53
口の中で旨みを含んだ油が溶ける。続け様に串に刺さる肉へ齧り付けば、追加とばかりに新しい串を手渡される。
それを遠慮なく受け取れば、元気な笑い声が響いた。
「店主殿、私ももう一つ!」
「俺も。」
「わははっ、全員手が止まらないな!」
そういう店主も肉の刺さった串を鉄板の上で弄りながら、焼けた肉に齧り付く。
「こんなに双刀熊を狩ってくるとは思ってなかったが有難いよ。だが、嬢ちゃん達は冒険者じゃないんだろう?」
「違うな。」
「違う。」
「違いますね。」
「うーん…冒険者のことに詳しいわけじゃないが、確実に本職のパーティを超えている気がするのは俺だけか……?」
アルフとキリトを連れ、屋台の前で串に刺さった肉を堪能しながら店主の問いにそれぞれが応えると、彼は首を傾げた。
焼けていく端から次々と消えていく串を切らさないように追加の肉が鉄板に並ぶ。
焼き加減を気にしつつ、屋台の店主は何処か懐かしそうに言葉を重ねた。
「ここで魔物肉の串焼きを売り始めた時は街の連中に奇異の目で見られたもんだ。」
「あぁ…やっぱりそうなんですね…」
「俺たちも魔物肉の存在を知ってはいたが、手を出してなかったしな。」
「まぁ、この街は大きな冒険者ギルドもあるから冒険者連中にはよく売れたぞ。」
魔物肉は、魔物に対する抵抗が少ない冒険者には比較的好まれる。実際、その味は折り紙付きで、害があるわけでもない。ただ、慣れるまでが不気味なだけだ。
「でも、嬢ちゃんが顔を出すようになってから冒険者以外にも売れるようになったな。」
「それは、よく分からない奴がよく分からない物食ってるからか?」
「アルフ様!」
「………」
「はははっ、嬢ちゃんは目立つからな!躊躇いよりも好奇心が勝った結果だろうよ。食っちまえば美味いんだから、きっかけが必要だったってことさ。」
「その割には他の客を見た事がないが?」
「そりゃあ、嬢ちゃんがいる間は全員が譲るからな。」
「…リゼ。」
「リゼ殿…」
「……別に何もやってない。」
少し呆れた視線を向けてくる二人へ応えた。
自分が通うようになってから魔物肉が売れるようになったということも、自分が屋台に立ち寄る間は街の人々がこの場を譲っているということも、周りが勝手に動いているだけである。
二人の反応を見てケラケラと笑う屋台の店主も随分と遠慮がなくなったものだと、小さく肩をすくめた。
「あの、店主殿とリゼ殿は、リゼ殿が店に通うようになってからのお知り合いですか?」
「いや、俺の依頼を受けてくれたのが嬢ちゃんで、この屋台で再会してから常連って感じだよ。なぁ?」
「あぁ。」
「それって魔物肉の依頼か?」
「当然!俺が冒険者ギルドに依頼を入れるのは魔物肉に関することだけさ。」
そう言って当時の状況を語り始めた店主とそれに応えるアルフとキリトを横目に、焼き立ての肉に齧り付いた。
全員が満足するまで魔物肉を堪能した後、屋台の店主に別れを告げて街通りを歩く。
すると、アルフがすれ違った冒険者に視線を流しながら思い出したように尋ねた。
「そういえば、双刀熊の魔物肉の入手方法はギルド長に伝えてるのか?」
「聞かれたからな。答えてある。」
「それなら、今後は流通の可能性もあるんでしょうか?」
「それは微妙ですね。」
「確かに…入手の条件が厳しいのもあるが、そもそもが魔物肉だしな。抵抗のない奴には変わらず受け入れられるだろうが……」
「………」
一般的に名前が知られているものとして代表されるのは、一角牛と橙鳥の魔物肉である。
これらは比較的数が多く、安易に手に入れられるからこその地位であるが、双刀熊は同じようにはいかない。
魔物肉としての認知度が上がったとしても、おそらく広く流通することはなさそうだ。
キリトに応えるアルフの声を聞きつつ、ふいと後方を見遣る。
「リゼさーーーん!」
「………」
「あ?」
「え?」
騒がしい声音が背後から投げられ、ひょいと身を翻した。途端、誰かが勢いよく側を通過して行くと、少し離れた所で停止する。
