35

軽く部屋の扉を叩く音が聞こえると、次いで開いた扉の先で栗色の髪が覗く。

「アルフ様、ただいま戻りました。」

「あぁ、お帰り。」

「………」

荷物を抱えたキリトが帰宅を報告し、アルフが短く応える。

それを眺めながら先程アルフから受け取った報酬を鞄の中に仕舞って、キリトに軽く頭を下げた。足元に座るラズも小さく尻尾を揺らす。


気付いたキリトがいつものように人懐っこい笑みを返した。

「リゼ殿、ラズ殿、いらっしゃってたんですね。あっ、まだ帰ったら駄目ですよ⁈今からお茶を…そうだ!この時間ですし、お昼食べていきませんか?良いですよね、アルフ様?」

「「………」」

アルフと二人で思わず目元を擦った。

キリトはラズと違って尻尾など無いはずだが、まるで尻尾を振っている幻覚が見える。勿論、気のせいではあるのだが。

ちらりとアルフを見遣ると、彼は何処か呆れたようにキリトを眺めていた。

「…好きにしろ。」

「はい!」

アルフから許可が下りると、キリトは嬉しそうに返事をして部屋から出て行く。


キリトから何も聞かれなかったことから、どうやら自分は強制参加らしい。

拒否するものでもない為、別に構いはしないのだが…

「依頼の報酬でもないのに良いのか?」

「気にするな。寧ろ依頼みたいなもんだ。」

「昼食を食べる依頼?」

「………」

アルフの言葉に首を傾げると彼は無言でそっと視線を逸らす。

他の意味合いでもあるのだろうか。


「(まぁ、美味しいから良いか。)」

結局それ以上何かを聞く事も無くラズを抱き上げ、アルフと共に部屋でただ昼食が出来上がるのを待った。


「あ、リゼ殿。『鼈甲蜥蜴祭り』ってご存知ですか?」

「ちょっと待て…どこでそんな奇妙な祭りの情報を仕入れてきた?」

キリトの問いに応える前にアルフが先に口を挟む。

食後に用意されたティーカップへ茶を注ぎながら、キリトが思い出したように振った話題のインパクトが強かった。

アルフが怪訝な表情でキリトを見遣ると彼が言う。

「今朝買い出しに街通りへ出た時です。多分どこかの職人さんだと思いますけど、冒険者ギルドから出てこられる皆さんが口々に…そういえば今日、いつもより人が多かった気がします。」

「冒険者ギルド…魔物なのは分かるが、祭りって何だ…?」

「そうなんですよ。遺跡で何か催し物でもあるんですか?」

そこで向けられた二人の視線を受けつつ鞄に手を入れ、一枚の黄金色に透き通る大きな楕円状の素材を取り出す。

「鼈甲蜥蜴の鱗だ。」

「えっ?偶然ですか?それとも…」

「祭りに参加したのか…?」

アルフとキリトは机の上に置かれた素材を見ながら疑問の声を溢す。

「いや。これは開催通知みたいなものだな。」

「「開催通知?」」

「あぁ。それを手に入れたのは今朝、西の森に居た鼈甲蜥蜴を倒した時だ。『鼈甲蜥蜴祭り』というのは…」

どう説明したものかと一度言葉を切る。

アルフとキリトは特に急かすこともなく黙って続きを待っていた。


それを一瞥してから改めて口を開く。

「そうだな…簡単に言えば、一定期間、該当の遺跡に『鼈甲蜥蜴』しか出てこなくなる現象のことを冒険者間でそう呼んでいる。」

「へぇ。」

「遺跡でそんな事が…」

「一応、遺跡消失の過程における一種の区切りではないか…と言われているみたいだが、詳しくは知らない。頻繁に起こる訳でも無いしな。ここら辺で一番最近だと二年前…それ以降は発生がなかったはずだ。」

