26
さらさらと霧散する魔力を何となく目で追いつつ、地面に転がる胴に風穴の空いた魔物に視線を移す。
その近くには別の魔物と対峙している背の高い男が一人。ライトグリーンの瞳が生き生きと輝いていた。
「………」
岩場に腰掛け無言でその様子を眺めていると、近づいて来たもう一人の同行者から声がかかる。
「キリトも問題なさそうだな。」
「あぁ。アルフはもう良いのか?」
「結構数をこなしたつもりなんだが?…あんなに嬉々として魔物をぶん殴ってる奴と比べるな。」
そう応えたアルフは金色の瞳に呆れた色を浮かべてキリトの方を見遣る。
そんな二人は今、出来上がったばかりの新しい装備に身を包んでいた。
それは御用聞きに訪れた際、アルフが思い出したように依頼してきたことに端を発する。
「リゼ、装備はどこで揃えるのが良い?」
いつも通り彼の書斎に赴くや否や、軽く寄越された問いに目深に被ったフードを脱ぎながら小さく首を傾げた。
「作るのか?」
「持っていても困らないだろう。」
「予算は?」
「上限はない。」
「………」
きっぱりと告げたアルフを一瞥し、視線を落としてしばらく思案する。
装備を作るのならば、優秀な装備屋の少女の物が確実だ。
そして、金に糸目を付けないのであればサーシャに全て一任するべきだろう。
彼女が必要とした素材は自分が揃えられるのだから、どうせなら最上級を目指してしまえばいい。
ならばとサーシャの元へアルフとキリトを連れて行った。
その際、何故か彼女は盛大に咽せたが、挙動不審だったのは最初だけで、事情を説明すればすぐに装備の製作を請け負ってくれた。
費用に上限もなく、使用する素材も求めれば問題なく手に入るというこの製作依頼はサーシャにとっても嬉しいものだったようで、採寸や要望の聞き取り時においても終始爛々と目が輝いていた。
その様にアルフとキリトが若干引いていたのだが、彼女は気付いていない。
その後はギルドに登録される多種多様な素材の納品依頼を淡々とこなしたのだが…
「…お前ら喧嘩でもしてんのか?」
「いや?」
「こんな容赦ないもんばかり要求してくるのが普通なのか…あの装備屋は……」
「………」
素材のラインナップを見たダンから、この機を境に完全にやばい奴認定されたこともサーシャは知らない。
そうして出来上がった装備の性能確認と、ある実験をする為、現在遺跡へ向けて同行している。
今はアルフとキリトが魔物の相手をしている間の「もしもの時のフォロー」を請け負っているのだが出番は無さそうだ。
初めこそ魔物との戦闘経験が浅いキリトは時々攻撃を受けたりしたものだが、あつらえた装備はかなりの無茶が効く代物である。
その身に傷が付くことはなく、少し惑うことがあってもアルフが上手く補っていた。
ある程度の数をこなした今ではキリト一人でも危なげなく処理できている。
だからこそ、もう彼の世話をする必要は無いと判断したアルフは側を離れたのだろう。
「「………」」
そして、自分の隣に腰を下ろしたアルフと共に、未だ魔物との戦闘に興じているキリトを二人して無言で眺め続ける。
金銭的な欲でも無く、怒りや恐怖でも無く、好戦的な訳でも無く、まるで大きな犬がただただ無邪気にじゃれて遊んでいるかの様な光景…
「(…なかなか狂気じみてるな。)」
そう思いつつ、岩場に腰を下ろしたまま魔法を展開する。勢いよくこちらに襲いかかって来た魔物は直後、霧散する魔力と化した。
「装備って凄いですね!リゼ殿が羽織るものだけでもちゃんとした方が良いっておっしゃっていた意味が分かりました。」
ようやく満足したキリトが軽い足取りで戻って来ると、弾む声で感想を述べる。
いつもの使用人然とした装いと違って見慣れないが、黒地でシンプルながらも活動的な装備はキリトによく似合っていた。
「よく冒険者の方が身に付けてるものの方が装備らしいというか…頑丈な感じしますけど、見かけによりませんね。」
「鉱物系と違って見た目で分かるものでも無いからな。ただ、基本的に強い魔物や珍しい魔物の素材は手に入りにくく、且つ加工も難しいと聞く。俺のもキリトのも装備としては最上級のものだろう。」
「アルフ様は何処かの騎士みたいですね。」
「何処のだよ…」
岩場に腰掛けたアルフを見下ろしながらキリトが言う。
剣は元々アルフが持っていたものだが、それ以外の装備はキリト同様、新しく作られている。
暗めの藍色を基調にした長めの羽織が団服っぽい印象を与えるが、こちらも華美な装飾は無くシンプルな見た目で、勿論、何処かしらの所属を示す物など何も無い。
アルフがキリトの言葉に応えながら自身の装備に視線を遣る。
「あの装備屋はあまり飾らないんだな。もっと、色々くっつけられるもんだと思っていたが…」
「まぁ、サーシャはあまり装飾を付けるタイプではないし、一つ一つの素材が良ければ別の物で補う必要も無いからな。」
サーシャの元に訪れた際、アルフもキリトも装備の見た目については特に言及していなかった。そうなると、完成品には作り手の嗜好とイメージが強く出る。
彼女が作るものは元々無駄のないシンプルな物が多い。好みもあるだろうが、何よりサーシャにはどのような素材であっても最大限に生かす腕がある。
それが上等な素材であれば、あれこれと付け足さなくても事足りるのだ。
改めてサーシャの優秀さに感心していると、キリトが気遣う様に尋ねてくる。
