27
キリトから差し出されたティーカップに口を付けると、テーブルを挟んだ向かいにアルフが腰を下ろす。
すると、ウエストポーチ型の革の鞄が一つ、目の前に置かれた。その鞄にちらりと視線を遣って先を問うように小さく首を傾げると、アルフが口を開く。
「何でも入る鞄を作ってみたいんだが、塵怪が見られる所に連れて行ってくれないか?」
「………」
久しぶりに御用聞きに屋敷を訪れてみれば、齎された内容にしばらく無言になった。
後半はまだ良い。塵怪が居る遺跡や異空間ならば知っている。そこに同行すれば済む話だ。
だが、問題は前半だ。
「…作れるものなのか?」
「さぁ?」
誰に聞くでもなく思わず疑問の言葉を小さく溢すと、それを辛うじて耳で拾ったアルフが肩をすくめた。
「リゼが『何でも入る鞄が欲しい』って話をした時、少し興味が湧いた。実験してみるのも悪くないだろ。」
「まぁ、別に異を唱えるつもりはない。塵怪を見たいと言うなら連れて行ってやる。」
ただ、作れるものなのかどうかが気になっただけでアルフのやる事に口を出すつもりもなければ、断るような依頼内容でもない。
実際、やらないと分からないからこそアルフは手始めに塵怪を見たいと言ったのだろう。
そこで、ラズを抱き上げたキリトが机の上に置かれた鞄を指し示す。
「リゼ殿。その鞄、以前お渡しいただいた塵怪の素材なんですよ。」
「あ、本当だ…」
鞄に姿を変えた素材は留め具などが付け加えられているが、その革は確かに以前アルフに預けた異空間に居た塵怪の素材の一つだ。
それを眺めながら実物の姿を思い浮かべる。あれは黒い靄にローブを纏った魔物だ。そして、盗んだ物をその靄の中にしまい込む。
ならば…
「…もしかして、この鞄に黒い靄と同等の物を入れることができれば良いのか?」
「そんなに簡単にいくとは思ってないが、一番単純に考えたらそうなるな。だが、俺は実物を見たことが無い。その靄がどんな感じかも知らないから、取り敢えず見てからだろ?」
「ふむ…」
「できると良いですよね、何でも入る鞄!」
楽しそうな声音で笑って言うキリトに、頷いて返した。
予てから欲しいと思っていた物を作ってみようと言うのだ。必要ならばいくらでも手を貸そう。
…そんな当時のやり取りを思い出しながら、木立の影に隠れて前方に視線を向ける。
「…あれが塵怪だ。」
「布が舞ってるようにしか見えないな…」
「でも、確かにローブの中は真っ黒ですね。」
遺跡となった廃教会の敷地内にある庭で、ふらふらと彷徨っている塵怪を三人で眺める。しばらくして、キリトが静かに尋ねてきた。
「あの靄って取り出せるんですか?」
「…それは無理だと思いますけど。」
「キリト…俺達は新しい塵怪を作ろうとしている訳じゃないぞ?」
塵怪のローブを引き剥がして中の黒い靄だけ鞄に入れようしているのかと、アルフと共に若干引く。
アルフの言う通り、それでは鞄の形をした新種の塵怪だ。
黒い靄を鞄に入れるとしても何かしらの素材として存在してくれなければ、おそらくどうしようもないだろう。
ましてや、塵怪だけの素材で完成されるとも限らない。
「(…だがまぁ、出来ることから…だな。)」
様子を見ていた木立から出て塵怪の元に向かう。その後ろにアルフとキリトが黙って続き、彼らの足下で鞄を背負った子犬姿のラズがちょこちょこと歩く。
途端にこちらの存在に気付いた塵怪がわらわらと集まって来た。
そんな光景を捉えながらキリトが首を傾げる。
「そういえば、通称『盗人』でしたっけ?どうやって奪うんですか?」
「見たら分かると思いますよ。応戦するのは構いませんが、最初はラズから離れないでください。」
短いやり取りを交わす間に既に周りを囲まれる。
すると、塵怪からじわじわと人間の腕の形を模した黒い物体が何本も伸びてくる。それが複数体だ。
この状況を見てアルフとキリトが納得したように口を開いた。
