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扉を開けるとそれを知らせるようにカランと涼やかな音が鳴る。

しばらく訪ねていなかった馴染みの店で、並んだ装備類に視線を流す。そして捉えた光景に、ふと眉根を寄せた。

「ん…?」

加工場の方を見遣れば、その入り口から奥がめちゃくちゃに散らかっていた。

疑問に思いつつ慣れた足取りでその場に向かい、中を覗き込む。

「サーシャ?」

「っ‼︎リゼさん!」

すぐさま反応を示した人物が散らかした素材を避けながら駆けて来る。

…が、案の定、目の前でバランスを崩すところに手を伸ばす。

「大丈夫か?」

「ごめん、リゼさん。ありがとう。」

難なく彼女の身体を受け止めた後、サーシャは体勢を整えながら礼を口にする。

だが、その表情は何処か浮かない。何かあったのかと探るように周囲を見渡した。

素材を大事に保管する彼女がここまで加工場を散らかしているのは珍しい。

「…探し物か?」

「探し物といえば探し物なんだけど…ちょっと自信無い…」

「ふむ。」

こちらの問い掛けに弱々しく応えたサーシャが、俯いて肩を落とした。

一体何があったのか知らないが、彼女にとって並々ならない事態が生じているようだ。


素材が放られたままの床を眺めているとサーシャが改めて言葉を紡ぐ。

「素材の数が合わない気がするんだ。まだちゃんと確認してないから勘だけど…」

「勘というのも馬鹿にはならない。僅かでも違和感があるというのならば、やるべき事はそれを確信に変える為の行動だ。」

「リゼさん…!」

淡々と返せばサーシャの目元が緩む。

それを一瞥し、足元に放られた布素材を拾い上げた。

「取り敢えず片付けだな。このままじゃ何があって何が無いのか分からん。」

「うぅ…はい…」

申し訳なさそうに頷いたサーシャも、散らかした素材を集め始めた。


「嘘でしょう…」

「………」

元のように片付けられた加工場で数点の素材が机に並ぶ。椅子に腰掛け、その素材を眺めるが、向かいに座るサーシャは先程から同じ言葉を繰り返していた。

「老白樹の糸束が無いなんて…管理漏れ?…仕舞い忘れた?…何処で……?」

未だ頭を抱えてうんうんと唸っているサーシャを横目に、目の前にある素材へ順に視線を流す。

管理簿の数字と実際の個数が合わないことが判明したものは数種類。足りない数はそれぞれ一つ、二つ。

「…つまみ食い…みたいだな。」

把握した状態を見て小さく呟く。

この数だと彼女が言うように管理簿に記録を忘れたか、作業中にうっかり無くしてしまった可能性が高いのは否定できない。


だが、老白樹の糸に限っては単純にその結論へ結びつけてしまうことを躊躇う。

「他の素材は確かに私の不注意かもしれないって思うけど、老白樹の糸だけは…!そんなはず…ない……」

「………」

老白樹の糸はサーシャが特に気に掛けて管理している素材だ。合わない個数が一つだとしても、不注意だと認めたく無いのだろう。

だとしたら…

「盗まれたのか?」

「それは…どうかな…?そんな形跡なんてなかったけど。」

先程までの散らかった加工場はサーシャ自身がやったものであって、初めは変わったところがなかったという。

違和感を感じたのは保管していた素材を取り出した時らしい。


そこで、サーシャが机に並ぶ素材を一つ手に取ると、気付いたように続けて言う。

「こうして見ると、なんか小さい物ばかりだよね。それに、どれも魔力があるタイプの素材だ…」

「…ほぉ。」

「えっ⁈もしかして魔法とか魔導具で盗めるの?」

「私はできるが?」

「リゼさんは違う。」

「ははっ、そうか。」

転移魔法を好き勝手に使える自分は、はっきり言って盗みなど容易い。それを冗談混じりに口にすれば、即座に否定の言葉が被る。

「大体、リゼさんは盗むより狩るほうが早いでしょ。」

「まぁな。」

老白樹の糸以外で盗まれた素材はそこまで高価な物はなく、入手が困難な物でもない。

サーシャの言う通り、自身が金銭を求めるならば、盗むという回りくどい行為よりも遺跡に出向いて魔物を討伐する方が簡単だ。


「…だが、何も金だけが目的とも限らないだろう?」

「え…?」

彼女が溢した声を耳にしながら、机に頬杖をついてゆっくりと加工場全体に視線を流す。

「何に愉悦を覚えるか…ということだ。」

「…っ」

軽く口端を上げてサーシャを上目遣いに見つめれば、彼女は小さく息を呑んだ。



辺りが寝静まった夜遅く、空に満月が煌々と輝く。窓から外を覗けば、月明かりに照らされた道を小さな影が列を作って歩いていた。

玄関口に向かうとコツコツと戸を叩く音がする。

「順調だな。」

扉を開けて小人を迎え入れながら男は満足気に呟いた。


部屋に入った小人は定位置に戻るとその動きを止める。手にはそれぞれ違う素材を抱えていた。

「(やはり、ただのおもちゃにするには勿体無い。)」

この動く小人は元々、魔力で動かすただのおもちゃだった。

動物の形を模した掌サイズの器の中心に魔導石があり、それに魔力を込めることで動かせるという単純な物だ。

だが、最近出回り始めたおもちゃは魔力を込めれば、まるで本物の動物のように器の質感が変化する。いずれは魔石獣と同等の扱いができるように研究が進められているとも聞く。


