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絶えず鳴る車輪の音を聞き流しながら、手に持った魔導石に自らの魔力を込める。

丁度よく両手に収まる立方体の石中には、ちらちらと光の粒が舞い続けていた。

「リゼさん、それ二つ目ですけど大丈夫なんですか?」

「問題ない。どちらにしろ走り続ける為には必要なんだろ?」

「そうですけど…実際に目の当たりにすると、リゼさんってやっぱりおかしいですよね。」

「………」

心配そうに声を掛けてきたかと思えば即座に変人呼ばわりしてくる受付担当は、高い位置で括ったポニーテールを小さく揺らして首を傾げた。


引き続き魔導石に魔力を流しつつ、自身の膝の上で小さく寝息を立てるラズを軽く撫でる。

「相変わらず、長は人使いが荒い。」

「そうですけど、多分、ギルド長はこの作業も含めてリゼさんが適任だと判断したんだと思います。」

「まぁ、あいつはまとめてやりたがるからな。」

ダンが押し付けてくる依頼は大抵一度に複数だ。今回も、受付担当の付き添いと荒れている区間の解決があった。そこにもう一つ彼の思惑が加わっただけだ。


受付担当の声に頷けば、アルフが既に魔力で満たされた別の魔導石を手にして口を開く。

「移動用魔導具…まだ実用化には至っていないと聞いてたんだが…」

「あ、違うんです。ご認識の通りまだ実用化はされていません。これは検証、改良中のものです。冒険者ギルドが一部その検証過程に協力しているだけですね。」

「そうか。言われてみれば、冒険者ギルドにとっては重宝するものになるかもしれないな。」

「はい!冒険者ギルドの乗り合い馬車はどうしても遺跡の近くを通りますから。」

元気良くアルフに応える受付担当はどこか興奮気味だ。好奇心旺盛な彼女にとって、目新しいものには関心が強い。


今自分達が乗っている馬車は、いつもギルドが使用しているものとは別物で、荷台を引くのは馬ではなく、動力となる魔導石を搭載した馬の形を模した魔導具だ。

遺跡の側を通るギルドの乗り合い馬車にとって、魔物から逃げる走力とそれを維持する持久力は必須。

生き物と違って魔力が残る間は疲弊することのない移動用魔導具は、実用化されれば様々な場所で活躍を求められるだろう。だが、残されている課題はまだ多かった。


すると、キリトが首を傾げて尋ねる。

「元々おもちゃとして作られていた小さな模型の魔導具ですよね。改良中というのは、やはり魔力量の関係でしょうか?」

「そうです。動力として必要とされる魔力量がとても多くて、魔導石を魔力でいっぱいに満たしてもあまり長距離は走れないみたいです。それに、魔導石を魔力でいっぱいにするには二人で一日一つが限界だと……」

「ん。」

「わわっ!」

ちらりと投げられた受付担当の視線を遮るように、持っていた魔導石を目の前に差し出せば彼女は驚いて声を上げる。


魔力で満たされた魔導石を受付担当に無理矢理押し付け、背もたれに身を預けた。

そんな様子にキリトが苦笑を溢すと、今度はアルフに問い掛けた。

「アルフ様、おもちゃとして作られていた時は魔力量の問題は無かったですよね?移動用魔導具に応用するとそこが引っかかってくるのは、大きさのせいですか?」

「あー…そうだな…」

キリトの問いにどう応えるべきか、アルフは少し言葉を切った。そして、立方体の魔導石を掲げて改めて口を開く。


「そもそも、おもちゃとして作られていた時の魔導石と移動用魔導具に搭載されているこれは意味付けが違うんだ。」

「え?そうなんですか?」

「正確にいうなら意味付けの数を減らしている。移動用魔導具のこの魔導石には『蓄積』の意味付けだけ残されていて、それ以外を魔導具の別の所に割り振った…ここら辺のことは説明されていないのか?」

「されてました!一時期、改良が停滞していた原因だったと。」

アルフが受付担当に視線を遣れば、彼女は大きく頷いて更に言葉を重ねる。

「でも、一気に進展があったみたいです。細かい命令を動力部分の魔導石から切り離す方法の基礎を誰かが確立していたとかで途端に…ただ、それが誰かというのは伏せられていると。」

