43
自身と向かい合ってソファに腰掛けている人物が、テーブルに出されたティーカップを手に取って躊躇うことなく口を付けた。
今日は彼女の魔石獣と思われる黒い子犬を連れている。
それでも、ギルド長である自分に呼び出され、側から見れば取り調べの様相を呈する状況でここまで動揺を見せない者も珍しい。
すると、幻想的な夜空の瞳がこちらを一瞥し問うように首を傾げた。前置きなど要らないと態度で示してくる。
それに口端を上げて早速本題に入ることにした。
「お前何した?」
「…?」
「魔黒馬。」
「あぁ、それか。素材にしてサーシャに買い取って貰ったが?」
「………」
それが何だと言いたげにリゼは眉根を寄せた。その姿を無言で見遣るが、おそらく彼女は嘘など吐いていない。
それでも確かめたいことがあった。
「…まさかとは思うが、発生源とされていた魔力溜まりに入ったか?」
「入ったな。素材は多い方がいいだろう。」
「一人でか?」
「ラズと一緒だ。」
「マジかよ…」
ぬいぐるみのような外見の魔石獣がどんな役割を担えるのか。だが、ラズはリゼの魔石獣である。
彼女の実力に見合う能力を備えていることは明白だ。
「(…なるほどなぁ。)」
そう思いながら、部屋の天井を仰ぎ見る。
聞かれたことに淡々と応えるリゼに、前回納品者登録に訪れた際、サーシャが口にしていた内容を思い出す。
今日ギルドに訪れたリゼを呼び止め、こうして面談をしているのは、彼女が納品者登録をした日を境に魔黒馬の出現がぱたりと止んだからである。
あの時のサーシャとの会話も相まって、確実にリゼの仕業だろうと踏んだ。
間違いでは無かったようだが、魔石獣一体を連れて魔力溜まりにまで出向いていた事実に素直に驚く。
「魔力溜まり内の様子はどうだった?」
「魔黒馬がいっぱい居たな。寧ろ他の魔物を見掛けなかった。」
「あぁ…やっぱりそうか。何体くらい討伐した?」
「見つけた奴を片っ端から。」
「…それで馬車のルートに流れてこなくなったのか。」
いちいち数えることが面倒なのか、数えられない程なのかは知らないが、彼女の言いようから、魔力溜まりに居た魔黒馬はほぼ狩り尽くされてしまったのだと結論付ける。
「魔黒馬は頑丈で一体一体の討伐に苦労すると聞いていたんだがな…」
「………」
感心しながら呟けば、リゼは不可解そうに片眉を上げる。それを見て、自身も眉根を寄せた。
「……何か言いた気だな。」
「そうでもないが?」
「あぁ…違うな…お前さっき何を考えた?」
「『魔黒馬の尻尾を千切ってしまえば良いだろう。』」
「は?」
彼女の言葉に思わず声を溢す。
だが、リゼはそれに構うことはなく、隣に座る魔石獣の毛並みを撫でる。
部屋にしばらくの沈黙が落ちた後、リゼに問い掛けた。
「…魔黒馬は倒し方があるタイプの魔物ということか?」
「倒し方…というか、尻尾を千切ってその尻尾を叩きのめした方が楽できるな。まぁ別に普通にやり合っても倒せる魔物だ。弱点みたいなものじゃないか?」
「千切った尻尾は動くのか?」
「いや?身体の方が元気に動いているぞ。」
「なら、元気に動く身体を放って全く動かない尻尾に攻撃を加えるのか?」
「そうだな。」
あっさりと肯定を返された内容に一体どういう光景だと思わなくもないが、今は情報として受け入れざるを得ない。
確信を得る為には、この情報を提供して他の冒険者にも試してもらえば良いだけだ。
そこでふと気付く。
「…そうか、お前冒険者じゃなかったな。」
「…?」
念を押すようにリゼへと尋ねれば、彼女は一つ頷いてみせた。それに続けて言う。
「冒険者登録をする気は?」
「ない。」
きっぱりと告げる様に、それ以上の事は聞かない。そもそも冒険者登録の有無で取るべき対応が変わる為、尋ねただけだ。
「それなら情報提供としての対価はギルドから出せねぇから、事実確認が取れたら俺から出すか。」
「………」
そう呟けばリゼは少し驚いたような表情を見せる。おそらく彼女には情報提供のつもりはなかったのだろう。あくまで会話をしたに過ぎないらしい。
