36
足が地面の感触を捉えると繋いだ両手の片方が軽く引かれる。
「…っと、すみません。」
「いえ。」
アルフとキリトを連れてこの場に来たが、今回初転移となったキリトは若干足元が振らついた。
繋いだ手を離しながら軽く応えると、キリトに抱えられていたラズも彼を見上げる。
何度か一緒に転移したことのあるアルフはその様を見て思い出したように言った。
「俺も最初はそうなったな…もっと雑だったが。」
「あれは、追い出す為だったんだから当たり前だろう。」
「まぁ、そうだが。」
「えぇ…アルフ様、リゼ殿に何したんですか…?」
アルフと初めて会った時と今ではかなり状況が違う。あの時は強制的に転移に巻き込んだのだから雑にもなるだろう。
だが、当時を見ていないキリトは非難の色を滲ませながら尋ねた。
それを受けてしばらく考えていたアルフが首を傾げてこちらを見る。
「…そういえば、何故わざわざ追い出しに来たんだ?今思えばらしくない気がするが…」
「………」
探るように向けられた金色の瞳に視線を返す。そして、軽く肩をすくめてから歩き出すと淡々と言った。
「アルフが死にかけた空間の出現を私はずっと待っていたんだ。もうすぐ発現することは分かっていたから、外部からの刺激で突然発現場所が変わるのを避けたかった。まぁ、結局間に合わなかったから無駄だったが。」
「それは悪いことしたな。」
「悪いと思ってないだろ。」
アルフの言葉に呆れて言いながら振り返ると、キリトが俯きがちに何やら考え込んでいた。
そして、ぱっと顔を上げるとアルフへ詰め寄る。
「…ちょっと待ってください。アルフ様、『死にかけた』って何ですか?」
「………」
しまったとでも言いたげに顔を顰めたアルフが、詰め寄るキリトから目を逸らす。
あの時のことをアルフがキリトにどこまで伝えているのかは知らないが、どうやら危険に晒されていた事実は省いていたらしい。
「私、聞いてないですよ?」
「…言ってないからな。」
「無事に帰ってきてくださいって言いましたよね?」
「…無事に帰っただろ。」
「それ、リゼ殿が居なかったらどうなってたんですか?」
「………」
「串刺しかと。」
「おい。」
「…アルフ様。」
キリトの静かな怒りの火に油を注ぎながら、少し騒がしい二人を連れてしばらく進む。
キリトの腕から逃れたラズが足元でちょこちょこと歩くと、その耳がぴくりと動いた。前方には目指していた遺跡が見えてきている。
「………」
「「…⁈」」
先程まで言い合いを繰り広げていたアルフとキリトの声が消えた。
ガァンッ…!
急に突進してきた何かを眼前で弾くと、重い音が鳴る。キラキラと黄金色の光が反射した。
「これが…」
「鼈甲蜥蜴…ですか…」
呟いた二人の小さな声を拾いつつ、すぐに鼈甲蜥蜴の大きな頭を見据えた。
勢いよく弾かれたことで少し浮いた頭部を掬い上げるように思いっきり蹴り上げる。
大きく仰け反ったその身に短剣を突き刺し魔法を展開すると、細かく閃光が走った。
「………」
そのまま短剣を薙ぐと鼈甲蜥蜴が地面に伏す。さらさらとその身から魔力が霧散した。
軽く息を吐いて遺跡の方向を見つめる。
「…やはり騒がしいな。」
まだ遺跡から遠い位置に居るにも関わらず、ここまで鼈甲蜥蜴が出てきている。
目で見える範囲に他の冒険者達の姿は見えないが、おそらく遺跡内では至る所で鼈甲蜥蜴と対峙していることだろう。
「(比較的冒険者が少ない方だと思うが…)」
鼈甲蜥蜴の素材を拾い上げてしばらく悩む。
ダンに教えてもらった該当の遺跡で敢えて移動に不便そうな場所を選んだ。
実際、この遺跡の周辺はかなり荒れており、大きめの岩がごろごろと転がる。
足場も悪く、乗り合わせる馬車はここから遠い所にしかつけられない。
それでも普段より賑わっているのは事実で、遺跡内は混沌としているはず。
それならば、特定の人物だけで探索ができる方を選択したいところだ。
「…リゼ?」
「リゼ殿?」
拾い上げた素材を見つめたまま微動だにしなくなった自分に二人が名を呼んだ。
振り返るとアルフとキリトが問うように視線を向ける。
「…異空間に行かないか?」
「は?」
「え?」
唐突に寄越された提案に二人の声が重なった。