「そういう時は大抵、真っ当な人物じゃない。まぁ、たまに本人の意向ということもあるが…」

「多くは犯罪者ってことですか?」

「断定はできないが、おそらく似たような部類だろ。」

「………」

受付担当とキリトの二人に応えるアルフの声を聞き流す。


そろそろダンが荒れていると言っていた区域の原因が現れはしないかと、改めて外の気配を探り始めたところでアルフの言葉が続く。

「少し逸れたが……元々は魔導石一つに魔力の蓄積と動作の制御、器の質感の変化とか必要な意味付けを全て含めていたから、魔力を流せばすぐ意味付け通りに変換された。だが、器が大型になったことで一つの魔導石では意味付けが全体に反映されなくなり、意味付けをバラバラに分けた結果、今度は流した魔力の変換が即座に行われなくなった…」

「あっ、なるほど!同じ魔導石内で流した魔力を変換するのと別の魔導石内で一度溜めた魔力を変換するのとでは違いがあったということですね。」

「あぁ。普通は魔力を流して指定した魔法を展開させるのが魔導石だ。だからこそ、『蓄積』の意味付けは他の主体の意味付けを補助するものであって、それだけで魔導石を作ることが無い。」

「それが今回、移動用魔導具を製作する過程で露呈したと…」

何かの講義を受けているかのように頷く受付担当は、次いで小さく首を傾げた。


「魔導石に魔力を満たすのも大変で、それぞれの魔法を展開させるのにも多くの魔力を使う……となればリゼさん、冒険者ギルドで働きませんか?」

「…どんな解決方法だ。」

「まぁ、全ての懸念事項が一気に解消されるのは確かだな。」

「あはは。」

日夜改善に励んでいるだろう移動用魔導具製作者達の労力全てを一蹴するような受付担当の提案に軽くつっこむ。それにアルフは一理あると頷き、キリトは小さく笑った。


結局のところ今の魔導具の状態で必要なのは魔力量だ。

魔導具一つに搭載された三つの蓄積の魔導石は一つずつ魔力が空となっていく。それと魔力が満たされた魔導石との交換を繰り返せば、止まることなく走り続けることが可能だ。

替えの魔導石を大量に準備することは現実的で無いが、自分一人が居ればそこは問題にすらならない。先程、魔導石の交換を行ったところ、最早供給源としての扱いといえる。

勿論、冒険者ギルドで魔力補給担当として働くつもりなど一切無い為、受付担当にはこれからの移動用魔導具の改善に期待してもらうことになるだろう。


「………」

そんな馬車内で交わされていた話の間も変わらず鳴り続けていた車輪の音を耳に入れながら、小さく眉根を寄せた。

同時に、膝の上で丸くなっていたラズがふと顔を上げる。

「リゼ殿?」

ラズをキリトに預け、馬車の扉を開ける。そのままひょいと荷台の上に上がった。

薄く紫を纏う銀髪が風を受けて流れ、立ったまま走る馬車の後方を見つめれば、徐々に近づいて来る影がある。

「あー、道理で…」

馬車を追ってくるその姿を捉えてぽつりと呟く。荒れている区間に入ってから周囲を探り続けて、ようやく原因が分かった。

「リゼ、うわっ…」

「リゼ殿…あれ何ですか…?」

「えっ?どれ…ひいぃ…」

つられて外の様子を覗いた三人が各々引いた声を上げる。全員の視線の先にはとある魔物の姿があった。


身体中がドロドロとした液状で、沢山の足をそれぞれ不規則に動かしながら猛追してくる巨体が見えた…と思えば、その形は崩れてどっと地面に落ちる。

すると今度は地面が波打つ様にしてそれが再び追ってくる。

端的に言うならば、動くゼリー状の土砂だ。

不規則に揺れる馬車の上で難なくバランスをとりつつ袖口で鼻を覆って顔を顰めていると、何かに気付いた受付担当の声が聞こえてきた。


「…って、あれ『湖仙』じゃないですか⁈」

「『湖仙』って確か…」

「あっ!あの美味しいやつですね!」

「そうです。あの美味しい…はい?」

「………」

車内に残る三人の会話を聞き流していると、受付担当の頓狂な声が響く。

おそらく彼女にとって聞き捨てならない言葉があったのだろう。


だが、先に軽く訂正を挟む。

「『湖仙』だが、あれは異空間の奴だ。通常の特徴と違うだろ?」

