21

目の前にガラの悪い男が立ち塞がっている。隣にはその男を見上げる神秘的な容姿を持つ人物。

「おう、リゼ。帰ったか。」

「何の用だ?」

男の強面にも一切怯む事なく、彼女はぶっきらぼうに言葉を返した。リゼの腕に抱えられた黒い子犬が男をちらりと一瞥し、すぐに目を閉じる。

「ギルド内を微妙に混乱させておいて随分な態度だな。」

「…?」

「「………」」

慣れた様子で話を続ける男にリゼが僅かに眉根を寄せる。

二人のやり取りを聞き、キリトと無言で視線を合わせた。「微妙に混乱」になんとなく覚えがある。

男が呆れた顔で溜息を吐きながら、さらに言葉を続けた。

「俺が馬鹿ども引き摺って帰って来たらギルド内がソワついてやがってな。新人に聞けばお前が見たことない男を二人連れてギルドに来たかと思ったら、そのまま去っていったって言ってたぞ?」

「…それのどこが悪いんだ?」

告げられた内容にリゼが顔を顰める。確かに何もおかしな事はしていない。

利用する人の入れ替わりもある冒険者を相手にし、依頼人の出入りもあるはずのギルドにおいて、見たことのない男が二人連れられてくる事くらいよくあるだろう。

ただ、それをした人物が問題だった。

「お前のその無駄な存在感が悪い。」

「なら、どうしようもないな。勝手に騒いでいろ。」

揶揄うような笑みを浮かべながら男が言うと、関係ないとリゼが突き放す。なかなか気安い仲なのだろうか。

「…あの、リゼ殿。この方は…?」

「…ここのギルド長です。」

「え⁈」

遠慮がちに尋ねたキリトに視線をやり、リゼが淡々と応える。目の前にいるこのガラの悪い男がここのギルド長らしい。


一連のやり取りを眺めていた彼が静かに呟く。

「こいつらが『見たことない男二人』か…一体どういう…」

ギルド長が何かを探るように視線を落とすと、不自然に言葉を切った。

途端に周囲の空気が緊張感を帯びる。

「お前か…」

「…⁈」

ギルド長の声音が凄みを増し、反射的に身構えた。キリトも同様に臨戦体勢をとる。

ギルド長がその視界に捉えていたのは真っ赤に染まった契約の魔導石。

しばらく黙ってそれを睨みつけていたかと思えば、眼光の鋭さをそのままにこちらに視線を移す。

「護衛が要るようには見えねえが?」

「………」

どこまで知っているのか知らないが、リゼから何かしらの話を聞き出しているようだ。

今にも殴りかかって来そうな雰囲気を纏う男を冷静に見返す。

その反応に何を思ったか、ギルド長が僅かに口端を上げた。

「護衛が欲しいならこんないつ噛みついてくるかも分からねえ奴より、もっとちゃんとしたの雇えばいいだろ?」

「………」

ドスの効いた声が耳に届く。

ギルド長の言うようにリゼの存在は得体が知れない。

契約の魔導石で生死を握っていると言っても、彼女が本気で歯向かおうとするならば無事ではいられないだろう。

だが、ちゃんとした護衛など初めから求めていない。

刺すような視線から一切目を逸らすことなくはっきりと告げる。

「リゼの他は要らない。」

「………」

譲るつもりのない態度に今度はギルド長が黙り込む。

顔を顰めて、小さく舌を打つ音が聞こえた。不意に彼の視線が隣に落ちる。

「…おい、リゼ。何だその冷めた目は。」

ギルド内全ての空気が凍りついていた中で、たった一人だけ別の場所にいるかのように平然としていた存在が冷めきった表情を向けていた。

「いつも通りだ。」

「「………」」

彼女の返事に納得して良いものかどうか一瞬迷い、確かにいつも通りだと納得するしかない結論に至って、二人して無言になった。


緩んだ雰囲気にも気を留めることなくリゼが口を開く。

「…で?何の用だ?こんな茶番だけの為に足止めしたとでも言うなら蹴り倒すぞ。」

「…リゼ殿。」

「…過激だな。」

いつにも増して口の悪いリゼにキリトと共に苦笑を溢す。

ギルド長は白髪混じりの短髪を掻きながら、諦めたように軽く息を吐いた。

「…ったく、機嫌悪いのか?昼飯でも食いっぱぐれたか?」

「遺跡で肉を食べたからそれはない。」

「だから何で遺跡で肉なんか食ってんだよ…」

「あ、やっぱりおかしかったんですね。」

「まぁ、そうだろうな。」

キリトと交わした会話に、ギルド長の視線が被害者を見る目に変わる。

「…あー、お前ら…えっと…」

「アルフだ。こっちがキリト。」

「俺はダン。好きに呼べ。とにかくだな…アルフ、キリト、遺跡は呑気に飯食う場所じゃねえからな。」

「分かってる。」

「はい。」

「………」

念を押すように言うギルド長…ダンへ頷いて返す様を、リゼが何も言わずに眺めていた。

魔物を倒した直後に別の魔物が突っ込んでくるような所で悠長に食事などできるはずもなく、やろうとも思わない。

それをリゼが当たり前のようにやっているのは、その対策を同時に行っているからだろう。

魔力溜まりの中に魔力溜まりでない空間を作るような存在だ。彼女がやりたいことをやる為に自身の力を際限なく使っているから可能なのであって、決して一般的ではない事くらい分かる。

