装備調達

 次の日の朝。

「おはよぉ〜」

「おはようございます」

 リビングで朝のコーヒーをいただきながらくつろいでいると、ネイさんがまだ眠たそうな顔で起床。

「あれ、デリバーのやつソファで寝てるんだ」

 デリバーは昨夜帰ってきた時の服のまま、腹を出して大きなイビキをかいてソファで寝ている。

 昨夜、夜遅くに疲れ切ったデリバーが帰ってきて、相当お疲れだったようで、ネイさんと同じく睡魔に負けた彼をなんとかソファまで運んでやった。

 ネイさんがあくびをしながら「お腹すいた......」と小さな声で呟く。

 そういえば人様の家に上がり込んで朝食を済ませるのは、この世界では初めての経験になる。

「いつも朝食ってどうしてるんですか?」

「ああ、アタシはパンで済ませてるけど、今日はあいにくさま品切れでね。昨日買おうと思ってたんだけど、完全に忘れてたわ〜」

 寝癖で外ハネが激しい頭をかきながら「ふあぁ......」と大きくあくびをするネイさん。目を閉じ涙を浮かべたまま、低い声で「うぅ〜」と唸る。

「じゃあ一緒に出かけます?」

「えっ、アンナちゃんとお出かけ? ......よし行こう!」

 先ほどまであんなに眠たそうにしていたのに、その眠気はどこへ行ったのやら。ネイさんは急いで身支度を済ませ、帽子をかぶりサングラスを着けて、スポーティーな格好に着替えてきた。

「似合いますね」

「いやぁ素直に嬉しいなぁ」

「あはは」と照れるネイさん。昨日からなんかちょっと距離を置かれているような気がする。

 時々目を逸らされ、なぜか少し暗い顔を見せる時があるような気がするのだが、アンナの見間違いだろうか。

「なんでだろ」と思い理由を尋ねたくなるが、まあご本人にしかわからない悩みなのかもしれない。

 とりあえず荷物を持って、ネイさんと同じように昨日購入したサングラスを装着して家を出た。


 街の中心部にやってきたのは初めてだ。それでも中心部の中心からは離れた場所ではある。

 昨日は少し離れたところにあった地区にいたので、人の賑わいの違いに驚く。

「朝から騒がしいですね」

「そりゃそうよ。今から仕事の人、そしてお店の開店準備の人。色々とあるからね」

 確かに周りを見渡すと、今から街を出るのか門の方角へ歩いていく商人や旅の人たち。せっせと荷物を運ぶ配達人。大きなカバンを持ってどこかへ急ぐ人。店のシャッターをあげる人。

 大勢の人たちが、それぞれ自分の目的に沿って活動している。

「ちなみに中心部に向かって歩くと、大きな建物があるんだけど。多分もうじき行くと思うわ」

 そう言ってネイさんが指差す。指を向けた先には、飛び抜けて大きな建物があるのがわかる。

 ここからだと細部まではよく見えず。目を凝らして観察していると、気づけばネイさんに置いていかれていた。

「アンナちゃんこっち。いつものパン屋さんに寄りましょ〜」

 ネイさんに呼ばれてあとをついて行く。

 街の中心部は大道路が整備されており、所々荷物を運んできたばかりの貨車が停まっていたり、ファンタジーあるある馬車が走っていたりする。

 そこまでなら驚かなかったのだが、時々通り過ぎる不思議な機械に毎度目が釘付けになる。

「あれって......」

「数年前から流行りになった機械の馬車みたいなものね。まだ試験段階らしいけど、何かの動力で動く仕組みみたい」

「あれで荷物を運んでるのか......」

 この世界の機械技術は独特で、アンナの世界とはベクトルが違う。

 機械は専門ではないので、一眼見ても「なんかすごい機械」くらいの感想しか思いつかないのだが、あれには未知の叡智が詰まっているのだろう。

「ゲッ! もうこんなに......」

「あだっ!」

 ネイさんが突然立ち止まったせいで、勢いよく背中にぶつかってしまった。

 なんで立ち止まったのか聞こうと口を開きかけ、ネイさんの視線の先に映る光景を見て察した。

「行列......」

「今日は運が悪かったかぁ。いつもは二組くらいしかいないのに......」

 肩を落として落ち込むネイさん。

 並ぶと二十分以上かかりそうだったので、仕方なしに別の店で買い物を済ませた。


 二人して小さな公園のベンチに座り、帽子とサングラスを膝の上に置いて、買ってきたパンをいただく。

「うっ、固っ......」

「デリバーの分も買ったけど......。これあげたら文句言いそうですね」

 二人で適当な店のパンを買ったのだが、安いのにはちゃんと理由のある品質だった。

 味は素朴。コーヒーと一緒に飲めば食べられる。

 しかしめちゃくちゃ硬くてパサパサしている。しけたフランスパンでも食べている気分だ。

「このバターも買っといてよかったですね」

「本当にねぇ」

 五百円玉くらいの大きさの使い切りバターを購入。配布されてた木製の小さなバターナイフを使って食べるのだが、バターがあれば意外といける。

(昔ホテルで食べた味に似てる......)

