32

意味付けされた魔力を至る所に感じる。

辺りを見渡せば様々な魔導具が目に入った。それに視線を流しつつ豪華な建物の中ですれ違う人々を避けながら歩く。


周辺一帯の魔力を興味本位で探っていると、隣から声が掛かった。

「リゼ、あれがどういう魔導具か分かるか?」

「………」

一歩前を歩くアルフからの問いに彼が指差す方向へ顔を向ける。

示された先には透明な筒の真ん中に魔導石が据えられ、その周りに動物を形取ったキラキラと輝く置物が並ぶ魔導具が一つ。

しばらくその魔導具を眺め、アルフに応えた。

「統率と…連携……魔力を流せば周りの置物が秩序立って綺麗に動くんじゃないか?」

「それだけの魔導具なのか…あれは…」

「動けばの話だ。そもそも魔力が流せない。」

「おい、それ失敗してないか?」

おそらくそうなのだろう。

意味付けされた魔力を持つ魔導石が設置されているにも関わらず、魔力を受け入れる仕組みがない。

置物のような魔導具ではなく、最早ただの置物と言える。


「………」

「………」

今日は病み上がりで留守番を命令されたキリトはここに居ない。

残念そうな表情を隠しもしなかった彼に付き合う形で屋敷に残ったラズも然り。

その為、思ってもいなかった結果にアルフだけがどこか複雑な表情を浮かべる。


「何やら難しい顔をしているけれど、どうかしまして?」

「あ、いや…興味深いと…色んな意味で…」

微妙な空気が流れる中、場違いな雰囲気を感じたのか、一人の婦人が声をかけてきた。

アルフがやや濁しながらも言葉を返すと、彼女は上品に笑い、同意を示すように頷いた。

綺麗に纏められた髪に映える耳飾りが光を反射しながら揺れる。

「分かるわ。この世に一つしか無いかもしれない魔導具は、その希少性から解析する事を望まれないことも多くて…特に古いもの程その傾向は顕著よね。でも、私はどういう意図で作られた魔導具なのかとか、そうやって判明していない事柄に思いを馳せることも好きなの。」

「そうなんですね。」

さっきまでの何とも言えない表情を完全に引っ込めたアルフが和やかな声音で彼女に応えた。

「………」

滔々と述べた婦人と先程の魔導具を交互に見る。

少なくともあの魔導具の意図は筒の中の置物を動かすこと…だったが、残念ながら失敗している。

そんな事実を知っている状態で婦人の相手をするアルフの心中や如何に。

「魔導具の歴史は古いから芸術品としての価値も高くて、見てるだけでも感動するのよね。お互いこの場を楽しみましょう。」

そう言って、美しい赤いドレスの裾を揺らしながら去って行く婦人を見送り、アルフと視線を合わせる。

「分からないからこそ神秘的なんだな…」

「想像する分には無限だ。」

「そうだな。まぁ、俺は知りたいことを神秘のまま終わらすつもりはないが。」

踵を返して再び歩き出すアルフの後ろ姿を見遣る。


煌びやかな内装の部屋で、彼のいつもより装飾の多い格好はよく映えた。

「リゼ?どうした?」

自らの護衛が付いて来ていないことに気付いたアルフが足を止めて振り返る。

問うように向けられた金色の瞳を一瞥し、彼の元へ歩を進めて悪戯っぽく笑う。

「その格好、似合っているなと思っただけだ。」

「それはどうも。」

適当に言っているだろうと、アルフが呆れ気味に返す。

それに軽く肩をすくめると改めて彼の後ろを付いて歩く。

そんな自身の格好はいつもと変わらないが、足元まで覆う白いローブで中の装備は全く見えない。

三パターンある変形の中で普段よく使う形とは違い、袖のない一枚の布ですっぽりと全身を包む。

そのままいつも通り大きめのフードを被っている為、気分は魔物の塵怪だ。

それでもあまり周囲から浮いていないのは、この場に集まる人々に同じようにローブを纏う者が多いからだろう。


「リゼ、これは?」

「………」

新たに気になる物を見つけたアルフが、魔導具の前で足を止める。

自分は魔導石解析要員としてここに連れてこられたのだろうか。

当日の朝に屋敷に来いと言われて一枚の紙を渡された時、そこに書かれていたのは魔導具の展覧会と展示会の開催通知だった。

初任務の時のように何かが起こるという情報は無く、ただ同行を依頼された。

今までの様子からアルフが純粋に楽しんでいることは事実だと思うが、理由はそれだけでは無い気がしている。

「(…まぁ、どんな目的があろうと私がやることは変わらないか。)」

そう思いながら、台座に卵形の器が嵌められた魔導具の魔導石を探る…が、微かに捉えた別の感覚に思わず背後を振り返る。


「………」

「…リゼ?」

怪訝な表情でこちらを見下ろすアルフに視線を返して口を開いた。

「遮断…音指定…円状指定……」

「それ、防音壁の意味付けみたいだが…動くのか?」

「無理だ。多分、回路が一部壊れている。」

「あぁ、使っている間に負荷がかかったのかもな。一応さっきのような失敗作ではないのか。」

「話し手の声そのものが聞こえなくなる防音壁が失敗でないと言えるのなら。」

「それは失敗だろ。」

範囲外への音漏れどころか全ての音を消してしまうならば、会話自体が成り立たない。

回路の一部が壊れているのも、失敗による製作者の激情によって齎された可能性がある。

アルフは魔導具を眺めながら小さく息を吐いた。

「こういうのを繰り返して今があるんだよな…試行錯誤の跡というか……」

「必要な過程というものだろ。」

「今は素材から生成することも可能だが、この時はまだ魔法付与でしか魔導石を作れなかった頃か…作製される魔導具の数が少ないのも当然だな。」

感慨深げに呟くアルフの声を聞きながら、引き続き周辺一帯の魔力を探る。

だが、先程と同様の感覚は無い。

それでも、勘違いで片付けてしまうにはあまりにも不愉快な気配……

「………」

そのまま辺りを探りつつ、またうろうろと会場内を物色し始めたアルフの後を黙って追った。


アルフと連れ立って建物から外庭に出ると、今度は最新の魔導具が並ぶ。

どこか厳かな雰囲気が漂っていた建物内とは違い、外庭は活気が溢れていた。

ここでは展示された魔導具の販売があり、製作者との商談や契約も行われている。

おそらく魔導具に興味のある者が大半だろうこの場所で、良い顧客と巡り会えれば今後の足掛かりになるはずだ。

「えっ?こっちから通すの?」

「あー、もう少し削らないと駄目だったのか…」

「その素材は?魔物?」

商業従事者として魔導具の知識を持つ者、魔導具の収集家、そして魔導具の製作者など、魔導具に対してある程度の知識を有する者達が交わす会話が辺りを賑わせていた。

そんな光景を順に眺めながら歩いていると、ある物に目が留まる。

「(あれは…塔か?)」

ここからそんなに遠くはないだろう場所に、背の高い建物が建っている。

木立を抜けた先にあるそれをしばらく見つめて視線を戻すと、すぐ目の前にアルフの上半身があった。

そのまま顔を上げれば彼と視線が合う。何かあるのかと首を傾げて問いかけた。

「どうかしたのか?」

「…いや、何でもない。」

「…?」

いつの間にか立ち止まってこちらを見ていたようだが、特に用事はないらしい。


歩き出したアルフを追う為に一歩足を踏み出した…が、その後が続かなかった。

「…⁈」

立ち尽くしたまま息を呑む。全身から血の気が引いた。

やはり気のせいではなかった。

「(この気配…間違いようがない。だが…)」

「リゼ、どうした?」

先に歩き出していたアルフが側に戻ってくる。近くにいるはずの彼の声が何処か遠い。


思わず腰のベルトから提げた白金色のバングルに手を伸ばした。

それは懐かしく、そして……何よりも忌々しい記憶。


「………」

気付いた時には既に足元が白く染まっていた。

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