34

木立の中を足早に抜けていくアルフを見送る。おそらく、某治安維持部隊への報告の為に彼はこの場を離れたのだと当たりをつけた。

魔力濃度を気にしていたのは通信機への影響を考えてのことだろう。

「あの集団なら一人くらい居る気もするが、すぐに動けるかは微妙か…」

以前、この得体の知れない人物の尾行を飽きずに続けていたような組織だ。

アルフの要望があったとはいえ一般的な部隊であればそんな暇は無さそうなものだが、あの集団は特殊な立ち位置にありそうだった。

だが、一時とはいえこの場に高濃度の魔力が滞留していたのも事実。

その元凶が倒れた今は徐々に元の状態に戻りつつあるが、ある程度の魔力量を持つ者でないとすぐに動き出すのは難しいだろう。


軽く息を吐いて、隣にある岩山と化した物体を見上げる。

「………」

それに足を掛けて軽々と登ると高い位置から周辺を見渡した。

未だ比較的濃い魔力が漂っているのを感じながら先程のアルフの姿を思い起こす。

「(『内容』では無く『場所』だったか…)」

彼の態度はここで何かを経験したことを明らかに物語っていた。

アルフが今日このイベントに自分を伴って参加したのは、開催する場所がこの塔の近くだったからなのだろう。

「アルフの過去と私の関連…ね……」

アルフが自分にこだわる理由はどうやらそこらしい。

ただ、こちらからわざわざ手を出す気は無い。

彼の事情が自分にとって必要の無い事柄であることは当初から変わらないのだ。

ひたすらに自身の欲を満たす為、アルフに確信を与える訳にはいかない。

あくまで可能性としての存在を維持し続ける必要があった。


「(…なんとも自分勝手だな。)」

自嘲するように口端を上げながら、手元に魔法を展開してボトルを一つ転移させると、それを片手に岩山に転がる小石を拾う。

「………」

しばらくして小石で中身がいっぱいになったボトルの蓋を閉めた。

そのボトルを鞄にしまい、代わりに包みを取り出す。

この包みには、出かける際に何故かキリトに持たされた軽食が入っている。


「(美味しい。)」

そのまま岩山に腰を下ろし、キリト特製サンドイッチに齧り付いた所でポケットに微かな熱が篭っていることに気付いた。

「これ…」

ポケットから取り出した物を見て、思わず目を瞠る。

すると、下の方から声がかかった。

「良かった。まだ居たのね。」

「………」

取り出した物を再びポケットに仕舞いながら声のした方向に目線だけを落とす。


赤いドレスに身を包んだ一人の婦人がこちらを微笑みながら見上げていた。

「さっきの事態を解決したのは貴方?」

「………」

少し遠い所に座っている自分に婦人が声を張って問いかけてきた。

その姿を見て、展覧会場でアルフと言葉を交わしていた女性であることを思い出す。

だが、会場内では見かけなかった付人を一人伴っていた。

ある程度霧散し始めたとはいえ、未だ濃い魔力の滞留するこの場所に近付くことができるということは、どうやらそれなりに強い魔力が込められた物を身に付けているらしい。

「突然、高濃度の魔力で一帯が満たされてしまったでしょう?その原因がここら辺にあったはずなの。」

「………」

見下ろしていた視線を外し、そのまま何も応えることなく食事を再開する。

付人がその反応に戸惑いを見せるが、婦人は構うことなく言葉を重ねた。

「もしかして、貴方が今腰を下ろしているものがそうかしら。」

「………」

「今はただの岩山の様に見えるけれど、元々はこれに魔力があったってこと?」

「………」

「おそらく魔物だったのよね。どうやって対処したの?」

「………」

興奮しているのか次々と問いかけてくる婦人の声を聞き流しながら、美味しい食事に舌鼓を打つ。

彼女の相手をする気は無いが、アルフにここで待つように言われている以上、立ち去るつもりもない。

「ねぇ、私と話しましょう!貴方の事が気になるの。魔導士かしら?何処かの所属だったりする?良ければ私の所で働かない?給金は今よりはずむわよ。」

「………」

唐突に勧誘を始めた婦人とは別の気配がする方向へ視線を向ける。


視界に捉えた人物が眉根を寄せながらこの状況に言葉を投げ入れた。

「ひとの護衛を勝手に引き抜かないでいただきたい。」

「あら。」

宣言通りすぐに戻ってきたアルフが婦人を見据えたまま間に立つ。

そんな彼の背中を上から眺め、依然もぐもぐと口を動かしながら成り行きを見る。


「貴方の護衛だったのね。そのローブは会場で彼女が纏っていたものかしら。全身が隠れていたから分からなかったわ。」

「今分かりましたよね?収集するのは魔導具だけにしてください。」

「ふふっ、私のことは知っていたのね。」

「今回の展覧会の主催者でしょう。それ以外の対外的な活動もされているのに知られていないとでも?」

「それもそうね。けれど、貴方も似たようなものでしょう?夜刻石の魔石の証明…噂になってるわよ?」

「まだ公表されてませんけど。」

「ここまでの立場になるとそれなりに情報は入ってくるものよ。」

どうやら二人は互いのことをある程度知っていたらしい。

婦人が筋金入りの魔導具の収集家だというならば、ここに留まれる程の魔導具を身に付けていることにも頷ける。

そして、この事態に恐怖よりも興味が優った結果が今なのだろう。

