購入・アンナの旅装束

 デリバーとアンナは二人で装備屋へとやってきた。

「着いたぞ」

 連れてこられた装備屋には、シンボルと思われる「トンカチと剣を交差させたマーク」の大きな看板が、中央のドアの上に設置されていた。通りがかっただけで「ここはこんなの売ってます」と宣言しているようなものだ。

(日本だと「ラーメン」って書いて営業してる店みたいなもんか)

 都会の街を歩いていると、道なりに進んでいるだけで大きな看板に「家系ラーメン」だの「あっさり魚介」だの、売り文句を綴った看板がどの店にもある。あんな感じだ。

「邪魔するぜ」

「こんにちは!」

 元気よく挨拶して、デリバーの後に続いて入店する。

 ドアを開けるとカランカランと音がし、店主さんの姿が見えた。

「おおアンタ、この前は助かったよ」

「いえいえ。仕事なんでね。それよりこいつの装備を買いに来たんだ」

 どうやらデリバーと店主は依頼の関係から繋がったらしい。今の会話から大体察した。

 店主さんはかなりぶっきらぼうなおじさんで、頭頂部は禿げていて、メガネをかけて何かを咥えている。

「そんなガキどうすんだい」

「俺の旅仲間だ。今後はこいつの世話見ねえといけないんでな。そのために装備を買いに来たってわけ」

「ふんっ」と何が気に入らないのか、急に黙って何かを読み始める店主のおじさん。

 やれやれと肩をすくめるデリバー。そのまま勝手に店内を散策し、色々と見て回り始めた。

 アンナも自分で動いて色々と目にしてみる。

 水晶。サバイバルナイフ。変な薬品の入った小瓶。ここまでなら前の世界でもギリギリ許される範囲だ。

 他には剣や刀。拳銃。どれも前の世界では持ってたら捕まる物ばかりが、当たり前のように棚に羅列されている。

(久しぶりに銃なんて見たな......)

