いざ、夜の飲み屋へ
買った装備の入った袋を片手に持ち、アンナとデリバーはネイの家へ向けて帰宅する。
「気づけばもう午後三時くらいか。なんか食べてくか?」
「いや、大丈夫。お腹減ってない」
「そうか」
帰り道に色々なお店を見つけた。まだ営業準備中の居酒屋が立ち並ぶエリア。この時間の客層を狙ったカフェ。
街の中心部に近くなると、このような飲食店が数多く並んでいる。門から真っ直ぐ大通りを歩き、路地裏に目をやるとディープな店まで立ち並んでいる。
あのようなお店でお酒を嗜むだけでも楽しそうだ。
「今日の夜に飲み屋行くか?」
いくつも立ち並ぶ居酒屋を興味深そうに見ていたのがバレたらしく、そのような提案をしてくるデリバー。
おそらくそんなに食べれるとは思えないが、雰囲気を楽しむくらいならちょうどいいだろう。
「うん。ネイさんも連れてく?」
「そうだな。あいつが良いんなら連れてくか」
今日の夜の方針が決まった。
とりあえず家に帰り、時間が迫ったら飲み屋へ行く。
(なんか久しぶりだな)
生前の頃は唯一の楽しみでもあった、飲み屋でお酒を友人や同僚と嗜むという行為。
昔はお酒がそこそこ飲める程度で、大体ジョッキ二、三杯が限界だった。
この体だとどうなのかは分からないが、できればそれなりに飲めるような体質であって欲しい。
そんな思いを抱いたまま、アンナとデリバーはお互い適当な会話をしながら帰り道を歩んだ。
「えっ! 飲みに行くの!? アンナちゃんお酒大丈夫?」
「わかりません」
「じゃあ初体験ってわけだ!」とテンションが高く舞い上がっているネイさん。
デリバーたち二人が帰宅してしばらくすると、ネイさんが「つ、疲れた......」と両目を押さえて帰ってきたのだが。
デリバーの「今夜久しぶりに飲みに行くんだけど、来るか?」という誘いを聞くと、何かが吹っ切れたように喜び始めたのだ。
あの舞い上がり方にはなんとなく見覚えがある。
(社畜時代のウチみたいだな)
そんな同情と哀れみの目でネイさんをみていると、デリバーがそっと耳打ちして一言。
「あいつも仕事のストレスがなぁ」と囁いてきた。
「それじゃ、アタシはちょっと仮眠とるね。時間になったら起こして!」
「おう」
デリバーを目覚まし係に任命し、ネイはソファに向かってダイブする。
そして数十分もしない内に静かになり、寝息が聞こえてきた。
「あいつの寝顔でも拝むか? 黙ってるとマジで絵になるぞ」
そこまで言われると気になるので、ネイさんの寝顔をこっそり拝む。
「......ふっ」
確かによくよく観察すると、本当に綺麗な顔立ちで絵になるのも分かる。
だがネイさんらしく、よだれをたらしながら爆睡しているので、なんだか面白くて笑ってしまった。
「それじゃ俺たちもしばらく時間潰すか。試しに装備の着心地でも確認しとけよ」
「了解」
買ってきた袋を持って、アンナも部屋にこもる。
さっき来たばかりだが、もう一度着替えてみた。
「タイツがきついけど、仕方ないか......」
買ってきたタイツは伸縮性抜群。おまけにちょっとやそっとのことじゃ切れないような頑丈さ。しかしその頑丈さゆえに締め付けられる。
恐らくこのタイツすら、この世界でしか手に入れられない素材なのだろう。
そのほかにも、帽子やマスク、服とパンツ。そして各急所を守るためにある薄い鉄の装甲。
どれもこれも新品の匂いがする。そしてこれを袖に通して旅をする自分の姿を想像してみる。
「......こりゃいいな」
いつになるか分からないが、今後の旅の妄想をするだけで、胸の奥がなんだか熱くなってきた。
そして夜。ネイさんを起こして飲み屋へ。
「ここら辺のお店って一人じゃ入りにくいのね〜。あんたらがいて助かったわ〜」
ネイさんが言っていることもよくわかる。
今日の午後に目にしたディープなエリアを歩き回っているのだが、どこも酒飲みが集まり大騒ぎしており、飲み仲間と来ないと勢いについていけない。そんな雰囲気が漂っている。
あらかじめベロンベロンに酔った状態でならついていけそうだが。
「おお、ここのおでん美味そうだぞ。ここで一軒目にするか?」
「まずはゆっくりおでんですか。いやあいいねぇ」
おでんと聞いて思わずビクッと反応する。なんでジャパンのソウルフードがこんなところにあるのか。
(もしかしてこの世界に、ウチ以外の日本人が来てたのか?)