それに独自の改良を加えてこの小人を作り、試運転と称して何度も盗みを行った。

まるで生きているかのように違和感のない見た目と動作は、小人など見たことないが、それが本物であると思わせる。

だからこそ、「小人の夜廻」などというメルヘンなのかホラーなのかよく分からない噂が出回ったようだが、それだけだった。

おそらく、窃盗の被害報告が今のところ出ていないのだろう。

実際、これには「魔力を含み、小人が運べる大きさの物」という制限がある。

加えて、持ち出される物は完全にランダムな為、ガラクタだったことも多かった。


ただ、例え価値のない物だったとしても、盗まれていることに気付いていない者達のことを思えば何とも愉快な気分になる。

「(まだまだ改善の余地がある代物だが、そこは追々考えていけば良い…)」

全ての小人を回収し、扉を閉めようと視線を移せば夜闇に紛れた何かが動く。

それに思わず身構えたが、捉えた姿に少しだけ目を丸くした。

「…子犬?」

「………」

月夜に溶け込む真っ黒な毛並みの小さな犬が座ってこちらを静かに見上げていた。

ゆっくりと尻尾を揺らしながらもその場から動こうとしない様子に眉根を寄せる。

「(…何だ?こいつ……)」

「………」

不審に思ったが、別に相手をする必要は無い。再び扉に手を掛ける。


だが、その扉が閉じきる前に強引に止められた。

「…は?」

「こんばんは。」

淡々と、それでいてどこか冷気を帯びた声音でありきたりな挨拶が齎された。

半開きの扉の先で月明かりを淡く反射している真っ白なローブが目に入る。

フードを目深に被り顔はよく見えないが、体格も声音も女だ。一房溢れた柔らかい銀髪が風に揺れる。

先程からびくともしないドアノブを片手で握り締めたまま、非難するように相手を睨みつけた。

「誰だよ、あんた?」

「お前こそ誰だ?客ではなさそうだったが。」

「あ?」

明らかに訪問者は女の方にも関わらず、何故か問い返された。

合わすつもりがない会話に顔を顰めるが、そんなことはどうでも良いとでも言うように女は顎で部屋の奥を指す。

「装備屋から持ち出した素材はどうする?」

「…いきなり何の話だよ。」

「さっき、その小人が運んでいたやつだ。」

「………」

どこまで知っているのだろうか。初めから後をつけられていたならば、全て見られていた可能性が高い。

それでも、まだ認めるつもりはない。動揺を隠しつつ口を開く。

「はっ、何のことだかさっぱりだな。」

「ふうん…」

尋ねてきたのは向こうだというのに、当の本人は興味の無さそうな返事を寄越す。

この訳の分からない訪問者を果たしてどうするべきか、扉から手を離してゆっくりと後ずさった。


「っ⁈」

だが、ふと視線を投げられたかと思えば、一気に距離を詰められる。

女は真下から覗き込むように自身の顔を見上げてくると、口端を上げて宣言した。

「まぁ、対価は得るべきらしいからな…貰うぞ?」

「はっ⁈」

意味のない言葉だけが短く漏れた。

まるで夜空のような瞳が妖しく揺れたのを瞬間的に捉え、全身が怖気立つ。

そこでようやく理解する。

彼女は初めから質問に対する答えなど求めていなかったのだ。

そこに微塵も興味は無く、欲しいのは「対価」のみ。この場に彼女が訪れた時点で己の処遇は決まっていた。

「…っ」

ただ、気付いたところで意味は無い。白い何かが視界を舞うと、そこで記憶は途切れた…



