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背後から「何か」が近付く気配がした…瞬間、背負っていた剣を抜く。

遅れて視線を流すのと同時に、どさりと地面に「何か」が倒れた。

「…騒がしいと思ったら妖精か。」

見目麗しい女性の姿をした魔物である妖精は既にその胴と首は繋がっていない。

さらさらと魔力が霧散していく様子を一瞥し、周辺を探った。


白の遺跡や白森林とも称されるこの西の森は魔力溜まりだ。

おまけに特殊な発生の仕方だった為か、一般的な魔力溜まりと同様の状態になった今でも、この場を彷徨く魔物は強くて厄介な類が多い。

森全体を真っ白に染め上げることは無くなったとしても、他の魔力溜まりと比べれば段違いにその濃度は高いままだった。

「(…この感じだと複数出たな。)」

自宅で目が覚めた時から感じていた騒々しい気配は、おそらくこの魔物のものだ。

それに呼応する形で他の魔物もどうやら興奮気味である。


「………」

握ったままの抜き身の大剣を片手で軽く振った。随分と久し振りな気はするが、感覚に狂いはない。

よく見かける大剣よりも細身の刀身でありながらその強度は一級で、かかる重量は扱える者を選ぶ。

懐かしくとも身体に馴染むこの感じは、間違いなく自身の物であることを証明していた。

鞘に戻した剣を背に負いながら、先程の妖精の素材を拾い上げる。

手にした美しいベールを木漏れ日に翳せば、キラキラと光の粉を纏った。

妖精などそうそう出会えるものでもない。寧ろ出現が確認された際には、その素材の価値の高さから冒険者ギルドが浮き足立つくらいだ。

「(…それが複数居るという時点で、やはりここは特殊だな。)」

ベールを鞄に仕舞って再び森の中を歩き出す。今しばらく、手元に戻ってきたこの剣の感覚を堪能するべく妖精を探すことにした。


「………」

からりと晴れた天気の良い空を見上げる。

西の森を離れ、その周辺を歩く頃にはもうすぐ昼時だろう時間になっていた。

このまま街通りに向かうべく、視線を移した先で魔物の姿を捉える。

普段は自分やラズがそれなりに西の森の中で魔物を狩る為、あまりその周辺を彷徨くことはない。

だが、今日は妖精の出現により荒れていたこともあり、ここまで出てきていた。


「(あれは…)」

前方に美しい金色の毛を持つ獣型の魔物が居る。その後ろ姿を見て駆け出した。

装備屋の少女と初めて出会った際に、彼女が買い取った素材を思い出す。

「(持っていけば、きっと喜ぶ。)」

軽く口端を上げて一直線に向かえば、こちらの存在に気付いて振り返った魔物の獰猛な口が牙を剥く。

そのまま噛み付こうと飛びかかってくる動作を視界に捉えながら、背に担いだ大剣を抜いて振り下ろす。

たじろいだ魔物の鋭い爪が間髪入れずに襲いかかるが、それを思いっきり叩き切った。

飛んだ爪からさらさらと魔力が霧散する中、首元へと接近し剣を構える。

そのまま一歩踏み込んで豪快に薙ぎ払えば、剣が風を切る音がした。

「………」

剣を鞘に納めながら倒れた魔物の側にしゃがみ込むと、薄く紫色に光を反射している銀髪が揺れた。


素材が残ることを望みながら、魔物から魔力が霧散していくのを眺める。

「あ……」

「…?」

何処からか、微かな声が届いてきた。

立ち上がって視線を遣ると、一人の少年と彼の背後に妹らしき幼い女の子が居る。

見ればその身なりは所々汚れてはいるものの、この場にいるのがあまりにも不釣り合いな程に立派だった。

先程の金色の魔物は、どうやらこの二人に襲いかかる途中だったらしい。

迷子だろうかと首を傾げるが、そもそも御子息、御令嬢のような風貌の子供二人だけでこんな所に来ることができるとも思えない。

「(…まぁ、何でもいいか。)」

特に興味があるわけでもない。

ふいと視線を魔物の方に戻すと同時に、思わずといった感じで溢れた少年の言葉を拾う。

「よ…妖精……」

「………」

震える声で魔物と断じられた。


少年を見れば、その目は完全に自分を捉えている。

妖精なら先程まで相手をしていたが、既に素材となって鞄の中に納まっている。これと同じにされるとは。

無言で二人を眺めていると彼等は完全に怯えていた。

だが、気丈にもこちらを睨みつけた少年が口を開く。

「…あ、あんたは……」

「見つけた、見つけた。」

「やっぱり遠くまでは行けなかったらしいな。」

「お、なんだ?一人増えてる。」

