42

何やら言い争うような、大勢の騒がしい声が耳に届く。

少しだけ眉根を寄せるが、特に急ぐことはしない。呑気な足取りをそのままに冒険者ギルドの受付へ向かった。

「…あ、ギルド長。おはようござ…っ⁈」

「………」

受付カウンター内に居る一人のギルド職員がこちらの存在に気付いて口を開くが、遮るように大きな音が鳴った。

どうやら机か椅子か、何かしらの備品が壊れたらしい。それに小さく舌を打つ。


「おー、いけいけ!…あ…」

「ぎゃははっ!何やって…やべ…」

「お前ら邪魔…げっ…」

喧嘩が起きているであろう場所を中心に周りで面白半分に囃し立てていた者や、迷惑そうに文句を言っていた者、野次を飛ばしていた者が次々と静かになる。

だが、この騒ぎの原因達は熱が入っているのか周囲の変化に気付かない。

「痛ってぇ!何すんだっ⁈」

「黙れ!先にいちゃもんつけてきたのはそっちだろっ⁈」

「おい。」

「「っ⁈」」

割り込むように短い言葉を投げれば、それだけで争っていた人物達が唐突に黙り込む。

そして、青ざめた顔を仲良くこちらへ向けた。その顔面を容赦なく鷲掴む。

「暴れてぇなら魔物とでも戯れて来いっ!」

そう叱りつけながら、件の冒険者二人をギルドの入り口へ投げつけた。

バキッという派手な音と共に冒険者が扉を突き破る。

そして、建物の前で地面に伏す……ことはなかった。


「っ⁈」

「ひぃっ⁈」

ガンっと鈍い音がしたかと思えば自身が立つすぐ脇を、外れた扉と冒険者達が飛び越えていく。

それらが背後の受付カウンターに激突すると、近くに居たギルド職員が悲鳴を溢す。

完全に静まり返ったギルド内から入り口の方を見遣れば、振り上げていた脚を地面に下ろす何者かの影が見えた。

次いで捉えたその姿に僅かに目を瞠る。

黒いローブを身に纏い、柔らかそうな長い銀髪が日の光を薄く紫色に反射していた。


「………」

面倒臭そうに顔を上げた人物がこちらを見据え、自身の背後でのびている冒険者に移る。

だが、すぐに興味が無いとでも言うように小さく息を吐くと建物の中に足を踏み入れた。

「(…まさか、狙って蹴り返しやがったのか?)」

先程、自分に当たるかどうかのギリギリの所に飛ばされて来た冒険者達を見遣る。

彼女が相当の強者であることを察するが、今までこのギルドで見かけたことがない。

最近ここを拠点にした冒険者か、もしくは冒険者でないということも考えられる。それでも依頼人という選択肢は一番違う気がした。


そこで、ふと思い出す。

「(そういや最近、珍しい素材を売りに来る奴が居るとかなんとか言ってたな…)」

冒険者登録の無い者がギルドに届く依頼を受注することはできないが、持ち込まれる素材の買取は行っている。

だが、大抵は遺跡や魔力溜まりの近くにある地域でその影響を受けたことによって手に入るありきたりなものが多い。

そんな中、明らかに遺跡の魔物を狩って手に入れたであろう素材が持ち込まれたらしい。

全く無いことでもない為あまり気にしていなかったが、確か黒いローブでフードを目深に被っていたと言っていた。

その風貌だと怪しさ満点だが、今姿を現した人物は怪しさ以上に圧倒的な存在感がある。

当時、新人職員がポニーテールを揺らしながら興奮気味に報告してきた理由が分かった。

これはなかなか面白そうな奴が来たものだと、好奇心を隠すこともなくその姿を眺める。


その時、静まり返ったギルド内に元気な声が飛び込んできた。

「ち、ちょっと待ってリゼさん!今一体何が起きたのっ⁈」

「冒険者が扉を突き破って飛んできただけだ。」

「『だけ』⁈えっ…でも、リゼさんは何を…?」

「それを蹴り返しただけだ。」

「『だけ』っ⁈」

軽い調子で黒いローブの人物と言葉を交わす少女の登場によって、ギルド内の緊張した空気が一気に霧散した。

そんな周囲の変化に構うことなく二人は納品関係の受付へ向かう。

戸惑う職員の前に二人が立つと少女が何処か嬉しそうに宣言した。

「リゼさんを私の納品者として登録してください!」

「…えっ?あ…えっ⁈」

少女の言葉に、ギルド職員が目の前に立つ二人を交互に見ては混乱している。

実際、ギルド内に居た全員が絶句していた。


「え?駄目なの?」

「………」

職員の反応に少女がきょとんとした表情で首を傾げ、隣に立つ黒いローブの人物は少女を無言で眺めていた。そんな状況で二人に声を掛ける。

