第11話 BestBoy
土曜日。
いつも通り事務の仕事にとりかかっていた時、喉が渇いたから自動販売機に行った。
いつも通りイチゴオレを買うと、有沙さんがやってきた。
「お疲れ様です」
「お疲れさま~。有沙は、緑茶が飲みたいな」
買ってあげる前提ですか。
「はいはい」
「またイチゴオレ? それって美味しいの?」
「飲んだことありませんか?」
「うん」
お嬢様め。
「そういえばいつも緑茶ばっかりですね」
「緑茶って身体にいいんだよー? 水は味気ないから苦手~」
買ってあげた緑茶を有沙さんに渡すと、近くのソファに腰かけて飲みだした。俺はその場で立ったまま、イチゴオレの紙パックにストローをさして飲んだ。
二人でいると、あの日のことを思い出す。あの時、有沙さんは少し無謀なお願いをしてきた。
【2週間後に行われる体育祭と、10月の文化祭に来て】
【体育祭と文化祭……】
【でも、ただお客さんとしてじゃないよ。ななちゃんの保護者として来てね】
【なんで七瀬さん?】
【お願い。どっちとも来てくれたら、詳しい人に会わせてあげるから】
本当に、無謀。
体育祭も文化祭も、七瀬さんの保護者として行くには保護者カードをもらわないといけない。どっちとも行かないと、あの報道の裏を一生教えてくれないわけだ。
絶対に、達成しないといけない。けど、七瀬さんは俺のことを嫌っているから、今のままだと駄目だ。
どうすればいいんだ。
「リツさん。ななちゃんとは仲良くなれそう?」
「……わかりません。難しいと思います」
「あははー」
「でも頑張ります。もう仕事に戻りますね」
歩き出すと、有沙さんはイチゴオレを持っている俺の右腕を思いっきり掴んで引き寄せられた。
何をするのかと思ったら、ストローに口をくわえて飲みだした。俺の飲みかけなのに。
「え? は? 有沙さん?」
「美味しい~! 緑茶オレってないの?」平然とした顔。
「き、聞いたことないな……」視線をそらす。
「あ、やば」そらした目線の先には、憎悪をまとった七瀬さんが俺のことを睨んでいた。
「有沙」冷たい声だ。
「ななちゃーん。イチゴオレって美味しいんだねー」
「飲まないから知らない。ていうか、男性が飲んだものに口つけない。特にこの人だけは駄目、絶対」
「えー、はーい」
もう一度、思いっきり睨まれた。
ひいいいいいい、視線が冷たい。胸が痛い。
「それ、捨てて」
「へ?」
「捨てて」
「は、はい」
「えっ!? じゃあ有沙が飲むよ」
「やめて」
まだ半分も残ってるのに、ごめん、イチゴオレ。
ゴミ箱にいれた。
「はぁ」
「ごめんねー、リツさん。お詫びに買うから許して?」
「買わなくていい。行くよ、休憩時間終わる」
「んー。またね、リツさん」申し訳なさそうに両手を合わせながらレッスン室に戻った。
仕方ないか。アイドルと間接キスは問題になりかねないし。
「はぁ」
「お疲れ様です」
「え? あ、お疲れ、様です……」
めっちゃイケメン。こんなにセンター分けが似合う男子っているんだ。身長高い、180センチはあるし、大人っぽい……。
笑顔が眩しすぎて頭痛くなる。
「新人スタッフさんですね。僕、日比谷 依織。いおりって呼んでください」
落ち着いた、耳に残るような声に胸が温かくなった。
「依織! ボイトレまだ終わってないのに休憩するな」
廊下から急いでこっちに来た人も、凄くかっこよかった。引き込まれる強い瞳に思わず息をのんだ。
「秋。ごめん、彼がお疲れのようだったから気になってね」
「は、はじめまして。大学1年生のリツです。事務と、Unclearの現場スタッフ担当してます」
「はじめまして。俺は、木々野 秋。あきって呼んでください」
「僕たち二人で、”BestBoy”っていうアイドルやってます」
「ベスト着てるから、ベストボーイね。ベストって略していいから」
「は、はい」
「じゃあ、依織。はやく戻るぞ」
「うん。リツ君、仕事頑張って」
「あ、ありがとうございます!」
依織さんは、秋さんに叱られながら戻って行った。
俺が落ち込んでいるのに気づいて声かけてくれるなんて優しすぎる。優しいイケメンとかこの世にいるんだなぁ。
「リツ~! ちょうどいいところに!」
「圭さん。急いでどうされたんですか?」
「これ、アンクリに差し入れで渡しておいて! これからでないといけないんだけど、賞味期限あるから早めに渡したくて」
「差し入れ……」
「1か月後のライブに向けてレッスンは増えるし、学校行事もあるしで大変そうだからね」
それだ!!!
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