初の依頼・苦難の予感

「お待たせしました。こちらがアンナ様の専用免許です」

 リーセさんから受け取った免許証。匂いが気になってスンスンと嗅いでみると、新品特有の変な匂いを放っており、ちょっとクセになる。

「その匂いはコーティングされた薬品の匂いだ。ちなみに毒性があるぞ」

「えっ」

 慌てて鼻と免許を引き離す。その様子を見て小さく「ふっ」と鼻で笑われる。

 多分だが、普段から持ち歩く製品の素材に毒性があっても、食べるとか無茶なことしなければ命に関わることはないと思われる。なので匂いを嗅いでも問題はなさそうだが。

(一応ね......)

 やはり毒と聞いて怖くなり、免許証の汚れを手で払い、早速ポーチの中のケースにしまった。

 このポーチもネイに買ってもらったものだ。外に出る時用に買ったもので、肩にかけて使う青いポーチである。

 ちなみに今まで言及してこなかったが、前のような過激な服装は、あの日以来全くしてないし、いつも一人の時は地味な格好をして外を歩いている。今は旅用の服を着ているが。

「よし。それじゃ次の目的地に行くぞ。ついて来い」

「うん」

 動く階段を使って、三階「ギルド登録受付場」から一階へと降りていく。


 一階にも様々な施設が立ち並び、その数多くある窓口の中に「依頼認可場」という場所がある。

 そのすぐそばには、コルクのボードに紙が無造作に貼られていて、そのボードに群がるように人だかりができていた。

 ボードは全部で五つ。それぞれ散らばっているにも関わらず、どこを見ても必ず人がいる。

「さっき言ったように、依頼はランクごとに分けられている。お前にはこの初級レベルの依頼をやってもらう」

「今から......」

 だから動きやすい格好で来いと言っていたのかと、今になってようやく理解した。

 それにデリバーが今朝「早めに済ませないと予定が狂う」と言っていたのは、受けられる依頼が時間と共になくなっていき、アンナ向けの仕事がなくなる可能性を考えたのだろう。

 ボードに群がる人たちがその証明になっている。

「こっちだ」

 デリバーの後を追って、さっき見た大きなボードのうち一つに向かった。

「こいつは依頼が張っつけてあるボードだ。誰が呼んだか『クエストボード』なんて言われてるな」

「あはは......(クエストねぇ)」

 同じ故郷出身の人間が他にも存在することを確信した。

 しかし今はそんなことより、デリバーが指を差した張り紙の内容が気になる。日焼けして茶色に焦げてしまった紙だ。

 背が低いアンナでは、下から見上げて読むのがやっとの高さにある。

(これじゃ誰の目にも入らないじゃんか......)

「ああすまん。持ち上げるぞ」

 別に持ち上げなくてもいい。そう言おうと口を開く前に、猫を持ち上げるようにアンナを持ち上げた。

 両脇に指が食い込んでものすごくくすぐったい。しかしそれを堪えて、なんとか紙切れの内容を読みあげる。

「街の周辺の指定素材を集めて欲しい......。意外と簡単そうだけど」

「甘いな。素材回収と言っても、それはただのおつかいじゃない。道中で俺たちを狙う悪党やモンスターどもがわんさかいるぜ」

「なんですと......」

 それでは初心者狩りもいいところではないか。そう思い、思わず心の声を叫んでしまった。

「今のウチが襲われたらどうなるか......」

「まあ、陰で俺が観察してるからな。本気でやばいと思ったらすぐに駆けつける」

 そう言ってデリバーは片手でアンナを抱っこし、自由になったもう片方の手で日焼けした依頼の紙をもぎ取った。

 それにしてもさっきの「陰で観察している。やばいと思ったら助ける」の一言。まるで自分は手出しせず、見守っていると言った意味合いを感じたが、もしかすると......。

 嫌な予感を覚えつつ、デリバーをじっと睨む。

「なんだ? 猫みたいに睨んで、ツンデレか?」

「違う。分かってて言ってるでしょ?」

 最初はすました顔で冗談を仄めかすデリバーだったが、アンナの言葉を聞いて「よく分かったじゃねえか」とまたまた悪い笑みを浮かべる。

 それを見たアンナはため息を吐き、デリバーから紙を奪い取って、自分で地面に降り立った。

「あそこで受注するの?」

「ああ、そうだ。ちなみに試験はここからだ。受けてから目的の場所まで一人で歩き、そして帰ってこい!」

「そんな急にーー」

 せめて場所のヒントぐらい教えて欲しく、デリバーを引き止めようと手を伸ばすと、「じゃあな!」と一言残して

「ーー消えちゃった」

 まるで忍者のように、跡形もなく消えたデリバー。もしかしてだが、彼は本当にすごい人なのではないだろうか。

 というより、アンナを抱えてここまで連れてきて、しかも面倒まで見れる懐の広さ。そして初対面の時にアンナに恐れず、むしろ余裕の態度で応戦した戦闘スキル。

 極め付けに免許の裏の勲章。

(......ウチも頑張るか)

 頼りになる彼の期待に応えるためにも、アンナは一人でやり遂げる決意を固め、そして受付へと向かって行った。


 ギルド総本山の一階は広い。そしてクエストカウンターとなる受付も横に広い。

 一階のスペースを存分に使っている。

 ちなみにどこにあるかというと、建物の内縁沿いではなく、支柱を囲むようにカウンターがあるのだ。

 遠目でもわかる奥行きの広さから察するに、支柱を囲んで十メートルほどの円を描き、その円の半分こちら側が受付となっている。

 反対側に回ってみると、堅く閉ざされた扉が一つあり、どうやらもう半分の円は関係者以外立ち入り禁止区域らしい。

 多分、書類などの大切なものが保管されているのだろう。

 ちょっと気になっていたことを確認し終えたところで、アンナは早速カウンター側に回る。

 受付係は五人それぞれがブースを持って対応している。効率よく回すために設置しているのだろう。今は二人だけであり、他の三つには「休憩中」の立て札があるだけだ。

 アンナは受付をしている黒髪ロングの女性の方へと並ぶ。もう一人の方にはガラの悪いおっさんがいて、彼の後ろに並ぶのが嫌だからだ。

 しばらくならび、早速自分の番。受付の人に紙を渡そうと前に出たところで、突然大きな音が左側から聞こえてきた。

「あっ、待てコラァ!」

「こっちの方が先だボケ!」

 二人の男が追いかけっこをしている。前のデカい髭面の男が紙を持ってこちらに向かっており、もう一人後ろ側は鎧を着込んだ男だ。

 自分には関係ないと思って紙を提出しようとすると、なんと髭面の男がアンナを蹴飛ばして横入りをかましてきた。

「うっ!」

「ハンコ押せ!」

 嵐のようにやってきたかと思うと、嵐のように去っていった男。後ろを追っていた男も悔しそうに落ち込んでいる。

 とんでもないことに巻きこまれたと思い、起きあがろうと「何か」に捕まり、そして何かを破いた音と共に再び転んでしまう。

「うわっ!」

 尻餅をついて、何があったのかと後ろを確認すると。

「なんだテメェ......。人のもん壊しやがって......」

(オゥ......。泣きっ面に蜂とはこのこと......)

 隣に並んでいた強面のおっさんの、ボロボロのパンツを大胆に引き裂いてしまい、彼の怒りを買ってしまった。

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