「あー…なるほどな…魔物にしては珍しく集団で動いていると思っていたが…」
「…これ、いつの間にか掠め取られるやつですね。」
二人の声を耳に入れつつ、伸びてくる黒い腕を短剣で斬り離す。
実際、塵怪に攻撃力はほぼ無い。
だが、魔物に慣れている冒険者界隈において塵怪は倒し難いことで有名だ。
そんな魔物をアルフ達が引き続き観察する。
「こいつらの靄は絶えず溢れてきている訳じゃなくて、渦巻いてる感じか。」
「そうですね。リゼ殿、もしかして渦の中心に核があったりしますか?」
アルフは剣で靄を斬り払い、キリトは伸びてくる腕を掴んでは千切る。
二人の対処に問題が無さそうなことを確認してからキリトに応えた。
「合ってます。塵怪を倒すには靄の中にある核を処理するのが一般的です。」
「核以外を斬っても意味はないのか…ローブもすぐくっつくな…」
「千切った腕も消えていくだけです…」
「お前…まだそのまま鞄に入れるつもりだったのか…?」
掴んだ靄が手の中から消えていく様子とラズの背負う鞄を交互に見ながら残念そうに言うキリトにアルフが呆れる。
そして、そろそろ攻撃をあしらうことが面倒臭くなってきた頃合いで声が掛かった。
「リゼ、もういい。」
「ん。ラズ。」
「「っ⁈」」
短く応えて黒い子犬の名を呼ぶと、集まっていた塵怪が無数に降り注ぐ黒石の刃に一気に消滅させられた。
「………」
霧散していく魔力の中に素材の布が見えてくると同時に、二人の物言いたげな視線が刺さる。
「ラズ殿への声掛けのテンションと攻撃規模に差がありすぎてびっくりしました……」
「靄の中にある核を処理するのが一般的だと言ってなかったか…?」
「あぁ。耐性が強いのか魔力も盗んでいるのか知らないが、塵怪に対して魔力を使用した攻撃は割に合わないらしい。例えるなら魔法を陣ごと破壊する行為に似ているな。」
「…つまり、塵怪の耐性を上回る程の魔力量であれば別にわざわざ核だけを処理しなくても良いってことか…それができるかどうかはともかく。」
「いや、できる。遺跡や異空間で後先を考えないならば…な。」
「あー……」
一般的に魔導士が持つ魔力をそれなりに使えば、おそらく同じような事はできる。
ただ、ここは遺跡だ。魔物との邂逅が一度で済むはずがない。魔力を無駄にする行為はしないものだ。
そして、先程まで塵怪が居た辺りの地面に残された剣や回復薬の入った瓶、補給食に視線を流しながら続けて言う。
「それに、塵怪は魔物のくせに何故か物欲が強い。武器でも盗られたら対抗手段を無くす者も多いだろう。だから、相手にせずに避けるか逃げるかするのが普通だ。」
今までにこの場所に来た冒険者から盗んだのだろう物を拾い上げて弄ぶ。その種類は様々だ。
そこで、ふとキリトを見る。気付いた彼はライトグリーンの瞳を真っ直ぐに向けた。
「どうかしましたか?」
「いえ、身包みを剥がされることはないので、それで言えばキリトさんは相性良いかもしれないなと。」
「…あの闇の中に直接手を突っ込んで核を握り潰せとでも言いたいのか?」
「えっ⁈それはちょっと抵抗あります…」
「別に腕がなくなったりしませんよ?」
かつて突っ込んだことがある自身の腕を広げて見せるが、キリトはふるふると首を振る。
そういう問題ではないらしい。
「まぁ、キリトさんは別に冒険者でもないですしね。」
「冒険者ならやるという訳でもないだろ…」
「リゼ殿も冒険者じゃないですよね…?」
そういえば、今この場に冒険者の肩書きを持つ者が一人も居ないという事実に気付く。遺跡においてはかなり異質だ。
某ギルド長に何か言われそうだと思いながら、ある物を探す。
地面を見ながらうろうろと彷徨っているとアルフが問いかけてくる。
「さっきから何を探してるんだ?」
「素材。布ではなくて…あ。」
目当ての物を見つけて拾い上げると、アルフとキリトが手元を覗き込む。
布素材よりも手に入る数が相対的に少ないもう一つの素材。