「強くて珍しい魔物ということは、リゼ殿も素材を集めるのが大変だったのでは?」
「いえ、特には。元々持ってたものもありましたし。」
実際、キリトが両手に嵌めている真っ黒な革のグローブは以前双刀熊に風穴を開けた右手に巻き付けた素材と一緒だ。
遺跡や異空間に出向いた際、素材を放って帰ることも多いが、良さそうなものはそれなりに回収して西の森にある自宅に溜め込んでいる。その中にサーシャの依頼に見合う物があれば提供していた。
勿論、今回の依頼を受けてから手に入れた素材もあったが、そこまで魔物に手こずった記憶はない。
淡々と応えるとキリトが不思議そうに首を傾げる。
「え?ですが、しばらくお屋敷にもいらっしゃいませんでしたよね?」
「あぁ、異空間に居ました。でも、素材の収集とは関係ないです。」
「…それは、えっと…ずっとですか?」
「ここ最近ずっとですね。」
「………」
「キリト、リゼは元々こういう奴だ。」
しばし黙り込んだキリトにアルフが声をかける。
確かに彼の言う通り、しばらくアルフの屋敷を訪ねていなかったのは事実だ。
だが、それは素材の収集とは関係なく異空間に通い続けていたから…要はずっと遊んでいた。
以前、魔石獣を探しに出向いた魔物のいない遺跡は異空間に力が入っているようで、なかなか骨のある固有種が多く、面白いのだ。
その遺跡にある鏡をしらみ潰しに攻略していたら、気付けばご無沙汰になっていた。
ただ普段から、御用聞きに訪れるとしてもそこに規則性は無く不定期だったはずだ。
今回は今までで一番長く間があいたというだけのこと。
「…いや、リゼ殿が楽しいならそれで良いんですけど…何というか、小動物が懐いてくれない…みたいな気分です…」
「キリトさんは動物に好かれそうですけどね。」
「そういうことじゃないだろ。」
アルフに軽くつっこまれながら、どこか残念そうなキリト眺める。
どうやら自分は何かしらの彼の期待に応えられていないらしい。
だが、誰に何を望まれようが、たとえ生死を握られようが、自分の行動は自分の意思にのみ沿う。
だからこそ、意地悪く笑みながら主張した。
「…改める気はありませんよ?」
「えぇ、存じております。どうぞ、リゼ殿はそのままで。私達が勝手にするだけですので。」
「おい、しれっと巻き込むな。」
キリトの言葉にアルフが面倒臭そうに顔を顰める。そんな二人を横目に軽く肩をすくませた。
キリトの目指しているものが何なのかは知らないが、阻害するつもりもない。結果それが相容れないものであれば、その時どうにかすれば良いだけなのだから。
そこで、岩場から腰を上げる。唐突に立ち上がった自分にアルフとキリトが視線を向けた。
直後、見慣れた黒い姿が目の前に降り立つと、腰元に寄り沿うように歩み寄る。その滑らかな毛並みを撫でながら声をかけた。
「おかえり、ラズ。」
同時に星屑の様な魔力が溢れるとラズは子犬に姿を変える。足元から見上げる彼に笑みを返した。
「ありがとうございました、ラズ殿。お陰様で動きは掴めました。」
「にしても、移動するのが面倒だからって大胆なことを…」
「目的が装備の確認で多様な種類との経験となれば、数をこなす分には一番効率が良いだろう。今日の目的がこれ一つでは無いしな。」
今いる場所は遺跡となった廃教会の周辺にある森の中だ。ラズはその遺跡の周りを彷徨く魔物を自分達の元まで誘導していた。
魔物にとって人間は餌だ。
存在を知らしめてやれば、わざわざ出向く必要もなく向こうからやってきてくれる。
「慣れている感じなのがな……」
「リゼ殿は遺跡とか異空間とかが好きなんですね…そういえば、対人はどうなんですか?鍛錬には付き合っていただきましたけど…」
ふと気になったのか、キリトがライトグリーンの瞳を向けて興味深げに問いかける。
それに視線を返しながら思い出すように口を開いた。
「好きではないですね。」
「好き嫌いの問題なんですか?」
「何が駄目なんだ?」
「力加減。」
「「………」」
応えた内容にアルフとキリトの言葉が一時途切れた。しばしの沈黙の後、アルフがキリトに向かって言う。
「キリト、こんなのと鍛錬してたのか?」
「私、下手したら首とんでました?」
「そこまで未熟なつもりは無いが?」
そんな二人のやり取りに軽く口を挟む。
実際、キリトから受けた鍛錬の依頼でそういう加減を間違えることは無い。
だが、危害を加えてくるような相手を無傷で生かしておきたいと思う程お人好しでも無く、まして手を汚すことなど今更である。
それでも加減を気にするのは単純に面倒だからだ。
「人間は感情が混じる分、私にとってはどうにも扱いづらい。その点、魔物の動きは謂わば奪うための最適解だ。遥かに強くて速いが単純で良い。何より勝手に消えてくれる。」
「あ、最初から後処理を考えるんですね…」
「まぁ、対人だからと言ってリゼが劣ることも無いよな。」
どこか微妙な表情で呟く二人を一瞥してから、先程まで腰掛けていた岩場に足を向ける。その先には置きっぱなしなったウエストポーチ型の鞄があり、それを徐に手に取った。
「…で?区切りがついたならこっちをどうにかしに行くか?」
「あぁ。」
「はい!」
鞄を掲げて問いかけると、アルフはその場から腰を上げ、キリトは一つ頷いて見せた。
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