それを見届けてからポニーテールが揺れる後ろ姿に呼び掛けた。
「お嬢。」
「はい…すみません…」
くるりと振り返ったギルド受付担当はその場で頭を下げると、行き過ぎた道を戻ってくる。
その様を眺めながら、彼女に遅れて背後に近づく人物へ声を掛けた。
「…長。」
「何だ、全員揃ってんじゃねぇか。」
見上げれば、こちらを見下ろす強面がある。この街の冒険者ギルドのギルド長であるダンは今日も相変わらず外を彷徨いていたらしい。
そしておそらく自分を探していたようだ。
だが、いつもと違うのは受付担当を連れているところだろうか。
小さく首を傾げてダンを見遣れば、行き過ぎていた受付担当が戻ってきたのを確認して、彼が口を開く。
「…お前ら、また三人で遺跡に行ってたのか?」
「そうだが?」
「アルフとキリトの付き添いか?」
「いや?私が受けた依頼に二人がついて来ただけだ。」
「遺跡は気軽な散歩コースじゃねえんだぞ……」
淡々と質問に答えてやれば、ダンはやれやれと溜息を吐いた。
実際、彼が呆れるのも分かる。遺跡や異空間という所はどうあっても生死が関わる。寧ろ、その近くを通る時には冒険者を道中の護衛として雇うことが多い。
依頼を受けている訳でもないアルフとキリトがそんな所に同行の意思を示す事も、それを依頼ですらないのに簡単に許諾することも一般的な流れとは違う。
おまけに、誰一人として冒険者の肩書きが無い。
「冒険者ギルドに通う本職の冒険者パーティより強そうですよね。」
「否定はしねえが、意味分からん。」
「あはは…」
「別にそっちに迷惑を掛けてるわけでもないだろ?」
「おい、結局何の用だ?」
受付担当とダンの言葉にキリトが苦笑を溢し、アルフが軽く物申す。
そこでさっさと本題に入れと一蹴すれば、受付担当が待ってましたと言わんばかりに声を上げた。
「そうですよ、リゼさん!どうか、私と一緒に来ていただけませんか?」
「…?」
「精霊祭。聞いたことくらいあんだろ?」
唐突に同行を依頼してきた受付担当の声に、ダンがすぐ言葉を重ねた。
それにアルフとキリトが反応を示す。
「それ、確か北の地域のやつだったか。」
「そういえば、もうすぐでしたね。」
「アルフとキリトは知ってる…と。リゼは?」
「聞いたことはある。竜が出るんだろ?」
「出ねえよ。生まれの地ってやつだ。」
ダンへ適当に応えれば即座につっこまれた。
王都を挟んだ北側は精霊が生まれた土地と言われ、竜の発生が確認されている場所も北側に偏る。
精霊と関係が強いその地域で、現存している記録よりも以前から行われていたとされる有名な祭りが精霊祭だ。
実際にその祭りに参加したことはない為、様子や雰囲気などは知りようもないが、数日に渡って開催されるかなり大規模なものだという。
「で?お嬢が精霊祭に行くのか?」
「修行だよ、修行。結構大規模な祭りだからな。過去、はしゃいだ冒険者共が街の連中に迷惑かけたことがあってから期間中は抑制として冒険者ギルドの職員を追加しておくんだ。今回も派遣の依頼があったからよ。こいつを行かせようと思ってな。」
「ギルド長直々のご指名です!」
ダンの説明に受付担当が得意気に胸を張る。その様子にアルフとキリトは目を瞬いた。いくら修行といっても、暴動紛いのことが起きた過去がある所に派遣されるのが彼女で良いのか疑問なのだろう。
だが、自分が気になるのはそこではない。
「お嬢を精霊祭に派遣させるのは好きにすれば良いが、何故私が一緒に行く必要がある?」
「そこに行くまでの道中がどうやら荒れてるらしい。お前荒れてるの好きだろ?」
「………」
この強面は人のことを何だと思っているのか、確信をもって告げられた言葉に顔を顰める。
相変わらずこちらの嗜好をよく把握していることが何とも気に入らない。
肯定も否定もせず押し黙っていると、ダンが更に続けて言う。
「どうせ、お前は荒れてると知ったら行くじゃねえか。それなら人攫い連中の馬車にわざと捕まって移動手段にするよりマシだと思うがな。」
