トラブルの連続

 泣きっ面に蜂。嫌なことが立て続けに起こってしまうこと。

 そして今。アンナは誰かに蹴飛ばされ、起きあがろうと隣の強面のおっさんのズボンを掴み、引き裂いてしまったのである。

 しかも残念なことに、彼の履いている下着を周りの人たちに公開してしまった。

「ご、ごめんなさい!」

 事故とはいえ、流石にアンナに非がある。

 しかし、どうしてそんなボロボロになるまで着込んでいるのかと思いつつ、ここは正直に謝り、深々と土下座した。

 周りの人々も幾人か集まってきて、野次馬として二人のやりとりを見ている。

(注目されてる〜!! くそっ、なんでこんな......)

「有り金渡せぇ。それでチャラに......」

 次の言葉を言わせる前に、アンナは財布を取り出し、ちっぽけな額だが全額渡した。

 金を持ち合わせていないと知って、舌打ちして財布を捨てて、そのままどこかに去っていく。

 顔にいくつも傷がある怖い人だった。だけど何もされなかったのは運が良かったかもしれない。

(なんて日なんだ......)

 すごく惨めな気持ちになりながら起き上がり、財布を拾い上げる。中身を確認すると、お金はしっかり抜き取られていた。

 暗い気分になり、心が泥沼へ沈んでいくような気分を感じつつ、紙を受付の人に渡す。

「だ、大丈夫でしたか?」

「ええ、まあ」

 心配されつつ、依頼の紙にハンコを押してくれた受付の女性。依頼はこうやって承認するのだろう。

「えっと......。さっきぶつかってこられた方のように、依頼争奪戦を必死に勝ち抜くため、あのような無茶をされる方もたまにはいます。こちらから厳重注意をしておきますので」

 大人の対応かつ、気遣いの精神を感じる。さすがここの仕事に手慣れているだけはある。

「では行ってらっしゃいませ」

 受付さんに軽く会釈し、早速ギルド総本山を出発した。


「えっと......」

 街の案内図を見ながら、最寄りの出口を探し、続いて依頼内容に書いてある森の名前を見る。

「『ウッドランドの森』か。依頼内容は特産きのこの納品。大体数十個くらい欲しいです......か」

 依頼内容から察するに、薬売りか商人かどちらかだろう。そして商人が依頼しているとしたら、恐らく旅なれている彼らですら近づきたくないというわけだ。

 戦闘能力を持たない彼らだからこそ、こうして依頼を通して助けを求める。その対価に、アンナたち旅人や冒険者はお金をもらう。さながら便利屋というわけだ。

「森に近いのはあっちか」

 街にきた入り口とは真反対に位置する、小さな南門。そこが出口だ。

「装備はよし。いくか!」

 持ち物を確認し、ポーチ内ももう一度確認し、バックパックを背負い直す。

 人生初となるクエストだ。しっかり依頼を果たし、ギルドに持って帰る。

 不思議と高揚感に包まれ、アンナは街の南門へと歩いて行った。



 南門を出てしばらく歩いた。砂利道ばかりで、おそらくあまり使用されていない道だということが分かる。

 そしてあまり使われないということは、この道を使う需要がないこと。もっと言えば、人の往来が少なく、あまり人間と出くわさないということだ。

 現に歩いてみて、全く人間とすれ違うことがない。

(なんか不気味な感じ......)

 人の気配を何一つ感じないまま歩き続け、雑草に覆われた道を歩き、やっと森の入り口に着いた。

 正面には、アンナが滞在していた森と似た光景が広がっている。上空から見たら、水平線まで広がるような樹海なのかもしれない。

 それほどまでに、目の前の森は大きな存在に感じた。

 そして、かつて森にしばらくいたからこそ分かる。

(すごい静かだな)

 森というのに、ありえないくらい静かだ。木々が揺れる音や風が通り抜ける音くらいしかしない。

 そんな静かな森を慎重に進んでいく。前に進むたびに、空から差し込む日光が少なくなり、辺りが暗くなっていく。

 そのままどんどん奥へ奥へと進んでいく。そしてやはりというべきか、ある違和感に気づいた。

「やはり動物がいない......。どういうことだ?」

 動物の糞が転がっていたり、足跡があったり、何かの巣穴の一つや二つあったりするのが定石だ。

 しかしこの森には動物の痕跡が全く無い。あるのは草と木々と見慣れない植物のみ。

 もしやここらの生き物は何者かに駆逐されたのか。それとも、怯えて出てこなくなったのか。

「......ん?」

 不意に妙な雑音が耳に入る。

 たまにアンナ自身忘れてしまうが、彼女は生物兵器だ。基礎身体能力はもちろん、全てが並の人間より上であり、普通は聞こえない音や気配をなんとなく感知することができる。

 そして今、アンナが聞いた音。枝を折り、草木を掻き分けて、こちらへと進んでくる存在の音だ。

 咄嗟に木の裏に隠れ、武器の入ったポケットに手を突っ込む。

「......」

 まるで本能が蘇るの如く、気配の方を注視し、目つきをギラつかせて正体を探り、そして捉えた。

「あれは......。なんだ?」

 影に隠れていて姿をよく捉えられないが、熊のように大きな何かが、のしのしとこちらへ向かって歩いてくる。

 大きい。しかし熊ではない。右手に武器を構えており、体調は二メートルくらいある。

 そしてそいつがそのまま歩き、日の当たるところに近づいたことで、やっと誰だか分かった。

「まっ......。これも神様のいたずらかなんかかねぇ」

 右手に持った武器は、大きなノコギリの刃。頭にバンダナを巻いており、ボロボロの服とを履いている。

「いるのは分かっている! 姿を見せやがれ!」

(まさか受けた依頼の場所が重なるなんて......)

 大きな野太い重圧感のある声で、大男が叫んだ。

 大人しく木の陰から半分だけ姿を見せ、「こっちだよ」と挨拶。

「......今度からは後ろを警戒した方がいいぜぇ?」

 大男がニタァと口の端を釣り上げて、凶悪的な笑みを浮かべた。目つきも声の調子も、何もかもが「お前を仕留める」と言っている。

(あんな顔するヤツだったのか......)

 そいつは先ほど、ギルドで一触即発になりかけた、顔に傷のある強面のおっさんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る