そう説明した後、アルフが素材を手に取って眺める。

すると、横でそれを見ていたキリトがこちらを向いて尋ねた。

「それなら白の遺跡では今、鼈甲蜥蜴しか出てこないんですか?」

「いえ、さっきも言った通りこれは開催通知みたいなものです。西の森に出現する鼈甲蜥蜴はおそらく数体。それ以外はいつも通りですよ。そもそも、あそこは遺跡ではありませんから。西の森周辺にある何処かの遺跡で起きているのではないかと。」

「あ、そうでした。白の遺跡はまだ遺跡になっていない魔力溜まりでしたね。」

キリトが間違えたと笑うと、今度はアルフが口を開く。


「それは、祭り状態になってる遺跡の影響が周辺にも現れるってことか。」

「あぁ。一つの遺跡で発生するとそれを中心にして円を広げるように周辺の遺跡が巻き込まれる。発生源から近い遺跡は同様に鼈甲蜥蜴しか出なくなり、ある程度遠い遺跡では発生した遺跡があることを知らせるように鼈甲蜥蜴を数体見かけるようになる。ここは発生源の遺跡の規模で差があるらしい。」

「あれ?影響が出るのは遺跡だけですか?魔力溜まりは?」

「…魔力の安定していない魔力溜まりにわざわざ探索に行くよりも遺跡に向かうのが通常なので、そこら辺は確信を得るまでの実績が無いのかと。」

「「あぁ…」」

応えた内容に二人が納得する。

限られた期間にしか発生しない現象である事に加えてその魔物を狩るのは冒険者達が主なところ、金を稼ぐ為には魔力にあてられる可能性のある魔力溜まりよりも遺跡に行くのが道理だ。

自分は魔力溜まりに住んでいる為、遺跡だけでなく魔力溜まりにも影響が出ていることを確実に知っている。

だが、一般的にはその事実は推測止まりになっているのだろう。


「冒険者ギルドが賑わっていたというのは、鼈甲蜥蜴がこの現象の時にしか出てこない魔物だからか。」

「そうだ。おまけに手に入る機会が限られているにも関わらず、鼈甲蜥蜴の素材は装飾品としても武器制作においても需要が高いらしい。要は冒険者にとっては稼ぎ時なんだ。祭りという表現で良いのかは知らないが。」

