51

決して乗り心地の良いものではない冒険者ギルドの乗り合い馬車の中、居合わせた全員が怪訝な表情を向ける。

「いや、ほんと何…?意味分かんないんだけど…」

「にいさま…」

「………」

隣で何やらぶつぶつと呟く少年と、それを宥める妹をちらりと見遣った。

何故か、あれからずっと後をついて来た二人と共に馬車に揺られ、今は街通りへ向かっている。

すると、少年がふと顔を上げた。

「ねぇ…」

「何だ?」

「魔物って普通、ああやって倒すの?」

「さぁ?」

彼の質問に首を傾げる。この点に関しての「普通」が分からない。


だが、手に入れた素材を見ては眉間に皺を寄せるギルド長や、戦闘を目の当たりにしているアルフとキリトの諦めた表情を思えば、自身の倒し方はおそらく普通ではない。

だからこそ、聞いてみろとばかりに馬車内を顎で示せば、少年は居合わせた冒険者達を見渡す。

視線が合った者達がぶんぶんと首を横に振る様を見て、彼は苦笑を溢した。

「…だよな。」

「………」

回答を周囲に丸投げしたものの、少年と冒険者に少しだけ齟齬が生じていることに気付く。


二人が魔物に襲われていた場所から馬車に乗り込むまでに、同じ魔物を数体追加で討伐しているが、今日は大剣しか振り回していない。

少年の言う「ああやって」は、それを踏まえてのことだろう。

当の大剣は少年達の引き気味の視線に見送られながら塵怪鞄に仕舞われた為、今はその存在すら見えない。

一方、冒険者達が遠目で見てきた自身の姿は魔法と短剣を使ったもののはずだ。


ただ、そのすれ違いを訂正する必要性も感じなければ何より面倒臭くもあり、結局放置する。

「格好良かった…魔物…さくさくって…」

「(…『さくさく』)」

最早、菓子か何かに間違われそうだ。そんな妹の感想に続けて、少年が言う。

「どうやったらあんな剣の使い方ができるんだ?」

「……基礎は徹底的に叩き込まれた。あとは実践。」

「えー…」

簡単に応えてやると少し不満気な返事が寄越される。

剣技に興味でもあるのか、実際、道中の魔物との戦闘中はかなり熱心な視線を向けていた気がする。

少年がその背に妹を庇い続けていたことを思えば、ある意味それも当然かもしれない。

今も互いにずっと手を繋いでいる様を見て、小さく息を吐いた。


それから更に馬車に揺られて、更に歩いた所で目的地の街通りまで出て来た。

相変わらず、勝手に後をついてくる二人のおかげで周りの視線がうるさい。

だが、少年は妹と手を繋いでいないもう片方の手で自身の白いローブを握って離さなかった。

いつまでこのままなのだろうかと思いながら、道に沿って歩を進める。

「(…まぁ、一人くらい居るだろう。)」

ふと後ろを振り返って、ある建物の屋根を見上げた。

すぐに視線を落とせば、少年と妹がこちらを不思議そうに眺めている。

「どうしたんだ?」

「いや。」

「?」

少年の問い掛けに適当に返せば、二人は顔を見合わせて首を傾げた。


そこで、肉の焼ける香ばしい匂いが漂って来る。

「…今日は仕入れがあったのか。」

そう一人で呟くと、匂いの元へ足を向ける。既に昼食と呼べる時間は過ぎているが、動き回っていたくせに何も口にしていなかった。


ある屋台の前に立つと、気付いた店主が嬉しそうに声を掛けてくる。

「おっ、嬢ちゃんじゃないか!ははっ、匂いに釣られたか?」

「あぁ。今日は何が入った?」

「一角牛と橙鳥。ま、よくある定番所だな。」

「じゃあ、橙鳥三つ。」

「嬢ちゃんは橙鳥が好きだな。ほら。」

「ん。」

「え?」

魔物肉を焼いて売っている顔馴染みの店主から三本の串を受け取り、その内の二本を流すように少年の前に持って行く。

差し出された二本の串を彼は戸惑いながらも受け取った。

その後ろから妹が興味深々といった様子で覗き込む。


「『橙鳥』って何?」

「魔物。」

「はぁ⁈」

淡々と少年の質問に答えて串に齧り付く。安定の美味しさである。

満足気にもぐもぐと口を動かしていると、少年は怪訝そうな表情で言う。

「魔物なんか食べられるのかよ…」

「食べてるが?」

「………」

それは見れば分かるとでも言いたそうな目をした後、彼は覚悟を決めたのか串に齧り付く。

途端、ぱっと表現が明るくなった。少年がすぐに妹へもう一本を渡す。恐る恐る彼女もそれを口にしては顔を綻ばせた。


その様子を目を丸くして見ていた店主が、遠慮がちに問い掛けてくる。

「嬢ちゃん…その子達は一体…?」

「知らん。」

「えっ?」

事実を答えれば、店主は更に首を傾げる。

橙鳥の串に美味しそうに齧り付く二人を眺めながら、顎に手をあてた。

「知らないってことは、親戚の子…とかでもないのか…」

「まさか。勝手について来るからそのままにしているだけだ。」

「そんな…野良猫を相手にしているみたいな感じで良いのか…?」

明らかに良い家柄の御子息と御令嬢という格好の二人を見て、店主は戸惑い気味に声を溢す。

今頃大騒ぎになっているだろう彼らの家を容易に想像できるのだから、こんなに呑気にしていれば店主が微妙な反応を示すのも当たり前だ。


「橙鳥一つと、一角牛二つ。」

「お、おう…」

構わず行われた追加の注文に、取り敢えず従った店主が串を三本差し出す。代金を置いてそれを受け取り、二本の一角牛の串を少年達に渡した。

今度は躊躇なく串を受け取りすぐに魔物肉に齧り付く。

その様子を一瞥し、自身も二本目の橙鳥を口にすれば、店主も半ば諦めたように小さく首を振った。


そして、思い出したように顔を上げる。

「そうだ、嬢ちゃん。ちょっと頼まれてくれないか?」

「…何を?」

「双刀熊の魔物肉が欲しいんだ。」

「何故?」

「食べたくなった。」

「良いだろう。」

実に正直でシンプルな理由だ。

店主の依頼に承諾を示せば、彼は胸を叩いて宣言する。

「助かる!勿論、嬢ちゃんにも食わしてやるからな!」

「それなら、近いうちにまた来よう。」

「あぁ!待ってるぞ!」

店主との会話を終え、屋台の前から立ち去ろうと踵を返せば、少年達も最早それが普通であるかように後に続く。


再び白いローブを掴まれたまま、特にあてもなく通りを歩いた。その間、何人もの通行人とすれ違う。

幾度もそれを繰り返した後、唐突に足を止めた。

「うわっ⁈」

「ひゃあっ!」

「………」

前触れもなく立ち止まったことにより、少年と妹は為す術なく顔をぶつける。

背後に視線を流し、果実水を売る店に向かう。


「(…随分と早いな。)」

そう思いながら店の前に辿り着くと、親し気な笑顔を浮かべていた店員は連れられた二人を見て少し惑う。

「ありがとうございます。えっと、どうぞ…」

代金を支払い、差し出された果実水を少年と妹に渡せば、彼らは素直に受け取る。

近くのベンチに腰掛けた二人は満足気にそれを口にした。

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