アンナ一人だけこの世界にやってきたなんて都合の良いことはないだろう。いつか出会うかもしれないが、今は考えていても仕方ないので一旦忘れる。
「へいらっしゃい!」
店の扉を開けると、中には三グループぐらいの先客が。カウンター席に二人一組。テーブル席に残り二組がいる。
店のサイズが小さめなので窮屈に感じるが、意外と混み合っているわけじゃない。
皆で適当に空いているテーブル席に座り、各々食べたいものを頂戴する。
アンナは卵とサワー系を一つ。多分これだけでお腹いっぱいになってしまう。
(これだけでお腹いっぱいになるなんて、ちょっと辛いな)
できるだけ味わうようにちょびちょびとお酒を飲む。その間、ネイさんとデリバーの話を黙って聞いていた。
「でさ、あんの依頼主クッソ態度でかいの! 危うくこうっ、一本やっちゃうとこだったよ」
ネイさんが笑顔で手をバキバキ鳴らしている。お酒の力も相まって結構パンチの効いたことを言っている。
対して話を聞いているデリバーは「うんうん、辛かったねぇ」となぜか寛容なご様子。初めてみる聖人のようなデリバーの姿に驚きを隠せない。
(ネイさんが愚痴をこぼしまくって、デリバーがそれを包み込む。いつもそうなのかな)
卵をヒョイっと口に入れて、もぐもぐしながら二人をじっと見つめていると、突然ネイさんがこちらを凝視してくる。
「うおっ......なんですか」
あまりに強い目力で見つめられびっくりした。口に含んでいた卵を喉に流し込み、パサパサになった喉をお冷やで潤す。
「いやね、この若さが年々羨ましく......。なにこのほっぺ! なんでこんなモチモチなん!」
「うにゅ......」
明らかに酔っているネイさん。標的をデリバーからアンナに変えて、頬をずっと摘んだり引っ張ったり、両手で挟んだりしてくる。
まだ一杯目のはずだが、もしかすると普通にお酒に弱いのかもしれない。
「で、デリバっ......」
とりあえずデリバーに助けを求めようと彼を呼んだが、彼はこちらをみて微笑むばかり。
「元気だなぁ」
「い、いやちょっと......」
「んでねデリバー! ちょっと聞いて欲しんだけど、あの依頼主態度がさ〜」
(また同じ話じゃんか!!)
心の中でツッコミを入れ、このままネイさんに色々なところを触られ、同じやりとりを無限に繰り返す。
こうして三十分ほど経過し、ネイの酔いが冷めて来た頃。
「うっ......。調子乗った」
「お、俺も......」
ネイとデリバーの二人が吐き気を堪えながら、それでも席に座っていた。
その理由はネイの隣に座る少女を見れば分かる。
「あ、アンナちゃん? ちょっと外に行かせて......」
「ダメ。ウチを置いて......。うう、置いてかんで......」
飼い主に甘える猫のように、アンナがネイの腕にしがみついているのである。
ネイとデリバーはさすがは血の繋がった兄弟といったところで、二人ともすぐに酔いが回ってしまったのだが。
対照的にアンナはかなりお酒に強かった。しかし四杯、五杯と飲み切ったところでとうとう様子がおかしくなり始めた。
そして段々とゆらゆら揺れ始めて、何度も大きなあくびをし、隣に座っていたネイに甘え始めたのである。
「なんか赤ちゃんみたい......」
「アンナの場合、幼児退行でもすんのかねぇ」
お酒は人の隠された本性を表すという。デリバーなら普段は絶対に見せない仏みたいな優しさ。ネイなら暴力的な性格に変貌することだ。
お互い自分が酔った時のことは覚えており、そしてその時の感覚からアンナの現状を推察し、二人して同じ感想を抱いた。
「愛情に飢えてるってことかな」
「ま、出自が出自だしな。家族のことも一部忘れちまったくらい記憶が欠落してんだ。過去に辛いことがあったのかもな」
しかも本来は眠気を感じないと言っているアンナが、今は体質による不眠症から解放されたかのように眠そうにしている。
「よしよし、おねんねしな」
ネイがアンナの頭を撫でて、子供をあやすように優しい言葉をかけ続ける。
そして数分もしない内にアンナが小さな寝息を立てて、ぐっすりと眠った。
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