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「これだ。」

「………」

アルフとキリト、そしてラズと共に研究設備が揃った一室に辿り着くと、早速例の魔導石を手渡してきた。

だが、それを受け取る前に顔を顰めれば、アルフが魔導石を持っている手を一旦止める。

「もう何か分かったのか?」

「気持ち悪い。」

「えっ、大丈夫か?」

端的に告げれば、アルフが頬に手を伸ばして尋ねてくる。

すぐ側に何故か心配そうに覗き込んでくる金色の瞳があった。どうやら、体調不良の申告と勘違いしているようだ。

「………」

「…何だその反応は。」

隠すことなく嫌悪感を滲ませれば、今度はアルフが不満そうに顔を顰める。


こちらとしては、魔導士の生死を一方的に決められる指輪を使って契約したような相手の体調を気にする意味が分からない。

だが、今の自分は情報を求められている立場だったことに気付く。

確かに彼からすればこの機会を逃す訳にはいかないだろうと納得し、気を取り直すように小さく首を振った。


「私の体調の話じゃなくて、それだ。」

「…?この魔導石が『気持ち悪い』…?」

「そうだ。」

「…『気持ち悪い』…ね…意味付けは分かるか?」

「魔導石らしいが、分からん。」

「そうか。」

アルフはただ一言だけを返すと、片手に持つ魔導石を見つめて考え込んでしまった。

代わりにキリトが気になったのだろうことを問い掛ける。

「リゼ殿、『気持ち悪い』っていうのは一体…?」

「あー…キリトさんの魔導石の意味付けはどんなイメージですか?」

「え?…えっと、一つの建物に色分けされた部屋がいくつかある…という感じです。一般的に例えられているものと一緒ですね。」

「じゃあ、その建物には部屋が一つで天井、床、四方の壁がそれぞれ別の色で構成されている…という感じです。」

「それは…なかなか奇抜な……」

そうキリトと言葉を交わしていれば、アルフがぱっと顔を上げた。無言で近くの棚へ向かうと、何かを手に戻ってくる。


「アルフ様?」

「…?」

「リゼ、付与してくれないか?」

唐突な要求に小さく首を傾げてアルフを見上げる。彼はこちらの視線に応えるように話を続けた。

「今判明している意味付けだけでも、魔導士が魔法付与で生成した場合の魔力の配置が知りたい。」

「………」

「『安定』『維持』、それと『拘束』だ。」

「………」

意味付けの種類を口にするアルフの声を聞きながら、魔導石生成用の魔石を受け取る。


しばらく無言でそれを見つめてから口を開いた。

「どうなっても知らないぞ?」

「は…?」

「え?」

揶揄うように笑みながら手招くと、アルフとキリトが素直に側に寄る。

そして、自身の後ろに庇うように二人の前に立った。

不思議そうに背後から見下ろされながら、片手に渡された魔石をのせ、もう片手で上から覆う。

瞬間、魔法陣が現れるとすぐに消えた。それを何度か繰り返す。

「「………」」

淡々と行われる作業をアルフとキリトは何も言わずに見守る。

重ねていた手をすっと外せば、掌の上には先程と変わらず魔石が一つあるだけだ。


それを見た二人が小さく首を傾げる。

「あの、何もおかしなところは無さそうで…っ⁈」

「リゼ、さっきのはどういう意…っ…⁈」

同時に疑問を口にした彼らの声を遮るように、魔石が突如として四散した。

床や机、加えて自身の周囲に展開された防御魔法に、砕け散った魔石の破片がぶつかっては音を立てる。

「………」

「………」

しばらくして防御魔法を解き、呆然と立ち尽くすアルフとキリトを振り返った。


「見た通り、魔導石を作るのが下手くそなんだ。」

「……下手とかいうレベルじゃないだろ。明確な破壊の意思があったとしか考えられないんだが…?」

