VS大男「グリーマー・ダード」
「よぉ、元気にしてたか? クソアマ野郎」
「言っとくけど、ウチはクソアマなんかじゃない。ただのバケモンだよ」
両手を隠す形で、顔と体を木の陰から乗り出し、姿を見せるアンナ。
「ここは仕事で来ただけだ。依頼の特産きのこを探してるんだけど、中々見つからなくて。良かったら場所、教えてくんない?」
「......」
大男がこちらを睨んだまま黙る。ありゃ、明らかに敵対した奴の目だ。
「まださっきのこと根に持ってんのか......」
「ふんっ!!」
なんの合図もなく、大男がこちらに走ってきた。
「このグリーマー・ダードが、メンツ汚されて黙ってられるか!」
「プライドがお高いねぇ全く!」
大きなノコギリが迫ってくる。アンナなら死にはしないが、ダメージを負って暴走して、再び他人を殺すのは絶対に避けたい。
それに結局痛いのは変わらない。どれだけ痛みが鈍くなっていても、あの感覚を味わうだけで前世の最期を思い出す。
「ウラァ!!」
「くっ!」
グリーマーの一振りで、さっきまでアンナがいた場所の木が真っ二つに切断された。
ギザギザな刃のくせして、たった一振りで木がちょん切れた。
(嘘だろ!?)
さすがのアンナも、体が真っ二つに切れたらどうなるか分からない。
ここは慎重に立ち回らなければ。
アンナは咄嗟に腰のポーチから、三本の投擲武器を取り出す。
市販で売っている投げナイフだ。本来は獣向けであるが、ここは仕方ない。死なない程度に牽制できればいいのだ。
「そりゃ!」
投げナイフを敵の足元向けて投げる。
しかしナイフは予想外の場所へ刺さり、なんの意味もなさなかった。
「驕るなぁ!!」
「確かにっ!!」
甘かった。後退しながら、一度も投げたことない武器を一度で使いこなすほど、アンナは器用じゃないし戦い慣れていない。
そして相手はおそらく歴戦の猛者。人間相手にも容赦ないことから、数多くのライバルをあの一太刀で切断してきたのだろう。
アンナは残りのナイフをしまって、思いっきり逃げる。
正確な投擲が無理なら、そこらに起きているものを使うしかない。
見るからにやばそうな黄色いキノコ。長いツタ。木の枝。拾えるものは拾い、そしてタイミングを見計らって後方にばら撒いた。
「ちっ、きたねえことしやがる!」
数で押し切ればどうってことはない。この調子でいけば.......。
そう思い走っていたが、次の瞬間予想すらしなかったことが起こった。
「『ハリケーン』!」
「うがぁ!」
突然後方から突風が吹き荒れ、アンナは吹き飛ばされ、ごろごろと地面に転がる。
「ぐうぅ」
髪に石や木の枝、草が入り混じり、服の至る所が汚れ、口の中に砂利が入る。
咳き込みじゃりを吐き出していると、すかさずグリーマーが追撃をかましてきた。
「ふんっ!」
「ごはっ!」
腹を蹴られ、地面に仰向けになって倒れる。
そしてノコギリを首元に突きつけられ、完全に身動きが取れなくなってしまった。
さすがに歴戦の戦士といったところか。態度がでかくチンピラに思えても、その実力差は歴然だった。
「くぅ!」
「全く、お前相手に魔法を使わされるとはなぁ。だがこれで......。くふっ、運が悪かったなぁ。ここは俺の狩場。鉢合わせたのが運の尽きだ」
「お前の狩場......? 依頼で来たんじゃないのか?」
先ほどから妙に話が噛み合わない。てっきり、この男は依頼達成のためにここにきたと思っていたが。
「違うな」とグリーマーがニヤりと口元を歪め、狂気じみた声で、唾を吐きまくり勢い良く喋った。
「ここは滅多に人が通らねぇ!だから、ここに依頼で来る旅人や冒険者を襲うのは慣れっこだ」
(てことは、ぶつかったあの時からマークされてたってわけか!)
