31
「………」
「えっ?あれ⁈アルフ様っ⁈ラズ殿は…⁈」
キリトの部屋の扉をノックもせずに開けると、寝具に横になっていた彼が突然のことに混乱する。
身を起こしてきょろきょろと子犬を探すキリトに軽く息を吐いてから応える。
「ラズならリゼと一緒に帰ったが、何かあるのか?」
「いや、ラズ殿に監視されてたので…」
「……監禁か?」
「何てこと言うんですかっ⁈看病してくださってました!」
「…あいつが?」
思ったより元気そうな様子に安心しながらも、キリトの言葉に怪訝な表情を浮かべる。
すると、その反応が不満なのか少しだけ彼が口を尖らせて言う。
「そうですよ。二日前に御用聞きにいらっしゃってから今日までリゼ殿もラズ殿も屋敷に居てくださいました。」
「二日っ⁈」
てっきり今日たまたま御用聞きに訪れて、体調を崩していたキリトに会ったのだと思っていたが違ったらしい。
「…だが、そんなことする必要があいつにあるのか?」
つい口をついて出た疑問にキリトがこちらを一瞥してから応える。
「…アルフ様の護衛だからだそうですよ。」
「…?」
「アルフ様のご無事と私の無事はリゼ殿にとっては同じらしいです。彼女の理論から言えば、アルフ様との護衛契約に含まれているということかと。」
「…そうか。」
リゼの行動は彼女自身の基準でもって決められている。ならば、今回のことも間違いなくリゼの意思だ。
彼女が護衛の一環だと言うならその対価を用意すれば良い。リゼには何も求められていないが、渡せば受け取るだろう。
「もう熱は引いたのか?」
「はい。動けますよ?」
「今日は寝とけ。リゼにも様子は見ろと言われた。」
急ぎで頼みたいことなど特に無い。
自分が帰宅するまでリゼがキリトの安静を確保していたならば、今日は大事をとって休ませておくべきだ。
キリトと言葉を交わしながら、寝具の隣にある椅子に腰掛ける。
「看病か…久しく、してもされてもないから新鮮だ。」
「面白がってます?私も熱が出るとは思ってなかったですよ。」
「はしゃぎ過ぎたんだろ。」
「リゼ殿と同じ事言いますね。」
「………」
既に診察結果は通知されていたようだ。
どうやら、ここ最近を思い返して感じたことは彼女も一緒だったらしい。
そこで不意に視線をずらすと、見たことないボトルが目に入る。
徐に手に取って蓋を開けると白い湯気と共に香ばしい香りが立った。それを見たキリトが興奮気味に話す。
「それ凄いですよね!ずっと温かいままなんですよ!お茶もリゼ殿が淹れてくださったんですが、とても身体が温かくなるんです。独自に配合しているとおっしゃっていたので、今度教えていただこうかと。」
「…意外としっかり世話焼いてくれてたんだな。」
未だにリゼと看病が結びついていなかったが、二日も屋敷に泊まり込んだことといい、体調を慮った物を準備することといい、なかなか手厚い。
看病されたことがあるか、したことがあるかどちらにしろ…
「人間の生活をしてはいるんだよな。」
「普通に食事まで用意された時は、ちょっとびっくりしました。」
「食事…どんなのが出てきたんだ?」
「豪快でした。手近にあるもの全部入れたみたいな感じで。」
「あぁー…あいつらしい気がする…」
その外見だけで言えば似つかわしくないのだが、彼女自身を知っている今では寧ろその方がしっくりくる。
最早、見た目と中身が噛み合っていないのがリゼだ。
「美味しかったですよ?確かに家庭的とは違うんでしょうけど、料理自体には慣れていらっしゃるようでした。」
「そういえば、遺跡で魔物肉焼いてた時も手慣れてたな。ただ、知識が野営料理とかに偏ってそうだ。」
実際のところどうかは知らないが勝手な印象を述べる。キリトは可笑しそうに笑いながら、ふと眉尻を下げた。
「本当、不思議な方ですよね。人間か否かを考えないといけなくなるとは思ってなかったですけど。」
「まぁ、リゼはリゼでこっちの反応を楽しんでる節があるが…」
肩をすくませて椅子の背もたれに身を預けると、揶揄うように口端を上げるリゼの様子が容易に浮かぶ。
そして、自身の右手に嵌められている指輪を目の前に掲げて小さく呟いた。
「何も教えていないし何も教えて貰っていないというのに、馴染むものだな…」
「………」
最近は随分と息がしやすくなった気がする。
目的を見失った訳でも、諦めてしまった訳でもない。
ただ、自分を取り巻くものは過去だけではないことを再認識させられただけだ。
矛先を向ける対象を求め、リゼはそれを生贄と称しつつ留まった。
だが、それは彼女にとって留まる理由があるからで、おそらくその理由が無くなれば存在は掻き消える。今は、求め続けなければならない。
軽く息を吐くと、押し黙っていたキリトが尋ねてくる。
「リゼ殿には会われたんですよね?ご依頼されたんですか?」
「あぁ。当日の朝に来いと伝えている。」
「…そうですか。」
キリトは顔を伏せると一度そこで言葉を切る。何となく続く言葉は分かるが、そのまま待っていると彼が静かに問う。
「もし、リゼ殿と何か関係があると分かったらどうされるんですか?」
「…さあ?」
「アルフ様、リゼ殿は優しい方ですよ。」
「分かった分かった。」
早まったことはするなと暗に釘を刺される。
そんなキリトにいい加減に応じた。実際、どうするかなど分からない。
いつからだろうか、自身の過去と関係が無い事をどこかで望んでいるのも事実なのだから。
すると、キリトが思い付いたように口を開く。
「そうだ!お弁当作ったら持って行ってくれますかね?」
「何故、弁当?」
「リゼ殿を餌付けすることにしたので。」
「お前ら…俺が居ない間に何があった…?」
唐突に齎された餌付け宣言に、思わず真顔で問いかけた。
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