「木っ端微塵ですね…」

淡々と報告すれば二人は周辺を見回しながら言葉を返す。

他の物が壊れてしまったということはないが、粉々になった魔石が足元に散らばっていた。

すぐ側ではラズがゆっくりと尻尾を振っている。


そんな光景をただ黙って眺めていた彼らは、不意に笑い声を溢した。

「………」

「…ふ、ふふっ、す、すみません、リゼ殿。その…ちょっと意外で…」

「くくっ…疑いもなく作れると…お、思ってたんだが。」

「出来ると言った覚えはない。」

「そ…ははっ、そうだな。悪い。」

じわじわとツボに入ってしまったのか、二人の笑い声が止まらない。

多少の悪戯心からいきなりこの展開を見せたが、驚かれはするもののここまで笑われるとは予想外だ。寧ろ、軽く叱られるものと思っていた。


「いつもこうなのか?」

「成功した事はない。」

「えっ⁈リゼ殿が⁈」

「へぇ、君にも出来ないこと…が……あ、そうか…もしかしたら…」

少し落ち着いたのか、重ねて問い掛けてきたアルフに正直に応えるとキリトが目を丸くする。

アルフも意外そうに声を溢すが、何かに気付いて言葉を切った。

「分かったかもしれない。」

「…今ので何が分かるんだ?」

「いや、魔石を粉砕した件じゃなくてだな…」

何を言っているのかと怪訝な表情を向ければ、アルフがすぐに片手を上げて否定する。


そして、改めて例の魔導石を手に示して言った。

「リゼ、さっきこの魔導石の意味付けが分からないと言ったな?」

「あぁ。」

「だが、そもそも君は一般的な魔導石なら意味付けを探れる。読めないのは寧ろ魔石の方…だろ?」

「そうだが…あっ…」

「それって…」

アルフが念を押すように尋ねてきた内容に応えて気付く。

キリトと共に彼へ視線を遣れば、アルフは口端を上げてこくりと一つ頷いた。

「おそらく、おかしいのは魔石…魔導士が意味付けを行う前の素材の方だ。」

「今更それをどうにか出来るのか?」

「あー…まぁ、今すぐとはいかないな…可能性が見出せたならバラバラにする価値もあるが、組み合わさっている魔力を分解するのにそれぞれに合った魔石が要る。」

そう言って魔導石を眺めるアルフは、何処か満足気だった。期待通り、解決の糸口が見つかったからだろうか。


彼の言う仮説を立証する為に必要な物が分かっているなら、あとはそれを揃えるだけだ。

そして、それが魔石というならばもしかしたらと、徐に手元に魔法を展開する。

「リゼ?」

「………」

「リゼ殿、これは?」

魔法に気付いたアルフが名を呼んだのとほぼ同時に、大きめの木箱が一つ現れる。

そして、躊躇うことなく蓋を開ければ色とりどりの球体の魔石が詰め込まれていた。

「使えるか?」

「おま…相変わらずというか…」

「魔導石を作るのが苦手なんて、瑣末なことですよね…」

箱の中身を覗き込んだ二人は苦笑を溢す。

アルフは球体の魔石を一つ手に取ると、目の前に掲げて確認する。

「これ、骨の魔物の素材だろ?球体ってことは…異空間の人骨の奴か?」

「よく知ってるな。当たりだ。」

以前、魔石や魔導石なら大抵知っていると言っていただけはある。


どんな魔物の素材かぴたりと当ててみせたアルフが、他の色の魔石も漁りながら口を開く。

「分解用の魔石として一番良い素材だからな。この立場にいて知らない方がおかしい。」

「…リゼ殿のご自宅は一体どうなっているんですか?最早お店が開けるのでは…?」

「物量的には可能かもしれませんけど、誰も来れませんよ。」

「確かにリスクしかないな。」

「あはは…そうですね。」

自身の住む家がある西の森は魔力溜まりだ。そんな場所に店があったところで誰が訪ねてくるというのか。

それをできる実力があるなら自分で狩った方が早いだろう。


「これだけの量と種類があればいけそうだな。リゼ、これ全部売ってくれ。」

「分かった。」

「キリト、この素材の相場で出した買取額に、いつもの依頼料分加えた金額を用意して持って来い。」

「畏まりました。」

関係の無い会話を交わしながらも魔石を確認し続けていたアルフが買取を決めた。

そして、彼の指示に応えてキリトは研究室を出て行く。

慣れた様子で他の道具を準備し始めたアルフを一瞥し、近くにあった椅子に勝手に腰掛けた。



「ご興味がおありですか?」

目の前に置いたカップにコーヒーを注ぎながらキリトが問い掛けてくる。

「そうでなければ、きっと帰られてますよね?」

「………」

彼のライトグリーンの瞳が嬉しそうに笑んだ。そのまま隣に座ったキリトをちらりと見遣り、再び前方に視線を戻す。

その先ではアルフが分解の作業を黙々と進めていた。

「(興味というよりは…記憶……)」

キリトの言葉を思い起こしながら、先程から彼の手元にしか向けられていない金色の瞳を眺めた。

集中して作業に打ち込む様というものに、自分はおそらく惹かれている。

この場に残る仕草を示した時、アルフも特に気にしていた様子は無かったので遠慮なく居座った。


だが流石に凝視しすぎていたのか、アルフがふと顔を上げると口を開く。

「…そんなに面白いものでもないだろう……」

「ふむ。」

少し困った様子で言った彼に小さく首を傾げた。何もアルフの邪魔をしたい訳ではない。帰れと言われるならば帰る。


そう思って立ち上がりかけるが、遮るようにアルフが何かを眼前に突き出してきた。

「ほら、これでも見とけ。」

「………」

渡されたのは球体の魔石…だったもの。今は意味付けされた魔力を持つ魔導石だ。

例の魔導石から分解された魔力の一種類がこれに移されている。

どうやら、ずっと見続けられるのが耐えられなかったらしい。

たまには視線を外せということで、滞在自体は許されていた。


「…維持。」

「キリト。」

「はい。」

渡された魔導石を素直に受け取って小さく呟けば、アルフがキリトの名を呼ぶ。

キリトはすぐに返事をすると記録紙に何かを書き込んだ。

「ん。」

「………」

アルフが続け様に魔導石を突き出してくる。既に魔石へ魔力を移す工程だけになったのか、あまり間を置かずに次の魔導石が出来上がっていく。

この場に居るならば魔力解析要員として仕事をさせるつもりのようだ。

「独占。」

「『独占』?」

意味付けを口にすればアルフが僅かに眉根を寄せた。

「新しいものですね。今まで判明していたのは『安定』『維持』『拘束』ですから。」

小箱に魔導石をしまっていたキリトが言葉を重ねた。

側では机の上に乗ったラズが小箱を覗き込んで首を傾げている。

「(…この組み合わせは……)」

何となく物騒な気配があるが、引き続き手渡される魔導石の意味付けを淡々と読んだ。


「これで終わりか?」

「そうだ。」

「えっと、『安定』『維持』『拘束』『独占』『誘引』『服従』……ですけど、これは一体何をする為の組み合わせなんでしょう?」

「(後半……)」

一つずつ小箱に収められた球体の魔導石を眺めて、キリトが首を傾げる。

アルフも考え込んでいるのか無言だ。

そもそもアルフの元に持ち込まれたという魔導石はその形こそ保っていたが、魔力を流したところで発動は無かったという。

この時点で付与に失敗していることは明白だ。

つまり、どんな意図があったか、それは意味付けされた魔力の組み合わせから推測することになる。

「(確かに、後付けされた魔力だけでは決定打に欠けるが………)」

自分にはアルフとキリトが未だ知り得ていない情報を持っている。

だからこそ不思議だった。


