56

行き交う人々を避けながら祭りで賑わう通りを歩く。

自身の腕の中に抱えられた黒い子犬は物珍しそうに周囲を探っていた。

混雑している間を縫って冒険者ギルドに辿り着くと、その扉を潜る。

外とは打って変わって閑散とした室内には、受付カウンターに座る二人のギルド職員を残して誰も居なかった。


祭り期間中はこれが普通なのだろう。寧ろ、開いた扉から姿を見せたギルド職員以外の人間に彼等は少し驚いた顔をする。

特に気にすることもなく歩を進め、一直線に向かった先にある依頼ボードの前で足を止めた。そのまま依頼用紙に視線を流す。

現在拠点を置いている西側のギルドでよく見る魔物とは違う名前が多い。

地域差があるのだろう、獣型の魔物が少なく、塵怪のようなはっきりとした形を伴わないタイプが主に目立つ。

「(…ここに来るまでの道中が荒れていた原因も異空間の湖仙だったしな。単純な力というより癖が強い奴が頻繁に出るのか。)」

北側地域は兼ねてより精霊との繋がりが深いというが、それが影響を与えているのかもしれない。


興味深げに依頼用紙を辿っていると、ギルドの扉が開く音が耳に届いた。

視線を遣ることも無かったが、腕に抱いたラズがふいと顔を向けると同時に頭上から誰かの声が落ちる。

「今日は一人?他のパーティメンバーは?」

「…?」

顔を上げれば冒険者らしき身なりの青年が一人、親しげな笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。

この場に留守番のギルド職員を除いて自分しか居ないことは分かっている。

だからこそ、先程の彼の問いは自身に向けたものだろう。だが、唐突にその問いをされる意味が分からない。

何処かで会った覚えもなければ勿論知り合いでもない者が一体何を言っているのか。


一向に口を開かない相手に、冒険者らしき男は不思議そうに首を傾げた。

「ん?二人連れてなかったっけ?濃紺の髪と栗色の髪の男。」

「………」

続けて寄越された言葉に何となく状況を察した。

彼の言う「男」とはアルフとキリトのことだ。最初の問いに「パーティメンバー」と言い、次に「連れている」と言ったのだから、三人で遺跡へ向かう時や探索中にすれ違った可能性が高い。

そこでの少ない情報しかない為、自分達を冒険者一行だと勘違いしているらしい。

実際は誰一人として冒険者ではないのだから、今はそれぞれ別行動中だ。

「(例え三人とも冒険者でパーティを組んでいたとして、毎度全員が集まるのは想像できないな……)」

祭りを覗きに行くと言っていた二人を思い出しながら、目の前の男から視線を外す。

「あ、あれ?完全に無視?」

「………」

「おーい。」

「………」

男の声音が少し戸惑いを帯びたが、それでも飽きることなく話しかけてくる。


「この間、遺跡で君達のこと見かけてさ。目立つ一行だなって思って、気になってたんだよね。僕達のパーティもそれなりなんだけど、流石に遺跡で肉を焼くことはないからさぁ。」

「………」

よりによって見られていたのはそこなのかと思いつつ、こちらを見つめるラズの頭を軽く撫でる。

あれは確か偶然出くわした一角牛を見て、西側の魔物肉と北側の魔物肉で味は変わるのかという検証をしていた時だ。

結果として、味に違いは無いことが分かった。

「個人的に会いたいと思って探しててさ、丁度ギルドに入る君を見つけて追ってきちゃった。」

「………」

軽い調子で一方的に話し続ける青年は、未だにこの場を立ち去る気配がない。

だが、こちらも相手をする気は無く、未だに一言も発していない。

そんな異様な光景を見つめるギルド職員二人の視線を背後に感じる。


「ねぇ、そのフードは被ったまま……いでっ!」

「………」

「うっわ…ごめん!ちょっと抑えて!お願い!」

さりげなくフードに伸ばされた手を瞬時に弾くと、男は慌ててその手を引っ込め、切羽詰まった声を上げて許しを請う。

「…っ…いや、本当にごめ…っ⁈……はぁー…」

「………」

何かから解放された男は大袈裟に肩で息をする。


額から流れた冷や汗を拭いながら、彼は気丈にも笑みを浮かべて言った。

「…めちゃくちゃだね、君。押さえつけられるような威圧に真っ直ぐな殺気……恐怖でどうにかなりそうだったよ…」

そう言いながらもどうにかならずに正気を保っているのだから、彼が冒険者の中でも実力があることは間違いないだろう。

だが、男が何であろうとどうでもいい。

隣で語る声を聞き流し、再び依頼ボードへ視線を戻した。

その内の一枚に書かれた依頼内容に目が留まる。


その時、ギルドの扉が開く音と馴染みのある溌剌とした声が聞こえてきた。

「あっ、リゼさん!良かったぁ。ギルド長からご伝言です!」

「………」

高い位置で括ったポニーテールを揺らして自分の元に駆けてくる受付担当の姿を捉える。

自身の側に辿り着いた彼女は隣に立つ冒険者らしき男に気付き、不思議そうに首を傾げた。

彼は受付担当から視線を流すと、にっこりと笑って口を開いた。

「へぇ、リゼさん…いや、呼ぶならリゼちゃんかなぁ?」

「………」

男の声に小さく舌を打つ。

それを見た受付担当はこちらを見比べ、すぐさま申し訳なさそうに眉尻を下げた。


そして、いつもより低く抑えた妙に冷静な声音で言う。

「…すみません、迂闊でした。止めましょうか?」

「…気にするな。」

受付担当の目元に手を翳し、一瞬据わった彼女の両目を覆い隠す。実際、彼女には何の非も無い。

元々用事があって、偶々このタイミングに自身を見つけて呼び掛けただけだ。つまり…

「悪いのは伝言を任せた長だ。文句でも返しておけ。」

「っふふ、承知しました!伝言の内容はこちらにまとめてありますので、どうぞ。」

「…まとめる……」

受付担当から伝言が記された用紙を受け取りつつ、その嫌な響きに顔を顰める。

広げて目を通したそれに、小さく溜息を吐いた。

「あいつ、ここぞとばかりに……」

「『どうせ期間中の数日は遺跡に行くだろ?見つけたら頼むわ。』とのことです。」

ダンの声音を真似た受付担当の台詞と、用紙にずらりと並んだ素材の名前に眉根を寄せた。


ダンも馬鹿正直に要求が通るとは思っていないだろう。素直に指図を受けるような人間でないことは承知のはずで、滞在期間中は遊べと言っていた。

つまり、欲しい物を羅列したものの、結局ダンがこの伝言で告げていることは…

「(…倒した魔物の素材は持って帰れってことだろうな。)」

普段、素材を回収しないことも多い自分に向けて彼はそれをやめろと言っている。

そうして今回持って帰った素材の中で該当のものがあれば良いということだ。


「…ったく。」

ダンの意図を理解しつつ面倒臭そうな声を溢して踵を返す自分に、受付担当は笑顔で手を振る。

それに片手を上げて応え、冒険者ギルドを後にした。

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