「えっ?えーっと…湖仙は確か…全体が澄んだ水で形成されていて、そこに漂う花弁で輪郭を捉えられ、戦闘時は芳しい香りが漂う魔物……」

「澄んだ水には見えませんね。」

「…というか、微かに生臭くないか?」

車内に届く様に少し声を張れば、中にいる三人も同様に返す。


「でも、湖仙は魔力溜まりでのみ存在が確認されている魔物ですよ?それが、異空間の固有種って…リゼさん、ギルドにその情報はないのですが?」

「聞かれてないからな。」

「もー!ギルド長に言いつけてやるー!」

「…あいつは私の保護者か。」

受付担当の幼稚な抗議に呆れながら小さく息を吐く。


魔力溜まりでしか未だ確認されていない湖仙に、異空間の固有種とはいえ同種の存在が魔力溜まり以外に居るという事実は、冒険者ギルド職員としては把握しておきたいというのも分かる。

だが、分かっているからといってそれを提供する理由が自分には無い。

ダンはそこを踏まえているからこそ、定期的に飯屋へ連行しようとしてくるのだろう。


「さて…」

気を取り直すように、ぐっと身体を伸ばす。

前方を真っ直ぐに指差して魔法を展開すると、猛追してくる異空間の湖仙の一部が凍りついてばきばきと音を立てて崩れた。

ただ、速度が落ちることはない。

このままでは時期に追いつかれるだろうが、それはどうにか避けたい理由がある。

すると、応戦を始めたことに気付いた御者が声を掛けてきた。

「と…止まりましょうか?」

「冗談じゃない。寧ろ全力で走れ。嗅覚が狂う。」

「あっ、はい!分かりました。」

素直に了承を示した彼はすぐに速度を上げた。実際、未だ距離があるにも関わらず周辺には異臭が漂う。

初めて異空間で邂逅を果たした時はこの臭いに苦労させられたのだ。もう至近距離で相手にしたくない。


湖仙との戦闘はそもそもが耐久戦だ。

核が液状の身体に溶け込んでいる為、破壊と再生をその身で幾度も繰り返させることによって消滅を狙う。

「(短時間で終わらせるには…火力より手数…この距離と移動速度…なら帰着点を明確に……いや、待て…)」

淡々と思考を巡らせながらも、湖仙と激しく撃ち合いを繰り広げる。

鋭く飛んでくる土砂の礫は馬車に届く前に氷の礫に当たって砕けた。辺りには段々と臭気と冷気が満ちていく。


「リゼさん…不安定な足場でよくやりますね…」

「臭うな。」

「寒くなってきました。」

「ちょっと!お二人とも気にする所はそこなんですか⁈リゼさんを気に掛けてくださいよ!」

「気に掛ける…ですか?」

「あいつと魔物の戦闘に関して、そんなものはとっくの昔に諦めた。」

「ええー…わわっ!」

「っと、揺れますね。」

「これだけ速度が出てればな。」

ガタガタと鳴る車輪の音と風を切る音、礫の砕ける音に車内の会話が微かに混じる。


自身の周辺に展開した魔法陣をそのままに腰に提げた短剣と小瓶に手を伸ばした。

小瓶から種を取り出し短剣と一緒に握って微量の魔力を流せば、短剣に絡まるように細い蔓が伸びる。

「大きくなーれ。」

単調な声音とは裏腹に、強く一歩を踏み込んで握った短剣を力一杯投げつける。

蔓の絡まる短剣が湖仙の身体に呑み込まれたと同時に、一気に成長を遂げた蔓が噴き出した。


「おぉ…」

想像以上の速さで伸びていく植物によって、土砂の身体が瞬く間に覆われていく。

その中で抵抗をしているのだろう、もぞもぞと動く緑の塊を眺めながら魔法を展開し、投げ付けた短剣を手元に取り戻す。


湖仙の追ってくる速度が落ちると、馬車と徐々に距離が開き始めた。

「…止めてくれ。」

「え、あ!はい!」

馬車の後方で完全に動きを止めた緑の塊を見て、御者に声を掛ける。すぐに応じた彼はその場で停車した。

荷台から地面に降り立つと、そのまま歩を進める。


一帯に立ち込めていた臭気は既に消え、向かった先で魔力の供給源を失った蔓が枯れていく。

「依頼の一つは完了だな。」

枯れた蔓の真ん中に残されたまるで飴細工の様な一輪の花に手を伸ばし、小さく息を吐いた。

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