アルフによって分解され魔石に戻された元魔導石を手に取って尋ねる。

「なぁ、この魔導石だったものは魔導学院から預かったと言っていたな?」

「そうだが?」

「へぇ…」

アルフの肯定に短く応えながら、手元でくるくると元魔導石を弄ぶ。

そして口端を上げ、すっとアルフの金色の瞳を見据えた。

気付いた彼がその表情を驚きで染める。

「…まさか、読めるのか?」

「あぁ。本当に面白い魔石だな。」

「あの…リゼ殿、とても不穏なんですが…?」

嘲るように言うとキリトが何処か不安気に声を溢す。

いつもは探れない魔石の意味付けが分かるというのもそうだが、それよりも興味深いのがその内容だ。

「…リゼ、何を知った?」

「んー…対象にしている先…だな。」

「対象指定の魔石だと…?」

「ち…因みに、その対象というのは…?」

僅かに目を瞠ったアルフと恐る恐る尋ねてくるキリトへ、小さく首を傾げてみせる。


「精霊。」

「は?」

「えっ…⁈」

元々そこまで騒がしくなかった空間が一層静かになった。

誰も言葉を発しない中、ラズが側に寄る。彼の滑らかな毛並みをゆっくりと撫でた。


そして、沈黙を破るようにアルフが息を吐く。

「精霊なんか対象になるのか…?それにリゼ、何故精霊だと分かる?」

「証明しろと言われるならお手上げだな。私は私自身の感覚でしか辿っていない。さっきまでの魔力の意味付けすら証拠なんてないぞ?強いて言うなら精霊の気配と似たものを感じただけだ。」

「はぁ…そうだよな。だが、精霊が対象指定されている魔石に『拘束』だの『服従』だの…」

「仮に魔導石が完成していたとして、魔導士が発動させれば反発した精霊に確実に喰われる。」

「魔導士でなければ大丈夫ですよね?それなら魔導士への対抗手段として…とか…」

「何にしろ碌なもんじゃない。知っててやったのか、知らなかったのかは分からんが…」

顔を顰めたアルフが並べられた球体の魔導石を一瞥する。


すると、何かに気付いて頭を抱えた。

「いや、待て。俺はそれを証明しないといけないのか…」

「「………」」

ぽつりと呟いたアルフの声を聞いて、隣に居るキリトと無言で顔を見合わせた。

「そうなるな。」

「そう…ですね。」

「………」

キリトと告げた肯定の言葉にアルフは溜息を溢す。


意味付けされた魔力を移した球体の魔導石と魔石に戻った元魔導石の内容を対外的に示すのが今回のアルフの仕事だ。

球体の魔導石の方は問題無いだろうが、「対象指定に精霊」という意味付けをもつ元魔導石は同じようにはいかない。

精霊を指揮して魔法を扱うことができる魔導士であっても、そこに「精霊」を感じることができる者がどれ程存在しているだろうか。

ましてやアルフは魔導士ですらない。

「精霊」を一般的に示す理論を、何も無い所から組み上げていくことになる。


「取り敢えず分かるところまで報告を上げて…あとは気長にやるしかないな……」

アルフが諦めたように首を振るが、おそらく彼なら何とかするだろう。

必要な素材があるというならそれは自分が何とかできる。

アルフの言うように、精霊を対象にした魔石に付与された内容を思えば碌なものではなさそうだが、魔導士でない二人には危険ということもない。

何処かの魔導士が精霊に喰われようが、魔導学院が崩壊しようが、自分にとってはどうでもいいことだ。

もし、この魔石を使って何かを企んでいた人物がこちらの領域に手を出してくるならばその時は…


「(…精霊より先にそいつに噛みついてやるまでだ。)」

今後に備えて整理を始めたアルフとキリトを眺めながら、既に冷めてしまったコーヒーに口を付けた。

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