そんな時、部屋の扉を叩く音がした。リゼと共に視線を遣って口を開く。
「入れ。」
「すいません、ギルド長。なんか…白い魔黒馬が出たみたいです。」
「あ?」
突如ギルド職員から齎された報告内容に顔を顰めた。黒い子犬の耳がぴくりと動いたのを眺めながらリゼは首を傾げる。
「何だそりゃ。結局白なのか?黒なのか?」
「白です。」
「それ別物だろ。」
「…異空間の固有種。」
「「は?」」
「………」
会話の中で不意に混じったリゼの言葉に、溢した疑問の声が二つ重なる。彼女を見遣れば、無言で視線を返された。
その淡々とした態度は変わらないが、わざわざ口を挟んできたのは…
「…興味あんのか?」
「ある。」
先程と同様にリゼはきっぱりと言い切った。
その様を一瞥し、少々戸惑い気味のギルド職員へ告げる。
「白いのが見つかったのは例の馬車ルートの辺りか?」
「はい。魔黒馬の発生が落ち着いたようだったので、運行再開の目処を立てようと調査していた所に白い魔黒馬が姿を現したらしいです。ただ、すぐに何処かへ消えたようで…」
「取り敢えず今調査に出ている奴らを帰らせろ。」
「分かりました。では、別に調査依頼を組みますか?」
「いや、冒険者ギルドの案件で上げるな。今から俺がこいつと行く。」
「へ?」
短く頓狂な声を上げたギルド職員をそのままにリゼへ向き直る。
興味があると断言した以上、彼女は必ず白い魔黒馬を探しに行くだろう。
それならば、今後のギルドの対応を検討する為にも勝手に動かれるよりは最後まで見届ける方が都合が良い。ついでにリゼの実力も知れる。
「個人的にお前に頼もう。そうだな…依頼内容は現場に赴く俺の護衛だ。」
「………」
「…ギルド長に…護衛……」
無言のリゼと思わず声を溢すギルド職員が、二人して「似合わない」と表情で語ってくる。失礼な奴らだと思いながらソファから腰を上げた。
「行くだろ、リゼ?」
「………」
声を掛ければ夜空の瞳が真っ直ぐに見据えてくる。そして彼女は小さく息を吐くと、諦めたように立ち上がった。
「それにしても異空間の固有種か。また珍しい現象が起きたもんだ。」
件の現場に辿り着いたところで周辺を見渡しながら言う。
通常、異空間の固有種は異空間にしか居ない。
だが、遺跡になる前の魔力溜まりにおいてはその不安定さからか、特定の魔物だけが大量に発生したり、異空間に居るとされる魔物が出現したりといったことが稀にある。
今回は明らかにその類だ。
一歩前を歩くリゼも同様に周辺を見渡しているが、その足取りは既に目的地を知っているかのように迷いがない。
そんな彼女に気負う事なく尋ねた。
「あそこで固有種だと言ったってことは、お前は見た事あるんだよな?異空間の魔黒馬。」
「あぁ、もう一度会いたいと思っていた。」
「へぇ、何だ?因縁でもあんのか?」
「いや?出来るかどうか知りたいだけだ。」
「?」
どういう事だとリゼを見下ろすがその先が語られる事はなく、代わりに片手を伸ばして制止をかけてくる。
素直に立ち止まれば彼女は言葉を続けた。
「動くなよ。」
「へいへい。」
凄むように告げるリゼに軽く応じた。守られる側には守られる側の振る舞いを求められる。決してリゼの邪魔をするつもりはない。
彼女はその態度を一瞥し、そのまま前へ歩を進めた。
徐々に遠ざかって行く黒いローブ姿を眺めていたが、ふと隣に視線を落とす。
「お前はここに居て良いのか?」
「………」
尋ねた先の黒い子犬はこちらを見上げてこくりと頷くと、引き続き自身の足元に留まる。
てっきり主人であるリゼに付いて行くものと思っていたが違うらしい。
再び前方へ視線を戻せば離れた所でリゼは足を止めている。
それを見て、何をしているのか疑問に思った矢先のことだった。
「ラズ!」
「っ⁈」
鋭く声が飛び、目前に迫っていた純白の刃は突然展開された無数の黒石に打ち負けた。
砕け散った白い破片と星屑の様な魔力が晴れ、捉えた光景に目を瞠る。
「おいおい……」
自身の隣に悠然と佇む大きな漆黒の狼を見上げた。