「(…まぁ実際、抵抗なく受け入れて呑気に食事したあたり感覚がずれてきているのは事実だが…)」

隣にある薄く紫色に光を反射している銀髪を見下ろす。


そんなやり取りの後、リゼが不機嫌さを隠すことなく改めて催促した。

「長。」

「…へいへい、そう生き急ぐなよ。用ならある、ほら。」

そう言いながら、ダンがポケットから小さな包みと折り畳んだ紙を取り出してリゼに渡した。彼女が紙を広げて視線を落とすところに、ダンが更に言葉を続ける。

「ちょっとお使いしてきてくれ。報酬は向こうで貰えばいい。」

「………」

リゼが紙面から顔を上げ、ダンの方を一瞥すると小さく息を吐いた。そのまま受け取った包みと紙をポケットに押し込む。

どうやら、お使いの依頼と受注が成立したようだ。

それを満足そうに眺めていたダンがリゼの持つ袋に目を遣り、手を伸ばした。

「それ、双刀熊だろ?相変わらず加減を知らねえな。」

差し出された手に毛皮を詰め込んだ袋を素直に渡すと、リゼは持っていたもう一つの袋に手を入れた。

「ん。情報提供料だ。」

「あん?」

彼女が取り出した物を突き出すと、ダンは怪訝な表情を浮かべながらそれを受け取る。

「何だこれ?」

「魔物肉だ。」

「……あぁ、なるほどな…」

受け取った魔物肉と袋に目一杯詰め込まれた毛皮を見比べて、今日のリゼの行動に大体の予想がついたのだろう。ダンが呆れた声音で呟きながら納得したように頷いた。


完了報告を終えギルドの建物を出てから、リゼが双刀熊の魔物肉が入った袋をキリトに渡す。

「どうぞ。」

「あ、はい。ありがとうございます!」

嬉しそうにそれを受け取るキリトを眺めながら、彼女が続けて口を開いた。

「それと、一つ提案なんですが…」

「はい?」

「…?」


…そう言われて連れてこられた建物の扉をリゼが抵抗なく開ける。

「いらっしゃいま……少々っ!少々お待ちくださぁい!店長ーー!」

「…常連か?」

「いや、二回目だ。」

「あの反応で…?」

リゼと目が合った瞬間、全てを察したが如く駆けて行った店員に、てっきり頻繁に通っているのかと思ったが違うようだ。

しばらくすると、がたいの良い元気な男が厨房から出てくる。

「嬢ちゃん、待ってたぞ!持ち込みか?」

「あぁ、頼む。」

そう言って、リゼがキリトの方に視線を流した。それを受けて、キリトが先程納品されたばかりの魔物肉が入った袋を差し出す。

中身を確認した店主が首を傾げた。

「解体済みか?何の魔物だ?」

「双刀熊だ。大型だからな、遺跡内で解体して来た。」

「双刀熊⁈ありゃあ、毛皮しか無いもんだと思ってたぜ。」

魔物肉に詳しいのだろう店主は、ある程度魔物の種類についても把握しているようだ。

好奇心を湛えた目を輝かせながら袋を覗き込んでいる。

「よし!早速手をつけたいんだが…三人分か?」

「いや、こっちの二人分だ。私達は帰る。」

「えっ⁈」

「は?」

「ん…?」

思ってもいなかった言葉にキリトと共に声を上げると、リゼは足を止めて疑問の目を向ける。彼女に抱えられているラズも同様に顔を上げた。

その様子にキリトが問いかける。

「食べていかないんですか?」

「何でですか?」

「何で…?…えっと、双刀熊の魔物肉を食べたくて、あそこまでこだわっていたのではなく?」

彼女はきょとんとした表情のまま、首を傾げた。そこで思い至る。

「…リゼ、もしかして双刀熊にこだわっていたのは魔物肉を手に入れる方法が知りたかっただけか?」

「そうだが?」

当たり前だろうとでも言うようにあっけらかんと肯定される。

つまり、彼女は魔物肉に興味などなく、キリトへそれを納品した時点で依頼は完了した為、帰ろうとしているということだった。

リゼにとっては自身の興味が先に有り、ついでにキリトからの依頼と、更についでにギルドからの依頼をこなしたに過ぎない。

だからこそ、自分の欲が満たされた今、ここに残る理由など彼女にはなかった。


「………」

キリトもその結論に辿り着いたのだろう、しばらく呆気に取られていたが、気を取り直したように口を開いた。

「リゼ殿も食べましょう!今日の見学料です!」

「…⁈」

有無を言わせずリゼの背を押して連れてくる。

「アルフ様。」

「………」

…キリトの目が逃すなと言っている。

小さく溜息を吐いてリゼの手を取り、キリトに向けて振った。

それを見て満足そうに頷くと、店主の方を振り向く。

「三人で!」

「…お、おぉ。」

一連の流れを見守っていた店主が戸惑いながらも了承を示す。

「それと、調理方法に興味があるんですけど見せてもらうことってできますか?」

「おっ!兄ちゃんも魔物肉にはまったクチか?そりゃいい!来い来い!」

「ありがとうございます!」

「………」

店主と連れ立って店の奥に入っていったキリトの背を見送りつつ、辺りを見渡す。

そのままリゼの手を引いて適当なテーブルに向かった。

彼女は特に抵抗することもなく素直に後をついてくる。


「…終わったから帰ろうと思っただけなんだが。」

「あいつにとっての終わりは、リゼを含めてあの魔物肉を食べるところまでだ。付き合ってやれ。なんなら、追加で報酬でも要求すればいい。」

「いや、それは別に要らない。」

彼女は報酬にもかなり無頓着だ。

求め続けなければ繋がりなど途端に切れてしまいそうな存在だと、改めて思う。

「(…だとしたら、本当に不思議だ。)」

「…?」

リゼを椅子に押し込むように座らせ、その姿を見下ろした。夜空の瞳が尋ねるように視線を返す。

それを数秒無言で見つめ、彼女の隣に腰掛けた。

「(…契約の魔導石を受け入れてまで、俺の側に残る理由は何だ?)」

自分から求めた存在とはいえ、あまりにも理由が分からず、どこか不安になる。

かといってそれを知ってしまうと、リゼとの関係は潰えるような気がしていた。

黒い子犬の毛並みを撫でながら待つリゼを、机に頬杖をつきながら眺める。

…そこで、ふと思い出した。

これまで感じた印象で、あれはあまりにも彼女に似つかわしくなかったということに気付く。

「(…目…いや、目の色か…?)」

白の遺跡でリゼと初めて会った時、星が瞬く夜空の瞳と金色の瞳がかち合うと同時に、彼女の表情が僅かに強張った。

今思い返してみると、不自然さが際立つ。

「………」

「………」

無言で見つめられていた事に気付いたリゼが、それを見つめ返す。

そういえば、彼女はあまり目を逸らすことが無い。逸らしたら負けだとかいう野性味溢れた考え方をしている訳でもないだろう。

ならば、単純に癖か…もしくは…


「…え?…お二人とも…何で睨みあってるんですか…?」

「「………」」

しばらくして、魔物肉料理を携えて戻ってきたキリトの疑問の声が落ちる。

睨みあっていたつもりはないのだが、思考に沈んだまま見つめていた自分といつも通り冷め切った表情でそれを見返していたリゼの様子は、側から見たら不穏だったようだ。

何でもないと軽く手を挙げると、少し不思議そうな顔をしながらキリトもテーブルについた。

三人で目の前に並んだ双刀熊の魔物肉料理に手を伸ばす。

「「「…!」」」

本来の体格とは似ても似つかないサイズとなった小さな魔物肉は、全ての旨味をそこに凝縮したかのように非常に美味だった。

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