 ビュッフェ形式で食べる朝食付きのホテルだと、こんな感じで使い切りバターとパン、そしてコーヒーをいただける。それぞれ単一で食べるとあまり美味しく感じないが、まとめてセットで食べると美味しいと思えるのだ。

「それでどうかなこの街は。気に入った?」

 パンを食べ尽くして、ミルクたっぷりのコーヒーで一服しているネイさんが聞いてくる。

 こちらもパンをもしゃもしゃと頬張りながら、無言で頷いた。

「リスみたいに食べちゃって......。なんかアンナちゃんって、守ってあげたくなるような感じよね」

(多分あなた方より年上です......)

 ネイさんに頭をくしゃくしゃに撫でられる。

 確かに年は上なのだが、ネイとデリバーの二人は人格者でアンナより立派に思えてしまい、彼らには頭が上がらない。

 何も知らない世界で、自分の道標になってくれてる人たちでもある。余計に恩を感じないわけにはいかない。

(なんか不甲斐ないなぁ)と自覚しつつ、パンを一気に食べ尽くす。

「ふう。ごちそーさま」

「それじゃ帰ろっか」

 朝の平穏なひと時を過ごした後に帰宅。

 買ってきたパンをデリバーにあげると、予想通り「なんかパサパサしてねえか?」と文句を頂戴した。


「んで今日の予定なんだが。アンナ。お前の装備を調達しに行く」

 二人で丸いテーブルを挟み込むように、お互い向かい合って座るアンナとデリバー。ネイさんは用事があるといって今しがた家を出たばかりだ。

 今は二人きりでネイさんの家にいる。そこで本日の予定を決める話し合いをしていた。

「装備?」と聞き返すと「そうだ」と頷くデリバー。その理由を尋ねると納得だった。

「これから俺と一緒に行動するにあたって、お前には常に外敵から襲われる危険が伴うことになる」

「ふむふむ。でもウチは怪我してもすぐに治るし......。それにお金だって......」

「アホ、怪我を前提に話を進めるんじゃないよっと!」とツッコミと称して軽めのチョップを頭に打ち込まれる。

「あうっ」

「いいか? いくら怪我の治りが早くても苦痛は堪える。それが積み重なれば精神的にも参っちまう」

 まあ言いたいことはわかる。とはいえアンナは戦闘になっても役に立てるかわからない。

 装備を整えたって無駄なのではないか。そんな後ろ向きな考えが頭をよぎる。

「お前が何考えてるのかは大体わかる。でも窮地を脱するにはそれなりの準備が大切だ。用意が良ければ良いほど、生存確率もあがる」

「なんか申し訳ないや......」

「今はいくらでも甘えていい。将来投資ってやつだ。お前を見込んでなきゃ、そもそも一緒にいねえよ」

 なんの躊躇いもなく向けられた純粋な一言。あの顔は本気でそう信じている顔だ。

「わ、わかった。ウチもできるところまで頑張る」

 そのようなことを平然と言われ期待されている以上、せっかく拾ってもらった身で面倒も見てもらっているのだ。自信が無いのは本当だが、それでも期待に答えようではないか。

 その覚悟の思いが伝わったようで、デリバーは「いよっし!」と威勢よく立ち上がって、そばに置いていた荷物を手に取る。

「じゃあ行くぞ」

「分かった」

 アンナも昨日買った旅用バックパックを背負い、デリバーの案内に従って装備屋まで歩いて行った。


 後ろからアンナがしっかり着いて来ているのを確認し、彼女のペースを乱さないようにゆっくりと歩く。

「なあデリバー。装備ってどんなのにするんだ?」

「んん? ああ、そうだなぁ」

 アンナの装備を整える。といっても今の持ち金からして高いのは買えない。

 それに最初に買った装備が彼女にピッタリフィットするとも限らない。今後の活動や戦闘スタイルに合わせて、今から買う装備は成長とともに間違いなく必要なくなる。

「まあ、とりあえずガードが硬いやつでいいだろ」

「そんな適当な......」

「最初から高いやつ買っても意味ないんだよ。今はとりあえず、生きることだけ考えろ」

 口では理由の説明を。しかしデリバーの頭の中には、今日の朝ネイから言われた一言がずっと引っかかり気がかりとなっていた。


「デリバー。あの子、どこで拾ったの?」

「んん? 森の中だけど」

 朝食を食べ終えた後すぐの話だった。

 アンナが席を外して部屋にこもっていた間。その隙を狙って、ネイがわざわざ話しかけてきたのだ。

 それにいつになく神妙な面持ちである。昨日自分がいない間に何かあったのだろうか。

「どうした? 今から準備なんだが」

 もうそろそろ外に出る準備をしたかったのだが、席を外そうとするとネイに「話がある」と言われ引き止められる。

 仕方ないので椅子に座り直し、頬杖をついてネイの言葉を待つ。

 するとネイは「......これはあの子に言わないで」と前置き。そんなに重要ならいっそ本人にも話すべきだろうと思っていると。

「あの子の腕。あれはのものよ」

 ネイの衝撃の発言に、デリバーは眼を見開いて驚き固まってしまった。

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