眼鏡もかけて。

 しばらく歩くと、「明星高等学校」と書かれた看板を見つけて眺めた。


「懐かしい」


 本当に懐かしい。2年前とあまり変わっていない。

 丁度いいタイミングで、帰りのHRが終わった生徒たちが校門を出てきた。

 俺はバス停でバスを来るふりをしながら、七瀬さんが出てくるのを待った。大量の生徒が出てきた時は心臓が止まりそうになるくらい緊張したけど、目をそらさないように頑張った。

 でも、七瀬さんに会ったところで何をしよう。何も考えていなかった。

 待ち伏せしたら、俺のこと通報しそうだし……。


「ん? あっ」


 いた!

 制服を着た七瀬さんが校門から出てくると、大勢の生徒の中に紛れてしまいどの方向に曲がったのかわからなくなってしまった。

 少しすると姿が見えたけど、もうけっこう遠くにいたからすぐに追いかけた。


「……どこだ、ここ」


 見失った上に、今どこにいるのかわからなくなった。スマホでマップを見ようとしたら、充電が切れていた。モバイルバッテリーは持ってないし、最悪すぎる。ずっと通っていた高校のそばのはずだけど、この道は通ったことがない。

 とりあえず、近くの公園のベンチに座った。暑いからカツラを外すと、凄く涼しかった。目の前で小学生くらいの男の子たちがサッカーをしていて、ずっと見ていたらそのボールが足元に飛んできた。


「お兄ちゃん! とってー!」

「おーう」


 そういえば、俺は臆病なやつだけど中学時代はサッカー部だった。今もリフティングはできるかな。

 少し試してみると、意外となまっていなかった。


「すげぇ! リフティングできるんだ! 僕たちに教えてよ!」

「え? ああ、いいよ」


 七瀬さんはもう見つからないだろうし、いっか。

 かれこれ夕方すぎまでこの二人の小学生に付き合っていた。すると、一人の男の子がもう帰る時間になったから帰って行く。

 でももう一人はまだ公園に残るそうだ。


「帰らないの?」

「うん。律貴兄ちゃんにまだ教えてもらいたいもん」


 よく見ると、少しつり目で可愛い顔をしてるな。


「両親が心配するんじゃない?」

「いないよ」

「へ?」

「僕、両親いない。お姉ちゃんと二人で住んでるんだよ。おばあちゃんがお金くれるから学校には通えてるけど」


 一軒家に二人で住んでるってことか。すごいな。


「お姉ちゃんは社会人?」

「高校生! そこの高校に通ってる」


 後輩か。


「芸能人だったり?」

「そうだよ! アイドルやってるんだ! 凄いでしょ!」嬉しそうに食いついてきた。

「アイドル……」

「うん! アンクリアっていうアイドル。ラジオに出たこともあるんだよ。大きな体育館でライブもしてるし」


 聞き馴染みのありすぎるアイドルグループ名。明星学校は芸能人が通っていることで有名だけど、まさかグループ名までかぶったりはしないよね。


「……君、名前なんていうの?」


 その時、よく聞いたことがある声が耳に入った。



「空?」



 視線を向けると、私服を着て深く帽子をかぶった七瀬さんがいた。

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