 アメリカのデパートでライフルを目にしたことがあったが、ここの銃はライフルとは違って小さい。携帯型の小さな拳銃ばかりだ。

 そして武器以外にも防具やアンダーウェアも一通り揃っている。

 服のサイズは昨日の買い物で学んだ。だから選ぶサイズはわかっている。

「鎧か。それとも軽めか......。試してみるか」

 デリバーが独り言を言っているのを小耳に挟みつつ、アンナも自分で見て回っていたのだが、デリバーに試着室へと連れて行かれる。

「とりあえずこのセットを着てみろ」

「鎧?」

 渡されたのは銀色に輝く鎧。かなり重そうに見えるが、意外と装甲が薄く仕上がっている。

 まずは胸の部分。続いて腕、足、頭。

 とりあえず着たので、胸が窮屈だったり、髪の毛が挟まったり上手くまとまらなかったりして色々と不満はある。

「どうだ着心地は?」

 デリバーがアンナに試着させた鎧一式。どこで稼いだのか分からないが、装備一式となるとそれなりの額に違いない。

「札束で殴られてる気分」

「おおうぅ、そんな感想じゃなくてなぁ〜。もっとこう、なんかーー」

「いいよ。意外と動けそうだし」

 身の丈にあってなく、鎧に隠れているような見た目になっているが、戦闘スタイル次第では特に問題はなさそうだ。

 だが今のままでは不満がある。

「でも前が見えない。それに動きにくいよ」

 鎧ごしに見る外の景色はすごい見づらい。かなり視野が狭まり、動くと転びそうで迂闊に歩けない。

「まあ、最初は慣れだ。いつか仕事で着るかもしれんしな。慣れは必要だ」

「う〜ん......。買うならもう一回り大きいのがいい」

 そう言って鎧を脱ぎ捨てる。服の上から着ていたので、動きにくいしむさ苦しかった。

 今のところ不満しかないが、仕方ないだろう。

 着ていた鎧をデリバーに渡そうと、拾い上げて腕に抱えたその時だった。

「ぐぅ!!」

「どうした!?」

 腕が焼けるような感覚。痛みに耐えかねて鎧を地面に落としてしまう。

「ひ、ヒリヒリする!」

「アレルギーか!? でもまさか......」

 痛む腕を見ると、左腕は布で隠していたので大丈夫だったが、反対に右腕の肌が赤く腫れ上がっていた。

 また体の至る所に蕁麻疹のようなぶつぶつが浮かび上がっている。兜を被っていた顔も同様の被害だ。

「こりゃ、かなり重度のアレルギーかもしれんな......。本当に金属が原因なのかどうかだなぁ」

 生前はこんなアレルギーなんてもってなかった。となると、この体の免疫によるものだろう。

 まさか金属がここまで辛いとは思っていなかった。というか、今まで普通に触れていたのに急に痛み出した。

 何か引っかかるものを感じる。

「もしかして、この鎧に含まれている金属の一部に反応したのかも」

「う〜ん。でも確かにな。食器とか、今まで何度も金属触ってもこんなことなってなかったし」

「大丈夫か?」

 流石に放って置けなかったのか、ぶっきらぼうな店主さんが騒ぎを聞き付け駆け寄り心配してくる。

 彼の顔を見て無言でうなずく。いつも通りのそっけない様子に安堵したデリバーは、店主を見て一言。

「別のやつにするよ」


 そうしてしばらくした後、店主が持ってきたのは金属が少ない装備一式だ。先程の金属装備とは違う生産地と素材でできており、恐らくアレルギーと思われる反応も出ないという。

(さっきとはまるで逆だな)

 見ただけでわかる。露出が多く、急所部位を隠すために薄い鉄の装甲が少し、そして至る所に仕込みを持ち込めそうなポケットやポーチが付いている。

「盗賊になれと?」

「ま、そんなとこだ。鎧でガチガチに固めても悪くなかったが、お前には盗賊のような身軽な動きが向いてるってハナシだ」

 装備を手渡しされる。今度のやつは流石に着替えないといけないだろう。

 カーテンを閉めて服を脱ぎ、下着一丁になる。

 慣れない装備を順に着ていき、各鎧部分の紐を閉めて体に固定する。

 そしてカーテンを開けてお披露目だ。

「おお......。似合ってるな」

「そう?」

 デリバーと店主が満足のいく様子で頷く。


 頭部分には顔を隠すマスクのような布。今は必要ないので外している。

 そしてキャンパーが被るような帽子もセットだ。こちらは旅をする以上必要となる。

 服は胸当てと両腕を隠す薄い籠手。指先から肘までしっかりガードされている。

 自衛隊が着るようなジャケットと鉄の薄い装甲が一体化しており、胸まわりの大部分が守られている。しかしお腹あたりに装甲はない。

 ジャケットにはポーチが多数あり、色々と仕込みを考えるのが楽しそうだ。

 しかも分厚いと思って着てみたが、意外と身軽で驚いた。これなら盗賊の真似っこもできそうだ。

 それ以外の部分は薄いシャツを着ているような感じだ。黒いインナーの上に籠手と胸鎧、深緑のジャケットといったイメージである。

 両足は意外と軽装備で、動きやすさ重視なのかこれといった防具はない。その代わりに一応の防寒や切り傷などから身を守るタイツを履いている。特別な素材なのか、意外と硬くて締め付けられる。

 パンツは短パンである。しかもただのパンツではない。アウトドアに行く人が着ているようなかっこいいやつで、登山パンツのようなものである。

(確かトレッキングパンツだっけ)

 昔アウトドアに行くときに友人が検索して教えてくれたのを思い出す。こういうどうでも良い記憶ははっきりしている。

 靴も歩きやすさ重視だ。守りに徹しているものではなく、旅用だとわかる。

 おそらく今までの装備の傾向からして、旅をすることを考えて動きやすさ重視にし、それに防護性能を少し付け足したような感じだろう。

 ハナから鎧なんて着せずこの装備でよかったと思うが、まあ確かにデリバーの気持ちもわかる。

 旅慣れてない初心者を連れて行くのだから、例え重くても鎧くらいは着せたかったのだろう。


「うん。いいよ。これで」

「決まりだな。このまま着て帰るか?」

「う〜ん。いや、今はいいや。着替えるね」

 もう一度カーテンを閉め直して着替え終えて、買う予定の装備一式をデリバーに渡す。

 彼が装備一式をもって会計に行くのを目で追って、何から何までデリバーのお世話になっていると自覚する。色々と申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

(いつかお返ししないとなぁ)

 試着室から出て背伸びをしながら「うぅんっ〜」と柔らかい声を発声し体をほぐす。

 そしてデリバーが会計を済ませるまで、しばしの間店内を散策して待つことにした。

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