依然止まる気配のないアルフと婦人の会話をそのまましばらく聞き流す。

「貴方、護衛なんて別に必要ないのではなくって?」

「だからといって引き抜いて良いという訳でもないでしょう。」

「でも、選択するのは彼女よ?」

「俺が許可しません。」

「………」

一層の不機嫌さが滲み始めたアルフの声音にそろそろ仕事をすべきかと二人を見下ろした。


向かい合ったまま引き続き言葉を重ねる婦人の声がする。

「強情ね。貴方にも損失分の補填は約束…あ…もしかしてお二人は好き合っているのかしら?私は仕事で雇いたいだけよ?会わせないなんて言ってないのだから大丈夫…」

「ははっ。」

「「…⁈」」

婦人の話を聞いて思わず笑う。

その声に顔を上げたアルフと婦人の視線を受けつつ最後の一口を口の中に放り込み、腰掛けていた岩山からアルフの隣に降り立つ。

「随分と小綺麗に解釈したな。」

「え…?」

婦人の瞳を夜空の瞳が真っ直ぐに捉えて言うと、自信に満ちていた彼女が僅かに惑う。


側に控えていた彼女の付人が身構えたのを横目に、可笑しそうに笑んだ。

「『嫌悪』『悔恨』『侮蔑』……私の雇い主が私に抱くのはそういうのだ。」

「…!」

淡々と連ねた言葉にアルフの息を呑む音が微かに耳に届いた。

それに気付かない婦人は少し強張ったまま口を開く。

「…じゃあ、貴方はどうなの?」

「『後悔』『懐古』『執着』…だな。決してお綺麗なものではない。そもそも、私があの魔力の元凶…だったらどうする?」

「…‼︎」

首を傾げて問いかけると同時に、空気が凍りついたように緊張感を帯びる。

本能的に後ずさった婦人に追い打ちをかけるように距離を…

「おい。」

「………」

そこでアルフに軽く手を引かれる。雇い主から制止がかかった。

手を握ったまま見下ろしてくるアルフに視線を返す。


途端に得体の知れない圧力から解放された婦人とその付人が深く息を吐くのを一瞥した。そして、呆れたように言う。

「まぁ、こんなもので私を縛り付けることができると本気で思っているなら、期待はずれもいいところだ。」

「それは…」

自身の左手に嵌められた真っ赤に染まった魔導石を掲げて眺めると、それを見た婦人が声を溢した。

魔導具の収集家というだけあってやはり相応の知識はあるようだ。

先程の言葉もあり、これが契約の魔導石であることは結論付けられるだろう。

「………」

恐れで染まっていく彼女へ嘲るように微かな笑みを浮かべた。そして、隣に立つアルフを見上げる。

「だが、『好き』というのもあながち間違いではないか…金色の瞳は好みだ。」

「…⁈」

それを聞いたアルフは少しだけ目を丸くし、すぐに顔を顰めた。


そんな彼を連れて、すっかり気圧されてしまった婦人の横を通り過ぎる。

木立の入り口に足を踏み入れると同時に、背後で誰かが地面に座り込んだような音と焦った声が聞こえた。


「…やり過ぎだ。」

振り返ることもせずに先へ進むと、隣で小さな溜息が漏れる。

「何を言ってる?不機嫌だったのはアルフだろう?私は護衛の仕事をしただけだ。」

「あれは完全に罪人認定されたぞ。」

「好きに捉えればいいだろ。大体この魔導石を持ち出してきたのはアルフだ。」

「それを知っていながら嵌めた物好きは何処の誰だったか…」

いつもの調子で会話を交わしていたが、次に聞こえてきたアルフの声には何処か険があった。

「…あの物体には心当たりがあるのか?」

「さぁ?どうだったか…」

「…そうか。」

肯定も否定もせず適当に返すとそれ以上の追求はない。

しばらく二人の足音のみが響いた。


だが、もうすぐ木立を抜けるという所で不意に顔を上げると、アルフの持つ金色の瞳を自身の持つ夜空の瞳が捉えた。

そのまま足を止めた彼に倣って立ち止まる。


すると、今度は何かを確かめるかのように尋ねてきた。

「……どんな奴が好みなんだ?」

「太陽のような金色の瞳で水色がかった銀髪を持つ人。」

「限定的だな。」

先程「金色の瞳が好みだ」と言ったことに対しての問いだろうが、間髪入れずに齎された返答にアルフが思わずつっこむ。

そして、少しだけ考え込むと続けて言った。

「その見た目の条件に一つ当てはまっているから、俺に大人しく雇われてるのか?」

「それもあるな。」

「じゃあ、さっきの収集家が金色の瞳で水色がかった銀髪だったらどうしてたんだ?」

「んー…」

「……迷うのか。」

彼は眉根を寄せながらそう言うと、呆れて小さく息を吐いた。

実際、好みの外見が目の前に居たならそれなりに惹かれるものだろう。

その後何を知ってどうなるかは不明ではあるが。

「今はアルフの護衛だ。それで良いだろ。」

「………」

紛れもない事実を口にして、アルフに向けて手を差し出した。


彼はそれを無言で見つめる。

「『今は』…ね…」

アルフはそう小さく呟くと差し出された手を取って軽く握り返す。

そして、繋がれた手をそのままに足元に魔法を展開した。


「リゼ殿っ⁈一体何してきたんですかっ⁈」

転移した先の屋敷でキリトに見つかると、案の定、すぐさま浴室へ突っ込まれることとなった。

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