「本当かよ!しかも良い値がつきそうじゃないか?」

「「…っ!」」

「…?」

少年の声を遮るように騒がしい複数の声がした。

顔を向ければ、男達が下卑た笑いを溢しながら近付いてくる。


少年と幼い女の子の方へ向かう者とは別に、一人の男が自身の目の前に立った。

一歩も引かずに見上げると、男が可笑しそうに言う。

「何だ、怖くて動けないか?まぁ、完全に巻き込まれただけだもんな、あんた。」

「………」

人攫いか何かだろう、こういう輩に会うのは何も初めてではない。商品価値が高いと評されているのか、絡まれることもあった。

今回もどうやら捕まえて売り物にしようとしているらしい。

「…知らないというのは幸せだな。」

「あ?」

地面に放られたままの魔物の素材を一瞥して、小さく呟いた。

その態度が気に食わなかったのか、男が不機嫌そうに眉根を寄せる。


果たして、巻き込まれたのはどちらなのか。

無言で男達を睨みつける少年を見遣る。

ここは謂わば冒険者の活動域だ。

今この瞬間に魔物が襲ってきたとしてもおかしくはない。

事実、つい先程少年達が喰われそうになっていたところだ。

「おい、そいつら連れて来い!あぁ、勿論あんたもな。」

「………」

目の前の男が他の連中に声を掛けながら手を伸ばしてきたところで顎を下から蹴り上げた。


「っ⁈」

直後、男の声が発せられることはなく、ただ鈍い音だけが聞こえた。

少し地面から男の足が離れただろうか、大きくのけ反った身体を真横から回し蹴る。

地面を削る音を耳に入れながら、間髪入れずに呆気に取られた残りの連中の前に出た。

「ひぃっ…!」

「えっ…⁈」

「…う……」

一切の躊躇いも遠慮もなく、腹部を蹴上げ、顔面を踏み倒し、頭部を蹴り下ろした。

「…鬱陶しい。」

自身の足元に沈む大人しくなった訪問客をそのままに、先程倒した魔物の素材を拾い上げる。

それを大事に鞄に仕舞い、早速街へ足を向けた。すると、慌てたような声が飛び込んでくる。

「まっ…待て!何なんだ、あんた⁈」

「『何』って何が?」

「とっ、突然現れたかと思ったらあんな魔物を一瞬で倒しただろ!それに、有無を言わせずこいつら全員片付けるなんて、一体何なんだっ⁈」

「…?」

勢いよく投げかけられるが、結局、少年が何を問いたいのかよく分からない。


魔物を倒したのは素材が欲しかっただけで、その後現れた男達が鬱陶しかったから応戦しただけ。

彼の言う『何』にどう答えれば良いのか少し考え込み、口を開く。

「日々、遺跡へ出向いて魔物を狩る『冒険者』という存在を知らないのか?」

「…あんた、冒険者なのか?」

「いや?違う。」

「違うのかよっ⁈」

「ふむ。」

その綺麗な身なりに似合わない少年のつっこみに小首を傾げた。

相変わらず彼の妹だろう幼女をその背に庇いながらも、先程までの怯えた様子は何処に行ったのか、何やら違う方向にテンションが振り切れている。


そんな肩で息をしている少年の後ろから、恐る恐る顔を覗かせた妹は小さく言葉を紡いだ。

「あの…ありがとう…ございます…」

「………」

「…!…馬鹿っ!話し掛けるな!」

「でも…」

「いいから!」

礼を述べた妹の方へちらりと視線を遣れば、少年は慌てて彼女の口を押さえ、背中に隠す。

二人の事情がどういうものか一切知らないが、少年はずっとこうやって妹を守り続けてきたのだろう。

今までの状況を鑑みて、男達が彼等を追ってきたのは確実だ。

碌でもない連中の所から隙をついて逃げ出して、逃げた先で魔物に襲われそうになるが、その魔物が得体の知れない奴に倒され、再び追って来た連中に連れ戻されるかと思えば、目の前で制圧された。

分かる限りでも状況の変化が目まぐるしい。二人が逃げ出す前の事を思えばこれ以上の過程がある。


実際、まだ警戒を解くべきではないのも事実だ。それを知識か経験か本能か、少年はよく理解している。

「あ。」

「「…?」」

ふいと視線を外して声を溢した。すると、二人が不思議そうにこちらを見る。

だが、そんな彼等をそのままに、ある一方向を見つめて口端を上げた。今日は随分と西の森が騒がしかっただけはある。

「(もう一つ手に入るかもしれないな。)」

「えっ⁈おいっ…」

そう思いながら踵を返せば、少年の戸惑いの声が耳に届く。

それに構うことはなく、この場を後にした。

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