「前に話した石だ。」
「あぁ、夜刻石か。ギルド長にカツアゲされたとかいう。」
「いや、ちゃんと納品されたんでしょう?カツアゲって聞いてしっくりくるのもあれですけど…」
二人が言うように以前はギルドに納品した後だった為、手元に無かったものだ。
アルフに夜刻石を渡してから、またしばらく同じものを探す。
「真っ黒だな、これ。」
「塵怪のローブの中がこんなでしたね。」
今アルフの掌の上には全部で三つの夜刻石がある。先程対峙した集団ではこれが限界らしい。
闇を湛えた三つの球体をころころと掌の上で転がしながらアルフが口を開く。
「確かにあの靄部分を形にした物みたいに見えるが、これは宝石だろう?」
「飾りとして扱われる素材ですよね?装備とか魔導具とかに使われることはなく…」
夜刻石は塵怪の靄を塊にしたよう見た目で一切の光を通さない完全なる闇だ。
塵怪を参考に何でも入る鞄を作るならば、この素材は見ておくべきだと判断した。
だが、宝石として扱われているという事実に二人が首を傾げる。
それを一瞥してから応えた。
「まぁ、宝石と判断されてはいる。」
「…なんか含みがあるな。」
「え?もしかしてこれ、宝石じゃないんですか?」
言い方に引っかかりを覚えたアルフとキリトが続きを促す。
あくまで感覚の話をどう説明すべきか逡巡しつつ、アルフの持つ夜刻石を一つ手に取った。
「私は魔石だと思ってる。」
「そうなのか?意味付けは?」
「どういう効果の魔石なんですか?」
「分かる訳ないだろ。」
「は?」
「え?」
理由を聞かれることもなくあっさりと受け入れられたかと思えば、何故か問いかけへの回答の方に疑問の表情を向けられる。
「…分からないのか?」
「…普段、常識を問うてくるくせに知らないのか?意味付けされた魔力の有無や効果は専用の魔導具や方法で解析しているだろうに。」
「いや、知ってるが…君に常識を問われる日が来るとは思わなかった。」
念を押すように尋ねてくるアルフへ眉根を寄せると、納得いかないとでも言いたげに返される。
そんな彼は小さく息を吐くと言葉を続けた。
「『意味付けされた魔力は専用の魔導具や方法でしか効果の判別は出来ず、ここに魔導士か否かの区別はない』…大体、俺はそれを基礎に研究してきたんだから知らない訳ないだろ。だが…」
「そうですよ。リゼ殿、魔導石は分かるじゃないですか。」
「あぁ…そういう…」
二人が当然のように魔石の意味付けが分かると思ったのは、出会った当初に契約の魔導石の意味付けを看破したことが原因らしい。
それに、アルフとキリトにとってはまだまだ自分は得体の知れない存在だ。ある意味当たり前の結論だった。
納得して一つ頷くと、引き続きこちらを凝視する二人へ視線を向けた。
「魔導石は分かるが魔石は分からない。個人的な感覚だが…魔導石は魔石という器に魔力という水を入れたもので、魔石は魔力を凍らせたものという感じだな。魔導石の意味付けされた魔力は流動的で探る余地があるが、魔石は固定されているから隙がなくて辿れない。」
「へぇ、面白いですね!」
「…魔導石は後から人工的に意味付けした魔力を…いや、魔法を付与したものだからか?魔石は魔力そのものを結晶化している…?」
「………」
なんとか説明してみせた内容に、キリトは興味と好奇で目を輝かせ、アルフは勝手に仮説と分析を呟き始めた。
すると、キリトが夜刻石を眺めながら尋ねてくる。
「これを魔石だと思われてるということは、どういう効果かは分からなくても魔力があることは分かるんですか?」
「はい。魔力の有無、量、流れ…こういうのはほぼ全て分かります。」
「それはそれで…相変わらず規格外だな…」
キリトの質問に答えるとアルフは呆れた表情を向けた。
魔導士であろうがなかろうが、自身の魔力以外の魔力を何も使わず辿ることはできない。魔力溜まりのような高濃度の魔力に晒されて、身体に何かしらの不調や違和感を生じて初めて感覚として捉えられるくらいだ。