「…すごく静かですね。」
「…そうだな。」
「………」
アルフとキリトの了承を得て遺跡の鏡を潜ると、石造りの壁で四方を囲われ、下る階段のみが設置された部屋に出た。
二人の初異空間は随分と味気ない所になってしまったが、今回はそれで良かったかもしれない。
「リゼ殿が二年前の鼈甲蜥蜴祭りを避けた理由が分かった気がします…」
「確かに…あれはやり辛いな…」
アルフとキリトの言葉を聞きながら、この場に来るまでの道中を思い起こす。
辿り着いた遺跡内に足を踏み入れると、予想に違うことなく随分と賑やかだった。
ハイテンションな冒険者達にハイテンションな魔物達で、最早何処から何が来るのか分からない。
今まで対峙していたはずの冒険者パーティを無視して突如向かってくる鼈甲蜥蜴。
鼈甲蜥蜴に吹っ飛ばされて突っ込んでくる冒険者。
こちらに向かってくる鼈甲蜥蜴…を追いかけてくる冒険者。
「「「………」」」
非常に目まぐるしい事態に見舞われていたことに全員が無言になる。
だが、何も場を荒らしていたのは彼らだけではない。
「全員が一度は硬直するのが見ものだったな。それで吹っ飛ばされてたら世話ないが。」
「反応が素直ですよね。」
アルフの言葉に同意を示したキリトが苦笑を溢す。
遺跡内で自分達を見かけた冒険者はギルド内の反応と同様、戸惑いに見舞われていた。
「リゼは存在自体が目立つ。」
「アルフ様は何処かの騎士ですし。」
「キリトさんに至ってはその格好で武器らしきものが見当たりませんからね。」
つまり、他の冒険者にとっては全ての思考を持っていかれる程の疑問の塊が遺跡内を彷徨いていたことになる。
実際、鼈甲蜥蜴の対処についてはアルフとキリト共に全く問題がなかった。
遺跡の外で邂逅を果たした時しっかりと倒し方を見ていたのだろう。
キリトは向かってくる鼈甲蜥蜴を蹴り上げては殴り、アルフは剣で下から斬り上げて倒す。
よって、どちらかといえば被害を被っていたのは遺跡内の冒険者達の方だった。
「(私一人ならここまででも無かっただろうが…)」
ギルドへの出入りも遺跡への探索もそれなりにある自分は、流石に周りも見慣れてきている。
だが、誰かを連れているとなれば全く違って見えるらしい。
そして何より…
「誰一人冒険者じゃないからな。」
「そうだな。」
「そうですね。」
その時点で、遺跡における存在としては完全に異質だ。
「まぁ、お互いの為に俺達は異空間に居た方が良いな。」
「こんな形で異空間に来ることになるとは…いつかご依頼しようとは思ってましたけど。」
「………」
「思ってたのか…」
独り言のように呟いたキリトの言葉をアルフが繰り返す。それこそ、自分もいつか依頼されるのではないかと思ってはいたが間違っていなかったようだ。
「さて…」
しばしの休憩の後、この場にあるたった一つの経路へ足を向けた。
短い階段を下るとその先に扉がある。
扉の向こう側にある気配を感じながら、ちらりと後ろに視線を投げるとアルフとキリトが小さく頷いてみせる。心構えは万全のようだ。
「「…!」」
扉を開けた先の光景に二人が小さく息を呑む。先程と同じで下る階段のみがある部屋で、複数の鼈甲蜥蜴が歩く。
キラキラと黄金色に輝く巨体は、まるで部屋中に金がばら撒かれているかの様に錯覚させた。
部屋の扉が開いた音に反応してのそりと動くとこちらを向く。
「いや、ちょっと待て。」
「何ですか…あれ…」
「………」
今にも襲いかかってきそうな雰囲気の魔物の群れの中に足を踏み入れようとして、アルフとキリトから制止がかかる。
待つも何も目の前に居るのはちゃんと異空間の鼈甲蜥蜴ではあるのだが…
「立ってるじゃねえか。」
「何故二足歩行なんですか?」
「………」
二人の疑問が言葉になると同時に、噛み付くように飛びかかってきた個体を蹴り返す。
それを合図に一斉に二足で走り始めた鼈甲蜥蜴達を眺めながら淡々と二人に応えた。
「言ったことあるだろう?『大抵狂っている』と。」
「「………」」
その言葉に何処か納得し難い表情をした二人をそのままに、腰に差した短剣を抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます