24

辿り着いた先の小さな家で玄関扉を軽く数回叩く。

「はーい。開いてるから入ってちょうだい。」

扉の向こうから聞こえた承諾の声に従って

ドアノブに手をかけた。

開けて中を覗くが見える範囲に誰も居ない。すっと足元に視線を落として口を開く。

「…主は?」

「………」

尋ねた先には尻尾までふさふさのグレーの毛に覆われたねずみが三体。

姿形はそっくりだが毛色の濃さに差がある為、個体の区別はつく。

彼らは首を傾げてこちらを見上げ、続いて隣に居る子犬姿のラズを見る。

そして、問いかけに応じるように一斉に同じ方向へ駆けて行った。

「あらあら、待って。そんなに急ぎなの?」

コロコロとした笑い声と共に、先程駆けて行ったねずみ達に先導されて一人の老婦が奥の部屋から姿を現す。

急かされるままに出てきた彼女に、フードを脱いで軽く頭を下げる。

視線が合えば老婦は目を丸くして、口元に手をあてた。

「まぁまぁ、これは…貴方もしかしてギルド長さんに言われて来たのかしら?」

「あぁ。」

「ふふふっ。ギルド長さんから『人間になりきれていない人間を向かわせる』って言われた時はどういうことかと思ったけれど、言い得て妙ね。神秘的なお嬢さん。」

「………」

あの強面は一体どういう紹介の仕方をしているのか。加えて、そんな得体の知れない内容を受け入れて素直に待っていた彼女もなかなか肝が据わっている。

穏やかに微笑む老婦を眺めていると、三体のねずみが足元に駆けて来た。

そして、どこか得意げな様子でこちらを見上げる。

「呼んできてくれてありがとう。助かった。」

彼らに礼を告げると、嬉しそうに首を傾げてまた老婦の足元に駆けて行く。

先程から行ったり来たりしている三体を見ていた彼女が促すように部屋の奥を指す。

「いつまでも玄関口に居させては駄目ね。さぁさぁ、お嬢さんもお嬢さんの魔石獣さんも中へどうぞ。」

ラズと軽く視線を交わして、誘われるままに付いて行く。


案内された先で椅子に腰掛けると、甘く香ばしい匂いが部屋を満たしていた。

「丁度お菓子が焼けたのよ。甘い物は苦手かしら?」

「問題ない。」

「それは良かった。好きなだけ食べてちょうだい。」

そして、にこにこと出来立てのお菓子を目の前に差し出してくる。手に取って口に入れれば、くどすぎない甘さがじんわりと広がった。

「美味しい。」

「あら、嬉しい!」

素直に感想を口にすると、彼女は湯気の立つコーヒーカップを二つテーブルに置きながら向かい合わせに腰を下ろした。

それを見て、ポケットから取り出した小さな包みを渡す。

「長から預かってきた。間違いないか確認して欲しい。」

「ありがとう、ちょっと待ってね。」

そう言って包みを受け取り、中身を取り出す。銀粉が入った小瓶を掲げ、彼女は満足げに頷いた。

「大丈夫、合ってるわ。」

「そうか。」

これでダンからのお使いは一つ完了である。だが、彼から預かった紙に書かれていた依頼は二つあった。寧ろ、本題は残りの方だろう。

老婦が受け取った小瓶を脇に置いたのを確認して口を開く。

「…で、魔石獣を探して欲しいっていうのはどういうことだ?」

先程彼女が置いた小瓶の周りに集まっている三体のねずみ達を一瞥して問いかけると、老婦は察したように応える。

「あぁ、違うのよ。その子達も魔石獣だけど関係ないの。私の魔石獣はここに居る三体で全員よ。」

「……複数居ること自体が稀有だから、てっきり行方不明になった個体でも居るのかと思ったが…」

「それがあり得ないことはお嬢さんもよく知っているでしょう?」

「まあな。」

魔石獣を己の魔力で目覚めさせた以上、常に魔力でお互いが繋がっている状態になる。

どれだけ離れていても意思疎通は可能で、居場所を探すことくらい訳はない。

つまり、「探して欲しい」という依頼は似つかわしく無いのだ。

あるとすれば自力で帰れないような場所にいるから「助けて欲しい」や「連れ帰って欲しい」とかだろう。

魔石獣がそんな状況に陥ること自体、想像し難いものだが。

老婦は三体の魔石獣の頭を順に撫でながら付け足すように言葉を続ける。

「でも、自分以外で複数体の魔石獣が居る人に会ったことは無いわ。この子達は元々兄弟だったのだろうけど…」

「頻繁に起こり得る事態では無いな。兄弟で魔石獣になる事も、全員が同じ魔力を求める事も。」

そう素直に応えると、彼女も同意を示すように頷く。


魔石獣は元々、獣の骸の一部が自然の魔力に晒されて魔石化したものだ。

どういった骸が魔石化して、どのような魔力に晒されなければならないかは判明していない、未だ神秘の種族である。

その魔石化した骸の一部に魔力を流せば魔石獣として目覚めさせることができる。

魔法を展開する訳では無い為、ここに魔導士か否かの区別はない。

ただ、個体ごとに魔力の相性や必要な魔力量の条件があり、出会えるかどうかは完全に縁だ。

その数奇な縁に巡り合い、尚且つ複数体ともなれば、同様の人物に会ったことが無いのも当然だろう。


用意された香り高いコーヒーに口をつけ、先を促すように尋ねる。

「だったら、一体どんな魔石獣を探しているんだ?」

視線を上げて続きを待つと、老婦は穏やかに笑み、焼き立てのお菓子を摘みながら答える。

「…時々、呼ばれるのよね。」

「魔石獣にか?」

「ええ。でも、私の魔力と相性が良い訳でもないの。ただ、そこに居ることだけ伝わってくるのよ。」

「じゃあ、今回も呼ばれたから探して欲しいってことか…」

「そう。」

老婦はこくりと頷くと、摘んでいたお菓子を口に入れる。

どうやら彼女の魔石獣のみならず、彼女自身も特異な体質の持ち主だったようだ。

「よく言うでしょう?魔石化した骸が主を導いているとか、会いに行くとか。そして、実際も宝石を買ったら魔石獣だったとか、家の前にいつの間にかあった石が魔石獣だったとか…出会い方はとても自由。遺跡で見つかる事が多いのは事実だけど、どうにかして移動しようとしてるんじゃないかしらって思うの。」

「………」

老婦が魔石化した骸から、意味は分からずとも何かしらの意思を感じ取っている以上はあり得ないことでもないだろう。

特に何も言う事なく受け入れると、それを見た彼女が可笑しそうに笑った。

「ふふふ、お嬢さんは何も言わないタイプなのね。」

「………」

にこにことこちらを眺める老婦をちらりと見遣り、軽く肩をすくませる。

「…自分に不利益が無ければ誰が何を思っていようが構いはしない。」

「そういう考え方も良いわ。貴方にはとても似合う。」

「……面倒臭いだけだ。」

「ふふっ。」

そう穏やかに応えるところからして、彼女も別に誰にどう思われようと構わないのだろう。

他者との相違を気にするようには見えず、今までも寧ろ、尋ねては楽しんできたといった印象だ。

「それで?場所か方向は分かるのか?」

今回の依頼の意味合いを知ったところで、これからのことを確認する。

その問いかけに老婦はゆっくりと頷いた。

「ええ、この村の近くに遺跡があるの。今回はそこみたい。遺跡内まで案内できるわ。」

「遺跡内まで?」

「あぁ、お嬢さんはそこの遺跡は初めてかしら?ちょっと変わった…いいえ、遺跡に普通も何もないわね…」

彼女は遺跡の説明をしようとして困ったように笑うと、徐に腰を上げた。

「取り敢えず向かいましょう。知らない方がびっくりできるから。」

「そうか。」

玄関口に向かう老婦と彼女の魔石獣三体の後をラズと共に追う。


フードを目深に被り外に出ると、何故か村の子供が数人集まっていた。全員の視線が刺さる。

「あらあら、貴方達どうしたの?」

「冒険者見に来た!」

「見たことない人が来たから見に来た。」

「今日は何処に行くの?」

尋ねた老婦に子供達が矢継ぎ早に言葉を並べる。今までも同様の依頼で冒険者が彼女の家に出入りしていたのだろう。

村の通りを歩いてここまで来た見知らぬ人物を、好奇心の塊である子供達が放っておくはずもなかった。

「今日は近くの遺跡に行ってくるわ。貴方達はお家のお手伝いがあるでしょう?」

「うん…じゃあ、帰ったらお話ししてくれる?」

「勿論よ。」

手を振りながらあっさりと帰っていく様子を笑顔で見送ると、止めていた歩を進める。

「あの子達の為にとびっきりの冒険をしないといけなくなったわ。付き合ってくださる?」

「付き合うもなにも、依頼を受けてここにいるんだが?」

「今回、私が直前まで案内できるのは特別なのよ。いつもは遺跡に入らずに、方角と周りの風景とかを伝えて探してきてもらってるの。だから、それなりに時間もかかるのだけれど…」

これから向かう遺跡の特性から案内が可能なだけらしい。一体どんな遺跡なのか知らないが、黙って彼女と彼女の魔石獣達の後を付いて行った。


「……これは…」

「ね?驚いたでしょ?」

目の前に広がる景色は見通しの良い草原で、大きめの鏡がそこかしこに浮かんでいる。遺跡であることに間違いはないが、通常そこに居るはずのものが居ない。

「…魔物が遺跡内に発生しないのか。」

「そう。遺跡につきものの魔物がここには発生したことがないの。隠れる場所もないから一目瞭然でしょうけど。」

彼女の言う通り、遺跡には背の低い草が生い茂るばかりで視界を遮るものは何もない。魔物が居れば確実に一目で分かるだろう。

隙間なく生えた草を踏んで進む中、浮かんでいる鏡に視線を移すと記憶にあるものよりもどことなく枠の装飾が豪華な気がした。

「異空間の方に力が入ってそうだな…」

「その通りよ。聞いた話では、中が果てしなく広かったり、とても強い魔物が一体だけ鎮座していたりするらしいわ。」

周りの風景を眺めながら呟いた言葉に、前を歩く老婦が応えるとその足を止めた。

立ち止まった彼女に合わせて同じように足を止め、目の前にある大きな鏡を見上げる。

魔石獣の居るであろう場所が分かるのは老婦だけだ。ならば…

「この鏡の異空間に居るのか。」

振り向いた彼女がこくりと頷く。そこでようやく合点がいった。今回の件をわざわざダンから依頼されたことが不自然だったのだが…

「長…面倒臭がったな…」

「だと思うわあ。」

顔を顰めながら呟くと、朗らかな笑い声と共に同意の言葉が寄越される。

彼女は先程、今までは魔石獣の居場所を伝えて探してきてもらっていた為、見つかるまでに時間がかかると言っていた。

だが、今回は異空間に居るという。一度鏡の中に入って出てしまうと、一定期間そこには再び入ることが出来なくなる。

場合によっては想定以上の時間がかかるだろう。冒険者が依頼を受注し続けるかどうかも怪しくなる。

その過程を面倒臭がったダンが冒険者ギルドを通すことなく個人的な依頼としてお使いを頼んだ。

ギルド長でありながらその役割にこだわらない何とも彼らしい選択だ。

それが許されることなのかどうかは知らないが、こちらが気にすることでもない。

「異空間内に泊まり込めとでも言うのか、あいつ…」

受注されるとある種の確信を持って渡された依頼用紙を思い出しながら、ダンに嗜好を把握され始めている事に少なからず眉根を寄せた。

「そうよねぇ…やっぱり異空間で探し出すのは難しいかしら?」

「いや…」

老婦に応えながら鏡を見つめる。

それなりの準備は必要だが、異空間に滞在すること自体は別に構わない。ただ、それよりも確実な方法がある。


老婦に視線を移し、問いかけるように目を合わせた彼女に手を差し出す。

「とびっきりの冒険をしてみないか?」

「あらっ!いいの?」

差し出された手を迷うことなく握った老婦は、やはりかなり肝が据わっているようだ。

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