ただ、魔石獣に呼ばれるという老婦のように特定の魔力に敏感な者も存在する。
「(世の中どこにでも例外はあるが…私はその最たるものだろうな…)」
そう思いながら、一つだけ手に取った夜刻石を眺める。
すると、同じように手元の夜刻石を眺めていたアルフが怪訝な様子で疑問を口にした。
「だが、魔力の有無は検証されているはずだよな…何故、今までずっと宝石として扱われているのか…」
「魔石と知らずに身に付けている方がいらっしゃることになりますね…」
「これもこれでよくある魔石とは魔力の在り方に違和感がある。固定されることで逆に不安定になっている感じだ。検証の精度は知らないが、ちゃんと魔力として捉えられなかったのかもしれないな。」
現在、夜刻石がただの装飾品として扱われていることに私的な見解を述べると、それを聞いたアルフが唐突に言う。
「リゼ、これ割れるか?」
「…?…あぁ。」
何故かは知らないが割れと言われれば割るだけだ。自身の手の中にある一つを握り込むと小さく音が鳴った。
「ん…?」
「リゼ殿?」
「どうだ?」
「どうって…」
手を広げると真っ二つに割れた石があるだけだ。だが、もう一つ明らかに割る前と違うことがある。
「…魔力が消えた。」
「えっ⁈魔石じゃなくなったんですか?」
「………」
キリトと掌にある割れた石を見つめ、アルフは少し俯きながら考え込む。
魔石から魔力が無くなること自体は不思議ではないが、魔石は魔力そのものを固めたような作りで、割った途端にたちまち消失するものでもない。
「…形を得ても安定していなかった魔力が、形を無くしたら消えるのか。なら、安定する状態は……」
アルフが小さく呟くのを聞きながら、三人で足元に居るラズに視線を落とす。
首を傾げてそれに応える彼の背には、塵怪の素材で作られた革の鞄が一つ。
思い浮かべるのは真っ黒に染まった塵怪のローブの内側。
「「「………」」」
しばらくの沈黙の後、最初にアルフが口を開いた。
「新しい塵怪を作る…あながち間違いではないかもしれないな…」
「…あぁ。」
「…そうですね。」
アルフの言葉に応えながらラズの前にしゃがみ込み、その背から鞄を取って地面に置く。鞄を挟んだ正面にラズ、両側にアルフとキリトが腰を落とし、全員で空の鞄を取り囲んだ。
アルフから残りの夜刻石を一つ受け取り、それを持つ手を鞄の中に入れる。
「そういえばリゼ殿はどうやって魔石を割ってるんですか?握り潰している訳ではないですよね?」
「……魔力を流して割ってますよ。」
「それも力技ではあるよな。」
三人で軽く言葉を交わしながら、鞄の中で小さく音がした。握っていた手を開くとそこには何も残されていない。
「あれ?欠片は…何処かに落ちました?」
「いえ、消えました。」
「消えた?」
鞄から手を抜いて事実を答えると、アルフとキリトが鞄の中を覗き込む。
だが、そこに目に見える変化は何もない。
そして、鞄の中身から目を離すことなくアルフが口を開く。
「…同じ塵怪の素材の中なら安定するかと思ったんだが違ったか?」
「ローブの代わりにはならないんでしょうか…まだ必要なものが何か足りないとか?」
「いや、魔力なら在る。」
「…⁈」
二人がこちらに視線を向けてくるのと同時に、再び鞄の中に手を入れる。
「魔石を割った途端に全部が溶けるようにこの中に収まった。今もちゃんとここに在る…が、安定しているとは言えないな。暫くしたら霧散しそうだ。」
現在、魔力探知機と化している自身の存在として分かっていることを伝えた。その上でどうするのかはアルフに丸投げで良いだろう。
彼の金色の瞳を捉えて小さく首を傾げると、アルフはそれを一瞥してから周辺に放置されたままの塵怪の布素材を流し見る。
そして、独り言のように呟いた。
「……かき混ぜてみるか?」
「………」
どこからその発想に辿り着いたのか不明だが、取り敢えず鞄に入れたままの自分の手を数秒見つめる。
