第3話 ”UnClear”

 初勤務日、俺が仕事をする部屋で着替えを始めた。着替えといっても、立花が用意してくれた変装グッズを被るだけだ。

 着替えを終えて部屋を出ると、部屋の前で圭さんが待ってくれていた。


「移動しよう、所内を案内するよ」


 俺の仕事は、経理・一般事務と現場スタッフだ。事務は電話対応、来客対応、資料作成、経費の精算、報告書の作成などをする。現場スタッフは、立花事務所に所属するアイドルグループ、”UnClear ”、通称”アンクリ”の補佐をする。ここの事務所には2つのアイドルグループがいて、アンクリの他に男性アイドルグループが1つある。そこは人数が足りているからアンクリの補佐のみをする。


「ここが”UnClear”の休憩部屋だよ。でも今は隣のレッスン室にいる」


 レッスン室の前に立つ。


「緊張してる?」

「す、少しだけ」

「み~んな良い子だよ」


 ガチャッ

 心の準備ができていないけど、圭さんは構わずドアノブを回して開けた。中に入ると、3人の女子がいた。ダンスレッスンの休憩中なのか、3人で丸くなって床に座っていた。


「社長!! もしかして、その子がバイトの子か?」


 がたいの良くて気前のいい男性は、多分プロデューサーだ。だいたい、30代前半くらいか。


「そうだよ。自己紹介どうぞ」


 心臓がバクバクしながらも、自己紹介を始めた。


「は、初めまして。リツです。事務と現場スタッフを担当します。宜しくお願いします」


 俺の今の容姿は最悪だろうな。

 モサッとした整えられていない短髪のカツラを被って目元を隠し、伊達眼鏡までしている。絶対に、清潔感のない奴だと思われてる。


「その髪の毛、暑くなーい? 面白いね~、ふさふさ~」


 天然そうでフワフワした雰囲気を持つたれ目の女の子は、俺の髪の毛に触れた。


「有沙。初対面の人に失礼だよ」

「えへへー、ごめんね」


 ”有沙”と呼ばれる女子に注意をしたのは、ウルフのような髪型をした、見た目はクールだけどどこか可愛らしい雰囲気の子だ。無造作に切られた前髪が印象的で、ロックバンドのボーカルでもやってそうだな。


「初めまして。私はアンクリのリーダー、伊草静音です。よろしくお願いします」


 礼儀正しい子だな。


「川端有沙だよ~、よろしくね。リツさーん」


 き、気さくすぎる。アイドル前髪って言うんだっけ。多分ヘアアイロンで巻いたであろう長い髪の毛は凄く綺麗だ。


「青葉七瀬。よろしく」


 青葉さんは、この3人の中で一番落ち着いている。澄んだ目元と肩につくくらいの髪の毛が、人よりも一線ひいた涼しげな雰囲気がある。遥夏に少し似ている。


「俺はプロデューサーの佐藤大智。みんなからは大ちゃんって呼ばれてる。よろしくな! リツ!」


 いかにも陽気な笑顔に、俺は怖気づきそうだった。


「よ、よろしくお願いします」

「よしっ、次は事務の職場に行こっか。お邪魔しました~、みんな頑張ってね」


 部屋を出た後、俺はすぐに深いため息をついた。


「大丈夫? 女の子慣れない?」

「大丈夫です!」


 これから働く上で関わっていく人たちなんだから慣れないと。


 この後、事務の部屋に訪れた。

 この部屋には3つのデスク、冷蔵庫、コンロ、水道が設置してあった。凄く快適だ。よく見ると、隣に女性が立っていて、めちゃくちゃ驚いた。おかっぱで眼鏡をかけたスーツの女性だ。


「リツ君は主にここで働いてもらう。彼女はリツの研修期間だけそばにいてくれる僕の秘書、瀬川だ。じゃあ、あとはよろしく。研修期間でみっちり鍛えてあげて」

「承知致しました」

「リツ、頑張って」

「はい。ありがとうございます」


 瀬川さんと二人きりになると、すぐに仕事を教えてもらった。

 俺は物覚えが早いほうだけど、流石に覚えることが多くて心が折れかけた。

 電話対応をするけど滅多に電話は来ないから、構える必要はなかった。でも経理の仕事は難しかった。簿記とかそういうの知らない俺にとっては苦痛だったけど、パターンを覚えると案外すぐにこなせた。


「リツさんは覚えが早いですね。これなら研修期間中にすべてこなせそうです」

「教え方が上手だからですよ」


 瀬川さんは丁寧に仕事を教えてくれた。たまには個人的な話もして、けっこう楽しかった。

 時計を見るといつの間にか20時前で、もう帰る時間だった。


「今日はここまでです。毎日この仕事の繰り返しですが、覚えることは多いです。また明日、教えることがございますので復讐しておいてください」

「はい。ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」

「こちらこそ。では失礼致します。退勤のタイムカードを忘れないように」


 そう言うとこの部屋を出て行ってしまった。


「はぁぁ」


 今日、教わった仕事は覚えた。でも明日、k露営上に覚えることがあるとなると少しきついかもしれない。

 鞄にいれていた写真を取り出して眺めた。

 校内を背景に撮った遥夏との写真だ。あの報道が流れて辛いことが起きても、この写真を見たら乗り越えることができた。

 俺がこうしている間も、遥夏はアイドル活動を頑張っている。一人で努力しているんだ。


「よしっ! 明日も頑張ろ」写真を鞄にしまう。


 しっかり電気を消してから、この部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る