「人間」と「上位種」
「あの子の腕。あれは上位種のものよ」
「んん!?」
ありえない発言に驚き目を見開いて、思わず「なんで!?」と聞き返し、ガタッと椅子から立ち上がる。しばらくしてその動揺を抑えるために深呼吸し、再び席に付き直す。
上位種。人間を超えた存在。存在すら謎に包まれているが、確実に存在するモノ。
吸血行為をするモノや人々の前に現れて神託を授けるモノなどが過去にいたとされ、彼らを題材にした創作物や書物は多く存在する。
そして彼らの強さは未知数と言われており、そもそも戦うことすら間違っていると言われている。強さだけで見たら、上位種の領域に片足を突っ込んでいる二人ですら、圧倒的に敵わぬ存在だ。
「な、なんでそんな......」
「普通、人間に上位種のパーツは合わない。必ず侵食されて死ぬ」
それはわかっている。この世界では常識だ。
人間にクマや猫の手が移植できないのと理屈は同じ。しかしクマや猫のパーツなら引っ付く可能性はゼロに近いがある。過去にそういったキメラ生物が生み出され、倫理観の観点から問題となった事件もある。
しかし上位種にはそれが全くない。人間が生物的に彼ら上位種に敵わないからだ。
だから人間たちの価値観で彼らを勝手に「上位の存在」とみなし、通称「上位種」として敬い恐れている。
しかし冷や汗が止まらない。まさかそんなにマズい代物を腕につけていたとは。
「あいつ......。何もんなんだ?」
考えがまとまらない。上位種という言葉を聞くだけで、デリバーやネイにとっては地雷のようなものだからだ。
「詳しくは分からないけど......。間違いなく『親父』が絡んでるわ」
「ああ、だろうな」
自分たち生き別れの兄弟を数奇な運命に仕立て上げた父親。奴ならば間違いなくやりそうなことだ。
「とにかく。アンナちゃんはあのままだと力に押しつぶされて死ぬ。なんとか封印は施したけど、徐々にそれも緩んで、制限がなくなったら終わりよ」
「......視たのか?」
無言で頷くネイ。彼女があの固有能力まで使ったのだ。間違いはない。
そしてネイから忠告されたこと。まだ謎は多いが、このままだと辿り着く先は「アンナの死」だけだ。
「悪いことは言わない。この世界にアタシを超える眼を持つ人間はいない。だからわかる。あれは治すものじゃなく、制御しなければ必ず死ぬ運命よ」
ネイの言っていることは、すなわち上位種の力をコントロールしなければ、アンナは特有の「寿命」によって死ぬ。
なんてことだ。色々と似ていると思って放っておけなかったが、背負っていた運命も似ている。
それはネイも同じだろう。わざわざ負担の大きい能力を使ってまで、アンナを視たのは「共感したから」だ。彼女の出自を考えれば、デリバーと同じでアンナを放っておくなんてできなかったのだろう。
「......。分かった。考えておく」
「そう。じゃ、アタシは用事があるから。こっちも力になれることがあったら手を貸す」
そう言ってネイが家を出て、間もなくアンナが入れ違う形で自室から出てきた。
そして外に出ることを話し、今に至る。
(アンナ。お前がどうなろうと、背負っちまった運命の肩は担がせてもらう)
前を歩きながら、アンナの顔をちらっと横目で見る。
あのようなまだ歳の若い子供が、しかも人を殺した罪悪感に縛られてしまった子供が。
このままだと未練を残して死ぬに違いない。
それだけは防ぎたい。偽善かもしれないけど、放っておけない。
「デリバー? ウチの顔に何か付いてる?」
「ああいや、なんでもない」とはぐらかす。
アンナはキョトンとした顔で、前を向き直したデリバーを見つめる。
(こいつのためにもグズグズしてられないな)
今から行くのは装備屋。そこで用を済ませて、あと二日ほどでこの街を出る。
次の行先は今朝決めた。まずは情報収集と金集め、そしてアンナを鍛えなければならない。
「よーっし、アンナに似合うやつを頑張って見繕うぜぇ!!」
「さっきの適当さは一体どこに......」
これからアンナを死の運命から守る。それを自分に言い聞かせるように、大きな独り言をつぶやいたデリバーだった。
一方その頃。アンナの運命を眼で視て、デリバーに忠告したネイは思い悩んでいた。
昨夜一緒にお風呂に入り、できる限り彼女の本心を聞き出そうと立ち回っていたネイ。しかし聞けたのは一部だけで、アンナを口説き落とすのは難しいと実感した。
ではなぜそこまでして言い寄ろうとしたのか。それはアンナの身を案じたからである。
死ぬ前に何か楽しい思いをさせて、心残りの無いようにしてあげよう。まるで終末医療患者に対する考え方を持って、昨夜は接していた。
(ぶっちゃけ、あの子に未来はないのよね......)