そのまま、円を描くように鞄の中で手を動かしてみた。
「…っ⁈」
「リゼ?」
「どうしました?」
「………」
途端、生じた感覚の変化に少しだけ目を瞠りゆっくりと鞄から手を抜くと、アルフとキリトが不思議そうに尋ねる。
だが、何も言わずにじっと鞄から目を離さない様子を見て、二人も同じように鞄に視線を移した。ラズも真似をするように鞄に鼻先を近づける。
すると、鞄の中がゆっくりと黒く染まり始めた。
「お。」
「これは…」
「わぁ…」
その経過を見守ると鞄の底に完全なる闇が体現された。
全員でしばらく様子を見たが、これ以上の変化は無さそうだ。
そのまま、真っ黒に染まった鞄の中を覗き込む。
「……何だ?」
「「………」」
何故かアルフに左手、キリトに右手を掴まれていた。眉根を寄せて二人にそれぞれ問うように視線を投げる。
「いや、何と言いますか……」
「…素手を突っ込むつもりだったろう?」
「だったら何だ?」
「やめろ。」
「やめてください。」
「………」
両手を掴まれたままあっけらかんと応えると、即座に真顔で止められる。
どれだけ塵怪の靄の中に手を入れることに抵抗があるのだろうか。
興味深気に鞄の中を覗き込んだ途端にこれだ。
二人に手を掴まれたまま一緒に突っ込んでみようかと悪戯心が芽生えるが、結局小さく息を吐いて口を開く。
「…分かったから離してくれ。」
「「………」」
「大体さっき鞄の中で夜刻石を割ってかき混ぜてたんだ。今更だと思うんだが?」
「明らかに様相が違うだろ。」
「真っ黒じゃないですか。」
先程までは魔力として感じられていたところ、二人の目にも見えて分かる程の変化をした為、危機感を生じさせたようだ。
未だ離してくれない両手を一瞥してラズを見遣った。
それを受けた彼は木立の奥に駆けて行くと一本の長い枝を咥えてその場に戻ってくる。
ラズが持ってきた物を見て、やっと二人の拘束が解かれた。
自由になった手で枝を受け取り、躊躇うことなく鞄に突き刺すように入れる。
「へぇ。」
「…これ、成功でしょうか?」
「片鱗はあるな。」
既に枝が鞄の底を突き破っていてもおかしくない長さを入れているにも関わらず、ずぶずぶと闇に飲み込まれるように消えていく。
そして、見えている枝が半分程に短くなったところで止まった。
「…片鱗はありますけど、完全ではないですね。」
「足りてないんだろう。」
「………」
アルフとキリトのやり取りを耳に入れながら鞄から枝を抜く。
確かに、これでは「ちょっと奥行きがある鞄」だ。目指している「何でも入る鞄」には遠い。
だが、足りないと言うならばやることは分かる。
「じゃあ、足せばいい。」
斜め前方に視線を遣って軽く口端を上げた。
その様を見た二人がこの先を予想して頭を抱える。
「アルフ様…リゼ殿がまた遺跡の住人になってしまいます……」
「今も似たようなものだろ。」
「あ、そういえば魔力溜まりにご自宅がありましたね…」
そこでアルフが息を吐いて鞄を取り上げると、その場から立ち上がる。
「リゼ、やるのは良いが明日からにしろ。俺もやることができた。今日は帰るぞ。」
「ふむ…」
今日の雇い主から制止がかかった以上、大人しく従う。
実際、急いでいる訳ではない。
装備の確認と合わせて、案外簡単に実験が成功したのだ。
今日一日の収穫としては十分だろう。
同じようにその場から立ち上がると、アルフが重ねて言い聞かせる。
「あと、この鞄は俺が預かっとくから夜刻石を足すなら素材を持ってきて屋敷でやれ。ついでに協力してもらいたいことがある。いいな?」
「分かった。」
彼の言葉に同意を示して頷き、そのまま全員で遺跡を後にした。
後日、アルフの屋敷では魔石が割れる小さな音がしばらく鳴り止まなかった。
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