「…ちょっといいか?」

こちらに顔を向けた少女はびくりと肩を跳ねさせるが、黒いローブの人物は真っ直ぐに視線を合わせてきた。

「(へぇ…)」

彼女の幻想的な夜空の瞳を捉えながら僅かに口端を上げ、言葉を続ける。

「お前さん冒険者登録はあんのか?」

「無い。」

「じゃあ名前は?」

「リゼ。」

聞かれたことに短く答える彼女…リゼが、お前は誰だと言いたげに小首を傾げると薄く紫を纏う銀髪が揺れた。


それを一瞥してリゼの態度に応えてやる。

「俺はダン。ここのギルド長だ。んで、そっちのお嬢は加工屋か何かか?」

「あ…えっと、装備屋です。さ…サーシャって言います。」

「装備屋か。何故リゼを納品者として登録したい?冒険者ですらないらしいが?」

少し怯えた様子で装備屋だと言ったサーシャは、次いで問われた内容に不思議そうな顔をして口を開いた。

「リゼさんみたいな凄い人他に居ませんよ?私が目を閉じてる間に魔物を倒してしまうくらい強いんです!それに、散歩みたいに遺跡へ出掛けてるし、ついでに珍しい素材をすっごく簡単に差し出してくるし、でも平気で素材を放って帰って来たとか言うんですよ?それがもうリゼさんって感じで!私が欲しいって言った素材はどんなものでも揃えてくれて、やりたいことがあったらそれに見合う素材が絶対に手に入るんです!私の納品者はリゼさん以外あり得ません!」

「お…おぉ…」

「………」

先程の怯えた態度は何処へ行ったのか、何やら饒舌に語ったサーシャへ引き気味に返事をする。

話題の中心であるリゼを見遣れば、何も言わずに苦笑を浮かべていた。


だが、切り替えるように彼女は夜空の瞳をこちらに向けて言う。

「で?登録はどうなんだ?冒険者の肩書きが必須という訳でも無かっただろう。」

「んあ?あぁ、良いぞ。色んな意味で見慣れねぇから戸惑っただけだろ。ほら、しっかりしろ。」

「うえっ⁈あ、はい!すいません!」

ずっと呆けたままだった職員に声を掛けると、弾かれたように準備を始めた。

そして、当初の予定通りサーシャがリゼの納品者登録を行う様を近くで眺める。

「…では、これで完了です。納品者カードはまた後日お渡しします。」

「よろしくね、リゼさん!」

「あぁ。」

未だに緊張しているギルド職員は恐る恐るリゼへ告げる。その言葉にサーシャは満足そうに笑い、リゼは軽く頷いて返した。


今日はこのまま帰るのだろうかと引き続き動向を観察していると、サーシャが視線を移した先で何かに気付いて声を上げる。

「えっ⁈魔黒馬が居るの?」

「…?」

それにリゼが首を傾げた。サーシャの視線の先にはギルドのお知らせの張り紙がある。

それは、遺跡探索用に運行している馬車についての通知だ。

「あ、乗合の馬車が止まってるんだ。」

「つい最近だな。近くにある魔力溜まりから魔黒馬が流れて来てるらしい。頻繁に現れるもんだから、しばらくそこのルートは使わせてねぇんだ。」

「…そうなんですね。」

「………」

サーシャに軽く説明してやりながら、小さく息を吐く。

近々ギルドから掃討依頼でも出そうかと思っていたものだが、発生源が魔力の安定していない魔力溜まりである以上、ある程度の装備を備えている者でなければ入れない。

取り敢えず、御者と馬の安全上、今は通行を避けている状況だ。


すると、話を聞きながら張り紙を凝視していたサーシャが呟く。

「うーん…いいなぁ…」

「欲しいのか?」

「欲しいかも。」

装備屋が欲しいというのは魔黒馬の素材のことだろう。

サーシャの言葉を受けてリゼが問い返しつつ同様に張り紙へ視線を遣る。

そして、魔物の発生箇所を示す地図をじっと見つめてから口を開いた。

「じゃあ、帰りに寄るよ。」

「本当⁈ありがとう!」

そんなやり取りを交わしながら、リゼとサーシャはあっさりとギルドを後にする。

ギルドの納品依頼には登録しないのかと思いながら、何となくその後ろ姿を見送った。


そして、二人が出て行った扉の無い出入り口を眺めて眉間に皺を寄せる。

「(…ん?)」

思い返せば、およそ魔物を討伐しに行くとは思えなかった会話にその場に残された全員が内心で首を傾げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る