視たとは言っても、実のところ鮮明に視えたわけではない。
ネイの固有能力は目に依存しているわけじゃない。能力を使うとオッドアイが光る特徴から、そう皆に認識されているだけだ。
そして能力とはネイだけに宿る力を目に回したことで起こる「未来視」であり、力をコントロールすることで百年先だろうと見ることができる。また見るだけであらゆる知識が頭に流れ込んでくる特殊な「分析眼」を持っている。
今回はその二つの力を使って、まずはアンナの腕について見た。そのおかげで上位種の腕だと判明し、妙な魔力の流れも察知できた。
ーーということにしてデリバーには説明した。
(まさかあの子がね......)
見て知ってしまったあの事実。今はそれをデリバーに伝えるのは早すぎる。状況を悪くするだけだ。
どんなにもどかしくても耐えて、アンナのためになることを少しづつやるしかない。
(それに......)
未来視で知ってしまった未来。
それはアンナが苦しむ姿。未来視とは視界に未来の光景を映し出し、情報を見る能力だ。
だから音は拾えず、色や状況までは鮮明に映し出せないため、はっきりとわからなかったが。
見えたのは、アンナがまるで悲鳴をあげて苦しむかのような姿。それを止めるデリバー。そしてその先の未来を部分的に見ることができた。
(かなり断片的に見たけど......。ああもう、どうすれば......)
「おいオッドアイさん。こんなとこで立ち止まってどうしたんだ?」
「あっ!!」
ネイのお店の常連さんに呼びかけられ、はっと意識が戻る。
実は仕事のために一通りの道具を持って外出していたのだが、どうやら道の真ん中で立ち止まっていたらしい。
常連さんの聞き慣れた声。彼の方を見ると、心配そうにネイの様子を伺っている。
「ああ、ごめん。ありがとねフウさん」
「おお......。そっちも気をつけなよ」
常連のフウさん。この街の厄介ごとを引き受け、街のために走り回る強者の傭兵であり冒険者だ。
彼も急いでいたようで、ネイの身を案じて声をかけたかと思えば、一言残してすぐさまどこかへ走り去ってしまった。
今はどれだけ考えても仕方ない。あまりに情報を取り入れすぎた。
しばらく時間をかけて情報を整理し、そしてその整理した情報から行動せねばならない。
未来視による未来は変えられる。しかし、少し間違えるとより悪くなる可能性もある。
(焦らず慎重に行くしかないか......)
未来視による未来を変える。当面の目的はそれだ。
そのためにも今は仕事をこなし、今日という今日を生きていかねばならない。
「よーっし! がんばるぞ!」
道のど真ん中で突然の宣言。大きな声に通行人が驚きネイを見つめ、注目を集めたネイはそんなこと気にせず歩き出した。
まだ時間はある。あと三年弱は大丈夫だ。その間に持ち前の情報網と能力を使えば、あっという間に解決できるはず。
あの未来を見てしまった自分に、まるで言い聞かせるような言葉だ。だが諦めてはいけない。
何より彼女の、アンナのために。そして自分たちの過去の悔いにケジメをつけ、「ヤツ」から全てを守るために。
湧いてくる気持ちを今は抑えて、ネイは今からやらなければならない依頼を終えるため、目的地へと駆け出した。
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