「結構詳しいな…」

「以前、お嬢に熱弁された。」

「…なるほど。」

アルフとキリトが察したように頷く。

それこそ二年前に発生した鼈甲蜥蜴祭りの時、それを知らずに訪れたギルドで入り口を開けた瞬間に興奮した様子のギルド受付担当に捕まったのだ。

「期間中は鼈甲蜥蜴の納品依頼と受注で混雑していたが、付きっきりで依頼のプレゼンをされた。」

「…それ、結局受注したのか?」

「する訳ないだろ。」

「容赦ないな。」

「気が向かなかったんですね…」

実際、ギルドでの熱烈な推しと混雑具合に足が遠のいた。

寧ろ、冒険者が特定の遺跡に集中する間に閑散とした遺跡で異空間の鏡を攻略していくのも良いかと思い、祭りの影響がない遺跡に入り浸っていたのだ。


ただ、この現象に興味がない訳ではない。それに…

「(…懐かしくもあるんだけどな。)」

今よりも幼かった当時、大きな手で優しく頭を撫でてもらった記憶…

ティーカップに口を付け、小さく息を吐く。


そして、目の前の二人に視線を流した。

アルフは腕を組んで少し思案している様子で、キリトは何処かそわそわしている。

「リゼ。」

「リゼ殿。」

「……良いだろう。」

しばらくして呼ばれた名に、軽く肩をすくめて応えた。


「っ⁈おいっ!気を付け…あ…え…」

「………」

ギルドの扉を開けたところで、中から出てきた冒険者達とぶつかりそうになる。

声を荒げた人物を夜空の瞳が見据えると、その声音は戸惑いに変わった。

視線を外し、構うことなく脇を通り過ぎると、紫がかった銀髪が揺れる。

後ろに続くアルフはすれ違い様に冒険者を一瞥し、ラズを抱えたキリトは苦笑を溢しながら申し訳なさそうに頭を下げた。


「双刀熊の時を思い出しますね…」

「まぁ、あれ以来三人でここに来たことは無かったからな。」

キリトとアルフの会話を耳に入れつつ、部屋の後方で待った。

前回同様、気付いた者から順に漏れなく全員の注目を浴びるが、今は祭り期間中ということもあり、向けられる視線の数が多い。

だが、戸惑いに重なる戸惑いで、うるさかったギルド内が人が多いにも関わらず静かになる。


そんな突如一変した雰囲気に投げ込まれる声が一つ。

「お前が来るとは意外だな。」

「………」

強面の男が人混みを割って近づくと、揶揄うように笑みを浮かべて言った。

「てっきり期間中はギルドに近づかねえと思ってたが。」

「何で居る?」

「お前、それがギルド長に言うことか?仕事に決まってんだろ。どうしても人が増えるからなぁ…秩序は守ってもらわねぇと困んだよ。」

最後の方にドスの効いた声音を滲ませながら周辺を見渡すと、依頼人すら巻き込んで全員の背筋が伸びる。

王都西側の中心街にあるこのギルドに通う冒険者が比較的大人しいと言われるのは、このギルド長のせいだろう。

普段はふらふらと街通りを彷徨いてはギルドに飾る冒険者を引き摺って帰ってくるが、今は最も混乱を極めるこの場で睨みを利かせているらしい。


「リゼが…というよりは後ろの二人の付き添いか。お前ら興味あんのか?」

「あぁ。」

「はい。」

自分の後ろに連れられている二人にダンが尋ねると、アルフとキリトはそれに短く応えた。

だが、しばらくこちらを黙って眺めていたダンは何処か呆れたように言う。

「…冒険者の肩書き持つ奴が一人もいねえじゃねえか。」

「………」

いつの日か何か言われそうだとは思っていたが、案の定つっこまれた。

「…だが、良い装備だな…それなりに動けると思ってはいたが……」

「長、祭りの中心は何処だ?」

「んあ?あぁ…ちょっと待ってろ。」

今度は二人が身に付けている装備類に視線を遣って何やら呟いていたダンに構わず、ここに来た目的の一つを口にする。

それを聞いたダンは一度受付付近まで戻ると、地図を片手に帰ってきた。


「今回の発生地はこいつだ。んで、鼈甲蜥蜴だけになってんのがこの範囲内。」

「ふむ…」

「そこまで絞れてるのか。」

「どれだけの冒険者が動いていると思ってる?それに発生してから二日目だ。集まる情報は十分にある。」

地図上でダンが指し示した場所を確認していく。

同じように横で地図を見ていたアルフが感心して声を溢すとダンが当たり前のように応えた。


向かう遺跡を決めて地図から視線を上げると、それを待っていたダンが面白そうに口を開く。

「依頼は受けねぇのか?」

「…分かってて聞いてるだろ。」

「ははっ!情報提供料、期待してるぜ。」

「………」

彼の言葉に小さく息を吐いた。

だが、気を取り直したように鞄に手を入れると気付いたダンがそれを待つ。

「何だ。別の用もあったのか?」

「…この前、言ってたやつだ。」

「お、もう行ってきたのか?早…っ…⁈」

軽く会話を交わしつつ鞄から角の生えた大きな獣型の頭蓋骨を取り出すと、それを見たダンの言葉が詰まり、ギルド内の全員がこちらを二度見した。

「おまっ…何だその気色悪い鞄はっ⁈」

「………」

小さな鞄からずるりと出てきた大きな素材にギルド内が騒つく。


ダンが顔を思いっきり顰めてウエストポーチ型の鞄を凝視し、すっと顔を上げた。

「…まさか、お前ら全員共犯か?」

「「「………」」」

睨むその目から三人で視線を逸らす。

これは自分とアルフとキリト全員の興味と好奇の産物である。


無言の肯定にダンが大きく溜息を吐いた。

「…めちゃくちゃ奇妙な鞄だが、リゼが持ってる分には納得せざるを得ないのが腹立つ。」

「「確かに…」」

「………」

複雑な表情で呟いたダンとそれに同意を返すアルフとキリトの声をただ何も言わずに聞き流した。

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