受付でこの男にぶつかった時のことを思い出す。確かに、ずっと後をつけられていたと考えると、ここで遭遇したのも偶然ではないと言うわけだ。
「それにな......」
「それに?」
グリーマーが辺りをチラリと見て、アンナも視線の先を追う。
特に誰かがいるというわけではない。本当に静かで、動物の気配を感じない。
どうやらそれが正解のようだ。グリーマーが「やはりここはイイ......」と呟いた。
「この森には昔から神が住んでいると噂されていてなぁ。それも良い神様なんかじゃなく、悪い方の神様だぁ。だから不吉がられて動物すらいねぇ」
だから動物たちがいなかったのだろうか。そして街の人達が依頼を通して、自分たち便利屋をこの街に派遣する理由も分かった。
そしてこの男はそれをいいことに、ここに踏み入れてしまった人間を襲っていたということだろうか。
それにしても不思議だ。人間どうやったらこんなに屈折するのだろうか。
この男からは善意というのを感じない。その本性を社会の闇に潜ませ、ここぞという時に解放して暴れている。
こんなことを言えば何をされるか分からない。
しかし、例え語気を強めて反感を買うことになったとしても、言わずにはいられなかった。
「お前......。どうしてそんなに歪んでしまったんだ?」
しばらくの沈黙。しかし、突然グリーマーが「こいつは何を言っているんだ?」と言った様子で、アンナに跨ったまま黙り込む。
そしてノコギリをアンナの首に食い込ませて、そのまま力強く押していき、閉じていた口端を釣り上げ目を見開き。
「この腐った世界で好きに生きてるだけだァ!」
グリーマーがノコギリを、躊躇いもせずアンナの首元に突きつけ、そして思いっきり引き裂いた。
たまらずアンナは吐血。殺したと確信したグリーマーは、あえて追撃はせずそのまま放置する。この男の性格からして、惨めな命が散る瞬間を愉しみたいだけだろう。
「俺は人生ってのに絶望しててなぁ。どうして我が身を削って、この腐った世界に注がなきゃならんのか理解できねぇ。そんでまともな職業につけそうもなかったんで、街を転々と移動し、この街に『戦争孤児』として冒険者登録したってわけだ。ガキの頃の話だぁ」
アンナも身元が不明とのことで、「戦争孤児」として旅人登録した。
どうやらこの男もアンナと同じく、大した審査が必要ない「戦争孤児」を利用したようだ。
「今も戦争は続き、難民が流れ着く。数多の流血で世界が作られる!」
「がはっ......」
「どうしてそんな世界に、俺がせっせと真面目に働いて、徳を積まなきゃならねえんだ!? そんなアホなことするわけねえだろうがぁ!」
グリーマーが高笑いし、血走った目でアンナを見下す。
躊躇いなく首に振り下ろされたノコギリ。首を深く傷つけ、血がドクドクと流れていく。
(ーーああ。なるほど)
久しぶりに気持ちがふっと軽くなる。死を感じたからではない。
この男が持っている凶暴な性格。その根本にあるものに共感できるからだ。
(こいつもウチと同じだったんだ)
前の世界でアンナは、人生に希望を持てず、かつての目を通して見る世界は汚れているように思えた。
美しく見えたモノは本当に少ない。家族の愛。友人愛。他人の立派な夢。
結局のところ、世界に絶望し、無気力となっていたのだ。
(ーーでも、こいつは違う)
アンナは無気力ではあったが、それでも犯罪者に成り下がった覚えはない。
しかし目の前の男は違う。このような狂った快楽主義者は以前の世界にも確かにいた。
他人を自己満のために殺す男。そんな輩は男女問わず、年齢を問わず、国籍を問わず、ニュースを通して何度も聞いた。
人間社会の汚い部分を聞くたびに、どうしてこいつはといつも思っていた。
(そりゃ、そうだろうなぁ)
動機が「腐った社会に絶望したから」と言うだけで、それを盾に好き勝手やるのは違う。
他人を傷つけることに快感を覚えてしまった以上、そいつは人間じゃない。
ウチと同じ化け物だ。道徳を踏み外してしまっている。
そしてこのような男は、この世界にだって大勢存在するのだろう。
職を失った難民を受け入れ、「戦争孤児」としてわざわざ冒険者や旅人への道を作ってあげている街。その善良な政策を悪用する輩。
「ははは! はは、は......は?」
男の高笑いが聞こえてくる。今はもう、そこらの虫の声にしか聞こえない。
そんじゃそこらに転がる、本能のままに生きる虫。こいつも一緒だ。
この男が社会に絶望し、そして自身の欲を満たすために好き勝手悪意を振り撒くのなら。
ーーウチは身勝手に、己が正義を振りかざさせてもらう。
「ごほっ、ごほ......」
「な、なんで生きて......」
血反吐を吐き、首からタラタラと血を流しながらも立ち上がるアンナ。
その姿を見てグリーマーが後退りする。あの顔は怯えた顔だ。
「ば、化け物!」
「確かに身はバケモンだ。否定はしない」
首から流れていた血が止まった。かなり斬られたが、それでもなんとか傷が塞がったようだ。
臓器が再生するような治癒力だ。この程度なんてことない。
「まあどうしようもない化け物でも、ウチに宿る心は正義を持ってる。お前と違ってね」
「正義ぃ? そんなもん知るかっ!!」
恐怖と怒りが入り混じった叫びを上げ、グリーマーがノコギリをぶん投げてくる。
回転して飛んでくるノコギリだというのに、その速さは野球ボール並みだ。
あれはかわせない。そんなに器用な動きは、まだアンナにはできやしない。
しかし弾くことならできる。
アンナは咄嗟に左腕を体の前に、盾にするように構えた。
そして今までの経験から、予想通り左腕はノコギリを弾き、しかも粉々に粉砕した。
弾け飛んだノコギリの破片がグリーマーを傷つけ、明らかに人間ではない戦いをするアンナに恐れを抱く。
「な、なんなんだお前!」
「......へぇ。怖いんだ」
グリーマーの感情が恐怖で埋め尽くされているのを、遠目ながら感じる。
それにしても驚きだ。あのような人でなしに人間の心があったとは。
「こんなか弱い女の子に負けちゃうの?(ほんとは違うけど)」
「ちっ! 『スモーラ・ファイア』!」
小さな炎がアンナの方へ飛んでくる。
しかしそれをものともせず、アンナはグリーマーに向かって駆け出す。
どんな小細工をかましても倒せない。ならばここは一つ。
「クソっ! く、くるなーー」
「セイっ!!」
左手による、誰にも教わったわけじゃない偽物の正拳突き。
それが、グリーマーの鎧を貫通し、彼の体を思いっきり殴り飛ばした。
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