リゼの魔石獣は先程までのぬいぐるみのような愛らしい見た目から完全に姿を変えている。
彼女がラズを残してこの場を離れたのは、依頼人である自分の護衛を彼に一任したからだった。
「出てきたか…」
そう言いながら、リゼが立つ方向を見遣れば彼女は上空を静かに見つめている。
リゼの視線の先には真っ白な魔黒馬の姿があった。
魔黒馬と同様に馬の姿に角が一つあるが、異空間の固有種は更に翼が生えていた。
だが、その翼は一切動いていない。
おそらく別の原理で宙を飛んでいるようだが、それはそれで翼の意味を問いたくなる。
「(…相変わらず狂ってるな。)」
意味のない装飾と化している美しい翼を眺めていると、その姿が突然消えた。同時にリゼが動く。
「っ⁈」
ドッという重い音と風が抜ければ、魔黒馬の鋭い角をリゼが真正面から展開した魔法で受け止めていた。
だが、間髪入れずに白い魔黒馬の翼から硬質の刃が飛ぶ。
引き続き防御壁を展開したリゼがそれを受けるが、唐突に解除すると魔黒馬の眼前を横一線に薙いだ。
鳴き声と共にたじろいだ魔黒馬が一旦退く。
「あ?」
リゼの手に握られていた短剣を見て、途端に違和感が襲った。
彼女はそのまま短剣を片手に開いた距離を無理矢理詰め、魔黒馬はそれを嫌がるかのように大量の刃を展開する。
「(魔導士でありながらここまでの身体能力が?いや、だが…魔導士というにはどうにも…)」
繰り広げられている戦闘から目を逸らすことなく、ただ顔を顰めた。
リゼの身体は最早反射で動き、攻撃をいなすその膂力も魔導士とは思えず、そして何故か魔法を展開する様がぎこちない。
出力を間違えたのか大きな氷塊を白い魔黒馬にぶつけると不満そうに両手を眺め、魔法展開のタイミングを外しては首を傾げる。
「(なんというか…ちぐはぐ…だな。)」
リゼの動作は明らかに魔法よりも剣技の方が使い慣れている。
反対に魔法の扱いはかなり雑だ。
その威力自体には申し分無い為、総合して彼女が強者であることに変わりはないが何処かおかしい。
「………」
まるで練習をするかのように白い魔黒馬と戦闘を続けるリゼの様子を引き続き眺めた。
「(…まぁ、悪い奴ではねぇか。)」
初めから得体の知れない人物ではあったが、日々騒がしい冒険者を相手にしている自分にとっては、リゼは随分と落ち着いている。
おまけにその強さは上位ランクの冒険者にも勝るはずで、遺跡や魔力溜まり、そして魔物をよく知っていた。
リゼが魔導士であろうが別の何かであろうが、それは些末なことに思えた。
「仲良くするに越したことはないよな。」
「………」
地面に叩きつけられた白い魔黒馬からさらさらと魔力が霧散する光景を見届けながら思わず呟く。
すると、自身の隣に佇む大きな漆黒の狼がこちらを見下ろした。そんな彼に意地悪く笑んで視線を返す。
呆れたように小さく首を振った彼の様子は主人とよく似ていた。
「見つけたと思えばお前はまた…」
「…今日は何の用だ?」
呆れた声音で声を掛ければ、真っ白なローブの人物が言葉を返す。
彼女の足元には数人の冒険者が倒れ込んでいた。まだ見慣れないその顔に、おそらく最近この辺りへ拠点を移してきた者達だろうと予想する。
「リゼに絡むたぁ馬鹿かよっぽどの馬鹿しかいねぇと思うが、如何せん冒険者は馬鹿が多い。」
「………」
溜息を吐きながら冒険者達を見下ろして言う。リゼはそんな彼らを容赦なく踏み越えた。
どうでも良いと判断した相手に対する彼女の態度は大抵こんな感じだ。
それに比べれば自分は随分と好待遇だと自覚している。
フードを目深に被った状態でこちらを見上げるリゼに視線を返した。
「奢ってやるから付き合え。」
「今度は何をさせる気だ…」
揶揄うように笑って言えばリゼは顔を顰めながらもそれに応える。このやり取りも今では馴染みのものだ。
「取り敢えず飯だ。行くぞ。」
「………」
面倒臭そうに溜息を吐きつつ後を付いてくるリゼを見て、満足気に一つ頷いた。
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