第9話 川端有沙と加藤遥夏

「な、なに言ってるんですか。俺はリツですよ」

「うん、遥夏ちゃんの言ってた”リツ”君でしょ?」


"遥夏ちゃんの言ってたリツ君"


 つまり、遥夏から俺の話は聞いていたってことだ。

 階段を降りたところで立ち止まり、俺たちは顔を合わせた。


「あ。この写真、なーんだ?」


 ポケットから何を取り出したかと思ったら、俺がなくした遥夏とのツーショット写真だった。

 有沙さんが持ってたんだ。


「返してほしいよね。それなら明日、有沙の家に来て。有沙、疲れたから明日は学校に行かないんだ。だから何時でもいいよ」


 行くか行かないか、返事に迷っていると有沙さんは歩き出した。

「またね。律貴さん」振り返って手をふられる。

 俺はこの場で立ち止まり、一度頭の中を整理することにした。


「……ははっ」吐き捨てるように笑った。


 俺、やばくない?

 七瀬さんにもバレるし、有沙さんにもバレるし。

 ていうか、有沙さんと遥夏って知り合いだっけ。遥夏から聞いたことがない。


 え、どうしよう。

 今度こそこの職場から離れることになるのかな。

 とりあえず、明日有沙さんの家に行くしかない。


 次の日、大学の講義が終わった後すぐに大学を出た。有沙さんから送られた住所をマップで見ながら、スマホを片手に急いだ。

 有沙さんの家は事務所から近い場所にあったし、駅に近いから10分もかからずにたどり着いた。

 

「豪邸……」


 ホテルだと思いたかったけど、”川端”という表札が目に入った。

 ここは一軒家だ。このお洒落な扉の奥に、川端家に入るためのドアがある。


「はぁ」


 ボディーガードとかいそう。

 不安がって扉の前で汗をかいていると、有沙さんからメッセージが届いた。


「何してるのー? 鍵かけてないから勝手に家の中入ってきていいよ」


 !?


 あたりを見回すと、防犯カメラが2つも仕掛けられていた。俺の様子をずっと見ていたのかな、恥ずかしい。

 ゆっくり扉を開けて中に入ると、2,3段の階段があった。ゆっくり上ってドアの前に立つ。


ガチャッ


 おそるおそるドアを開けると、玄関は一般的な広さで少し安心した。でも綺麗な花が飾ってあったり、香水のいい匂いがして、人の家だなって感じがした。


「やっほ~!」

「お、お邪魔します」


 階段から降りてきた有沙さんは、ラフな服装で俺を出迎えてくれた。少し余裕のある白のスウェットに、履いてるか履いてないかわからない短パンを着ている。足が長いから似合ってるけど、目のやり場に困る。


「もうお茶だしてあるから来て来て~」

「は、はい」


 女子の家に入るのは、有沙さんで2回目だ。

 俺は靴を脱いでスリッパを履き、階段を上った。ドアに飾られた”ありさ”と可愛く飾られたネームプレートが目に入って中に入った。


「適当に座っていいよ」


 うわ、凄い。当たり前だけど、有沙さんの匂いがする。

 思っていたよりシンプルな部屋だけど、ベッドの上にある多くのぬいぐるみに驚いた。

 有沙さんはベッドに腰かけていたから、その隣に座った。勿論、ベッドの上には座っていない。床に座りました。


「あははー、男の子いれたの初めてだ~。カツラはとっていいよ? ここは私しかいないから」


 もうばれている身だから、言われた通りカツラを取って鞄にしまった。すると有沙さんは、俺が落とした写真を片手に、俺の顔を覗き込むように見てきた。


「大人っぽくなった。でもやっぱり面影はあるね~」


 比べている。


「どこにでもいそうな顔なのに、なんで遥夏ちゃんは惹かれたんだろー?」


 背中にヤリが刺さった気分。

 確かに俺はかっこいいわけでもないし、そうじゃないわけでもない。本当にそこらへんにいそうな男ですけど……。

 

「学校、サボってよかったんですか?」

「いいの。今日は家に誰もいないから休んだの」

「え?」


 わけあり、かな。

 今の言い方からして、この家に誰かいたら外に出るって遠まわしに言っているように聞こえる。

 両親と仲が悪いとか……?


「両親と仲が悪いわけじゃないからね~?」


 俺の考えはお見通しみたいだ。


「好きでもないけど……」聞こえないくらいの小さな声だったけど、耳のいい俺には聞こえた。


 あまり詮索しないほうがいいと思って、あえて聞かなかったことにしておいた。


「遥夏と知り合いなんですか?」

「うん、お姉ちゃんみたいな存在だよ。私のパパ、遥夏ちゃんが所属してる事務所の社長なんだ~。だから、有沙の家に来たことあるんだよ。そこで仲良くなったの」


 遥夏の会社の社長さん?

 お姉ちゃんみたいな存在ってことは連絡とるほど仲いいのかな。


__そういえば、遥夏から聞いたことがあるな。


「遥夏って俺以外に友達いないの?」

「何よー、その言いかた」

「だって、いつも俺とばっか話してるじゃん」

「んー。……妹みたいな子ならいるよ。社長の娘さんだけど」

「へぇ」


__あれか!!


「リツさんが中村律貴さんだってことは、前から知ってたんだよね」

「えっ!?」

「アルバイトの面接受けに来たでしょー? その時と初勤務日、同じ服着てたからすぐわかっちゃった。名前だって隠しきれてないんだもんね。律貴だからリツって」



 はは、俺、洋服ない人みたい……。


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