「リゼ?」
「リゼ殿?」
「………」
ダンの言葉にアルフとキリトがすぐに名を呼んだ。ついさっきも屋台の前で二人に同様の視線を向けられた気がする。
見下ろしてくる二人を一瞥し、小さく息を吐いた。
「……出鱈目を吹き込むな。」
「ははっ。」
「あれ?嘘なんですか?」
「リゼなら普通にやりそうだ。」
「………」
アルフとキリトの声を聞きながら、何がそんなに嬉しいのかニヤニヤと笑みを浮かべるダンを軽く睨みつけた。
すると、彼は慣れたように肩をすくめて言う。
「だが、何度か狙われたことがあるのも事実だろ?」
「………」
「リゼさん、高く売れそうですもんね。」
「いや…ですが……」
「リゼを狙うのはリスクしかないだろ。」
「そういうのが分からねえ奴が手を出すんだよ。」
「…帰るぞ。」
いい加減、アルフとキリトにあることないこと吹き込まれては堪らない。ダンの戯れに逐一説明や弁解をするのは面倒だ。
そうして踵を返しかけた自分を受付担当が慌てて止めに入る。
「わーっ、待って待って!もう!ギルド長、リゼさんを怒らせないでくださいよ!」
「馬鹿言うな。リゼが怒ってんならこの場に無事で立ってねえよ。」
嗜める受付担当をダンは軽くあしらう。
自身にしがみつく彼女をそのままに口を開いた。
「そもそも道中の護衛ならそこら辺の冒険者の方が都合が良いだろ。私は納品者登録しかしていないんだ。ギルドの案件としてそれを受けることはできないぞ。」
「まぁ、普通に遺跡や魔力溜まりの側を通るっていうなら冒険者に依頼をあげるが、今回はそうもいかねえ。荒れている原因が判明していない以上、この新人を確実に北側へ派遣する為の最適解はお前だ。勿論、ギルドの依頼案件としてあげるつもりはない。いつも通り、個人的なやつだ。」
「………」
キッパリと言い切ったダンに溜息を吐く。アルフとキリトは少し驚いた様子でそれを眺めていた。
「移動と宿泊先の手配はこっちで全部やる。新人を派遣先のギルドに送り届けた後は好きなように遊んでいろ。んで、祭りが終わったら同じように連れて帰って来てくれたら良い。」
「遊ぶ…ねぇ…」
「リゼさん、参加したことないんですよね?だったら良い機会だと思いませんか?絶対楽しいですよ!」
「あの地域が精霊と関係が強いのは紛れもない事実だからな。竜も出るかもしれねえぞ?」
「………」
ダンと受付担当の声を耳に入れつつ、先程から真っ直ぐ視線を向けてくるアルフとキリトをちらりと見遣った。
「…条件がある。」
「あぁ、アルフもキリトも連れて行け。それでお前が動くなら安いもんだ。」
「流石。」
「わぁ、ありがとうございます!」
全てを口にする前にダンが即座に了承を示すと、アルフは軽く口端を上げ、キリトは嬉しそうに礼を述べた。
そんな一連のやり取りを聞いた受付担当は不思議そうに首を傾げる。
「良いんですか、ギルド長?さっきは気軽な散歩じゃないとか言ってませんでした?」
「言ったが、リゼなら良いんだよ。」
「えぇー⁈ギルド長はリゼさんに甘いですよねー…」
「それならリゼ殿も、ギルド長殿にかなり寛容な気が…」
「当たり前だろ。互いに仲良くするに越したことはねえんだから。」
受付担当とキリトの言葉を受けて、目深に被ったフードの上からばふばふと人の頭部を叩きながらダンが言う。
「俺はリゼが好きだからな。リゼも俺を嫌ってねえだろ?」
「そうだな。」
「……お前、たまにびっくりするぐらい素直だよな…」
淡々と肯定を示してやれば、彼は僅かに目を丸くした。
すると、自身の頭に乗ったままになっているダンの手をアルフがさっと退かす。顔を上げれば金色の瞳と視線が合った。
「だからこそ、一層捻くれていると言うんだ。」
「あー、違いねえ。」
「………」
アルフの言葉にダンは同意を示す。
好き勝手に言う彼等へ何も言わずに揶揄うような笑み返してやれば、二人は仲良く溜息を吐いた。
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