「………」

いつものように目が覚めて、いつものように支度をし、いつものように喫茶店の扉を開けた…はずだった。

だが、爽やかな朝の雰囲気に似つかわしくない光景を捉えて、普段、変化が乏しいと言われる表情が驚きで染まる。

「これは…」

店の扉に手を掛けたまま声を溢した。

視線の先には粉々になった小人の置物が散らばり、側に男が倒れている。

ゆっくりと近付いて、一つだけ破損のない置物を拾い上げながら首を傾げた。

「…貴方は?」

「………」

声を掛けたのは、倒れた男の上にちょこんと座っている灰色のフードを被った黒い子犬。


すると、その子犬は足元に置いていた小袋を咥えて差し出すような仕草を見せた。

不思議に思いながらもそれを受け取って確認すれば、その中には貨幣が詰まっている。

どういうことかと再び首を傾げれば、頭を下げた子犬が乗っている男の背を二回踏み直した後、顔を上げる。

「フン。」

「………」

小さく鼻を鳴らす様は迷惑料だとでも言いたげだった。

用事が終わったのか、子犬はそのまま男の背から降りると何処かへ歩いて去って行く。


その姿を見送りながら、ポケットに手を入れた。

「…シベルさん、おはようございます。小人を探している隊員の方、居ましたよね?」

目の前の事態に対し深く考えることは無意味だと察して、通信機で繋がった先の人物に全て任せることにした。



扉を開けるとカランとそれを知らせる音が鳴る。躊躇うことなく歩を進めれば、元気な声が耳に届いた。

「おはよう、リゼさん!」

「おはよう。」

出迎えてくれたサーシャに言葉を返せば、彼女は嬉しそうに笑う。今日はいつにも増して機嫌が良さそうだ。

「依頼を何件か入れていただろう?納品したいんだが、今大丈夫か?」

「勿論!どうぞ。」

そうして手招かれた店のカウンターで、鞄から取り出した布包みをサーシャに渡す。

それを興味津々という目で見つめていた彼女は、布包みを受け取りながら感心したように口を開く。

「やっぱりその鞄凄いね!何回見ても面白い!」

「長は『気色悪い』って言ってたけどな。」

「そうなの?」

「拒絶している訳ではなさそうだったが…まぁ、見慣れないんだろ。」

「それが面白いのに。」

同じ物を前にしても感じるところは違うらしい。何が一般的かは知らないが、いつかの日のギルド内の反応を思えば、多くは「不気味」という認識になるのだろう。


「…?」

素材の買取金を鞄に仕舞って顔をあげると、サーシャがにこにこと笑っている。

それに小さく首を傾げれば、彼女は嬉しそうに報告した。

「あのね、無くなってた老白樹の糸が戻ってきたの!」

「戻ってきた?」

「うん。魔導具を悪用して盗みを働いていた人が捕まったらしくって、糸束は店のタグで縛ってたから袋に入ってた他の素材と一緒に捜査隊の人達が持ってきてくれたんだ!」

「そうか。」

特に何を言うでもなくただ頷いて返せば、彼女の薄茶色の瞳がこちらを見つめる。


「ありがとう、リゼさん!」

「…?」

何に対してだろうか、さもそれが当然であるかのように礼を口にしたサーシャへ再び首を傾げた。

「どういたしまして?」

「ふふっ。」

疑問形で返せば、彼女は楽しそうに笑い声を溢す。何処か満足そうなサーシャの様子に、緩く笑んだ。

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