初の依頼達成

「グアア!!」

 グリーマーが吹き飛び、思いっきり吹き飛んで木に背中をぶつけ、ようやく止まった。

「あ、ああぁあ」

「さてと......」

 もはや身動きが取れないのは目で見てわかる。

 そんなグリーマーのもとまで歩き、しゃがんで頭を強く掴んで一言。

「次にこんなことするんなら、問答無用で......。ね?」

「はぁ、はぁ、ああぁ......」

 アンナに何を感じ取ったのか、恐怖で顔がひきつるグリーマー。

 さっきまでの大きな態度や威勢はどこへ行ったのやら。完全にちびってすくみあがっている。

 ただの脅しなのにここまで震え上がるとは思っていなかった。

「ああ、それと」

 グリーマーを倒した。なら今のアンナに必要なのは、仕事のためにもう一度、一肌脱ぐことだ。

 グリーマーにニコッと微笑んで、アンナは「特産きのこの場所って知ってる?」と頭をグッと握りしめて聞いた。

 痛みに苦しみながらも、グリーマーは丁寧に場所を教えてくれた。



 特産きのこを回収し、目標ラインを回収しきったところで背中のバックパックに詰め込む。

「ふう。意外と時間かかっちゃったなぁ」

 グリーマーという予想外の襲撃があったせいで、きのこの回収一つに時間をかけてしまった。

 しかしどのみちきのこを探すのに時間がかかり、結局同じような時間になっていたかもしれない。

 結果論だが、今回の襲撃はある意味助かった。

 それにしても、社会に絶望し、己が悪意を振り撒くような輩に絡まれるとは。

 この世界が抱えている問題は、もしかするとアンナのいた世界より複雑かもしれない。

 さっきは勝手に「己が正義を振りかざす」と意気込んだが、果たしてアンナのやったことは正義なのだろうか。

 そもそも、自分の思考が勝手に「これは間違っている」と認識し、身勝手な正義を振りかざすこと。それこそ無自覚な悪意なのではないだろうか。

「......哲学みたいになっちゃった」

 難しく考えすぎた。アンナ一人で悩んでも答えなんて見つかるはずがない。

 それに、人の数ほど意見が存在し、思想が存在し、そして教えもある。みんな違って、みんな良いと言うやつだ。

「さて、帰るか」

 無意識にきのこを収穫し尽くし、すでにバックパックが限界を迎えた。

 きのこが入った分重くなったバックパックを背負い、来た道を帰ってきた。


 首元に流れた血が服の中で固まり、胸あたりがちょっと気持ち悪い。

(なんか異物感がすごいな)

 ちょっと変な感じがする胸あたりを服の上から触りながら、アンナはギルド総本山へと戻ってきた。

 外は既に夕方だ。おそらく六時ぐらいだろうか。

 既にギルドに旅人や冒険者の類が、さっきよりも明らかに減っている。

 そのせいでスムーズに事が運んだ。

「ええと......。はい。大丈夫です。それとその......」

 受付の女性が、アンナの胸、鎧下の布に滲む血、そして口周りの吐血の跡を見て、オロオロと心配している。

 こんな傷どうってことないのだが、少しでも洗って帰ってくるべきだっただろうか。

「おい......。あの子大丈夫か?」

「ずっと睨まれてたからねぇ」

 アンナを見て、周りの人間たちがひそひそとうわさしている。

「あの、大丈夫でしたか......?」

「ええ、まあ。死にかけたけどね」

「申し訳ありません......」

 受付の女性が面目ないと言った様子で気を落とす。

 アンナじゃなければ死人が発生していたかもしれないのだ。

 このギルドは、もう少し周辺の治安情報を管理した方がいいと思う。

(レビューとかあるなら、少し文句言って帰るところだな)

「そ、それでは依頼達成の報酬をお渡しします。ですので、まずは免許証をお借りしますね」

 大人しく免許を渡す。一体何をするのかと思えば、受付さんは免許証を変な機械にぶっ刺した通した。

 何をしているのかと思えば、何事もなく免許証が返される。

「その免許証の裏面に、今回の仕事内容に対する評価を記入しました。古い記録はどんどん消えていきます。今はまだ一つだけですので、裏面に書いてあるのも一つだけです」

(なんかやり方がスーパーとかのポイントカードみたいだな......)

「古い記録は消えますが、情報としてその免許証の中やこちら側で記録されてます。また、大きな功績は優先的に上書きされていきます」

 デリバーの免許証の裏面を思い出す。確かに、色々な功績が記入されていた。

(ウチのはどうなんだろ)

 自分の免許証の裏面には、変なポイントとい今までの活動記録が。

 ポイントは3ポイントと書かれており、記録には「特産品の納品A」と書いてある。

 正直、見てもよくわからない。

「ではこちらが報酬です」

 受付の方が、こちらの世界では千円札に当たる硬貨を六枚、いくつか小さな硬貨を数枚、トレーの上に乗せて渡してくれた。

 命をかけたというのに、総額数千円ちょっとである。これならバイトをした方がマシではないのだろうか。

 今はまだ、本当にちっぽけな報酬だ。まだアンナが未熟なのと、依頼のレベルも低いのも相まって、報酬も少ないのだろう。

 だが、このちっぽけな仕事の積み重ねによって、アンナの今後の仕事の幅も広くなる。

 ということは、一攫千金のチャンスがやってくるということだ。

 これからが楽しみだ。

「ありがとうございました」

 受付さんにお礼を言って、早速硬貨を財布にしまった。


 ギルドを出て、一歩前へと踏み出す。すでに夕方を回っている。

「よう。お疲れさん」

「デリバー......なんで助けてくれなかったのさ」

「まあ、大丈夫だとわかってたからだ」

 どこから現れたのか、デリバーが突然アンナの前へ姿を現し、「それよりも、どうだった?」と感想を尋ねてくる。

「お陰様でちょっと大変だった。ホラ、これ見てよ」

「うおっ、そんな躊躇いなく胸元を見せようとするなっ!!」

 デリバーが慌ててアンナの手を止め、「全く......」とため息を吐いた。

 しかしすぐに安心したように笑い、アンナの荷物を持ってくれた。

「今回はお疲れさん。ゆっくり休みな。感想は後で聞くぜ」

「うん。あんがとさん」

 こうしてアンナの初めてのクエストは終わった。

 初回から命をかけた展開になってしまったが、それだけこの世界では生きるということが難しいのだろう。

 皆、例え他人を陥れたとしても、生きていくことに必死である。

 今回は悪事に手を染めてまで生きている奴と対峙した。いい思いはしなかったが、良い経験にはなった。

(でも。今度は普通にいきたいなぁ)

 首元を触りながら、アンナとデリバーは日が沈む街を歩き、ネイの家へと帰って行った。

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