第10話 存在の大きい人

「この写真、うちの学校の図書館だよね」


 その通りだ。高校2年生の夏、不意に撮られたものだ。遥夏と付き合ってから初めて過ごす夏休み。俺が、高校の図書館で借りたい本があるって言ったら遥夏がついてきた。俺が本を選んでいる時に、急にネクタイを引っ張られたと思ったら、カメラのシャッター音が図書室中に響いた。退屈だったみたいだから写真を撮ったんだと。でも俺はこの写真を気に入っている。

 なんといっても、遥夏の夏服姿が可愛いからだ。未練がましい俺にとっては大切な写真だ。それに、この自然な笑顔を見ているだけでなんでもできる気がする。


「あの報道の後、遥夏から俺のこと聞いてませんか?」

「何も聞いてないよ~。そもそも、あの報道以来1回しか会ってないよ」


 遥夏と仲が良いのにもかかわらず1回しか会ってないのには何か理由でもあるのかな。


「それにしても、災難だったね。デマ報道に巻き込まれて」


 俺は聞き逃さなかった。有沙さんはあの報道がデマだと知っている。


「どうしてデマだって……、もしかして何か知ってるんですか?」

「少しだけね。だから私は、ななちゃんみたいに律貴さんのこと虐めないよー」

「! 七瀬さんから俺のこと聞いたんですか?」


 ここで俺ははめられた。


「その言い方からして、やっぱりななちゃんも律貴さんだって気づいてたんだね。ななちゃんってドライな性格だけど、あんなに人にあたることないから」


 この子は鋭かった。俺が思っていた、ふわふわしてて天然に見える彼女とはギャップがある。


「名探偵有沙だぁ。アイドルやめて探偵でもやろうかな」

「アイドル、やめる予定あるんですか?」


 有沙さんはコップに入った緑茶を口にすると、両手で包むようにもって膝の上に置いた。


「たまに思うんだ。この仕事向いてるのかなぁって」

「……それって、両親と関係してます?」

「私の話はいいんだよ。それよりも、デマ報道の真相を知りたくない?」


 急に話が変わったけど、遥夏の話のほうが気になってそっちに夢中になった。


「私よりも詳しく知っている人がいる。その人に会わせてほしいなら、私の言うこと聞いて。


 ね、中村律貴さん」


 思わず息をのんだ。




♦♢♦♢




 律貴さんが帰った後、私はまた一人になった。

 ベッドに寝転がっていると、インターホンが鳴ったからすぐに玄関に向かった。


「こんにちは。有沙」

「お邪魔します」


 しずちゃんとななちゃんが来てくれた。

 今日はパパとママがいないから学校を休んだけど、この二人には体調を崩していると伝えていた。

 全然元気なんだけどねー。


「やっほ~。来てくれてありがとう。もうすっかり元気だよ~」

「じゃあ帰る」

「えー、ななちゃん冷たい」


 冷たいところはあるけど、すっごく優しい。

 なんだかんだ言って家の中に入ってくれた。授業のノートも見せてくれた。


「わからないところあったら言って」

「はーい。ねえねえ、これなんて読むの?」

「エックス。そんなこともわからないの?」


 有沙、数学はきら~い。

 ななちゃんは呆れていたけど、1から勉強を教えてくれた。お姉ちゃんみたいだけど、意外と臆病なところあるんだよ。それに、甘えるのも下手。

 有沙の、唯一の妹です。


「有沙。お粥できましたよ。食べますよね」

「食べる~。今日何も食べてないんだ~」

「え!? もう夕方前ですよ! ちゃんと食べてください、また体調崩しかねません。明日からまたレッスンがあるんですからしっかり栄養はとってください」

「はーい。ママ」


 しずちゃんは家事が得意な方向音痴。すぐ道に迷うから、有沙たちがそばについていないと危険なんだよー。家事が得意だけど不器用なところもある。特に前髪なんていつも切るのに失敗してるから変だもん。

 ほうっておけないママです。


「ねー、有沙、餃子食べたーい」

「餃子ですか」

「今日はパパとママ、二人とも出張で帰ってこないの。だから作ってー」

「いいですよ。材料あるか見てみます」

「冷凍あるよ!」


 パパとママが出張に行ってくれてるおかげで、有沙は大好きな友達と一晩を過ごせる。


「ななちゃーん。有沙の部屋から教科書とってきて~」

「めんどくさ」


 文句を言いながらも取りに行ってくれる、可愛い妹だぁ。

 ななちゃんは教科書をもって戻ってくると、眉をひそめていた。


「ねえ、あの部屋、誰かいた?」

「……わかっちゃう?」

「有沙以外の匂いがした」

「あははー。犬だね。さっきまでリツさんがお見舞いに来てくれたんだ~」


 ななちゃんは凄く嫌そうな顔をして、不服そうだった。

 あの報道を信じてる人からしたら嫌だよねぇ。


「リツさんは良い人だよー。昨日だって、真っ先にしずちゃんのこと迎えに行ってくれたじゃなーい?」

「偽善者」

「どうして七瀬は、リツ君のことを嫌うんですか?」

「……別に」


 中村律貴さんだから嫌い、って言わないところが優しい。言っちゃえばいいのに言わないのは、少しだけ気に入ってるからかなぁ。


「嫌いに理由はない」


 あははー、そんなことないかも。


「あんまり虐めないであげてねー、リツさんは臆病なわんこだから」


 臆病なわんこ。

 遥夏ちゃんがよく言ってたリツさんのニックネーム。リツさんにお似合いの言葉みたいだから、たまーに思い出す。


「ふっ」

「七瀬、どうしてニヤついてるんですか」

「臆病な犬って、私と同じこと言ってる」

「……実は私も、口には出しませんでしたが思ってました」


 二人の会話に心が温かくなった。


 有沙にアイドルは似合わない。

 パパに言われた。有沙にアイドルは無理って。

 ママに言われた。有沙は純粋すぎるから芸能界は駄目って。

 だから有沙は、向いてないと思ってた。

 

 でも、この二人がいれば有沙は自信に満ち溢れます。


「あははー。有沙たち、気が合うね」


「今更?」

「お風呂入った後に餃子焼きますよー」

「え!? 泊るの?」


「もちろんです」


 しずちゃんは当たり前だと言いたいような顔をした。


「有沙を一人で生活させるのは不安。それに、毎晩電話されて起こされるのも迷惑だから……」


 ななちゃんは照れくさそうに目をそらした。

 嬉しくて、二人を巻き込んで思いっきり抱きしめた。


「うざい」

「うざくても有沙だよー」

「意味わかりませんね。ははっ」

「ふふっ」


 有沙の言葉で笑ってくれる二人が大好き。

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