20
「…‼︎っ美味しい!魔物肉って、こんなに美味しいものだったんですね!」
しばしの放心状態から抜け出たキリトが感動の声を上げる。
彼が口にしているのは、先程ラズが仕留めた一角牛だ。
魔物肉にあまり馴染みのない者達の間でも、名前だけは知られている代表格の一つである。
「…リゼ、調味料使ってたか?」
同じく初めて魔物肉を口にしたアルフが尋ねる。
「最初から最後まで見てただろう?使ってたと思うか?」
「…だよな。」
そう言いながら、新しい串に手を伸ばす。
不味い訳ではないのだろうが、先に疑問が口をついたようだ。
「魔物肉はそういうものだ。魔物の種類によって違いは出るがな。」
「不思議ですね…きちんと味付けされてるなんて…」
まじまじと肉の刺さった串を眺めながらキリトが呟く。
魔物肉は普通の獣や家畜の肉とは違って何故か調理されたかのように味がついており、それが絶妙でかなり美味しい。
その為、ある屋台の店主のように魔物肉の熱烈なファンになる者もいれば、逆に気味悪く思う者もいる。
そこは個人の趣味嗜好に左右されるが、遺跡に慣れた冒険者界隈では好まれる方だ。
「あっ、どこかで食べたことあると思えば、前回の騒動があったパーティの肉料理に似てます。」
「あぁ…」
キリトの言葉に当時を思い出して納得する。確か、雇い主であるアルフを放ってキリトと二人で食べた料理だ。
「(果物ベースのソースがかかった柔らかい肉だったはず…)」
そう思いながら最後の一欠片を口に入れ、手元に魔法を展開する。
現れた三つのグラスを冷水で満たし、アルフとキリトに差し出した。二人とも礼を言いつつそれを受け取る。
「リゼ殿の荷物が極端に少ないのは、こういうことなんですね。」
「地図無しに加えて、帰ることを考えてなさそうなメチャクチャな進路をとってたのもこういうことか。」
「………」
グラスに口をつけながら勝手に納得している二人を無言で眺め、自分のグラスを呷る。
普通は遺跡に入る場合、それなりの準備物がある。今回アルフとキリトは見学ということでしっかりした探索用のものは持ってきていないが、依頼受注者が同様に荷物が少ないことが不思議だったらしい。
実際、必要な時に必要なものがあれば事足りる。
その為、何でもかんでも転移させていた。それをできる力があるなら存分に使えば良いだけだ。
進路についてはラズが得意とするところで、加えてこれも転移魔法でどうとでもなる。最早、迷子など問題にならない。
「…まぁ、何でも入る鞄が欲しいと思ったことはあるがな。」
「「何でも入る鞄?」」
ぽつりと呟いた言葉にアルフとキリトの声が重なる。
今より荷物の多かった時期を何となく思い起こしながら、軽く首を傾げた。
「塵怪って、知ってるか?」
「魔物か?」
「あぁ、通称『盗み人』…こっちの方が馴染みがあるかもしれないな。」
「あ、それなら聞いたことあります。」
それがどうしたのかと先を促す視線を受けながら言葉を続ける。
「塵怪は黒い靄にローブを纏った魔物で、奪った物をその靄の身体に仕舞い込むんだ。倒せば塵怪が今まで盗んだ物も残るんだが、一度、倒す前はどうなってるのかと思って手を入れてみたことがあって…」
「おい。」
「わぁ…」
反応せずにはいられなかったのか、軽くつっこまれる。
あの時の自分は完全に興味本位でやっていたが、思ったところで実行する人間がどれほどの数いるだろうか。
「…で、深く手を入れても突き抜けることはなくて、代わりに掌に何かが当たる感触があったから掴んで引き抜いてみた訳だ。」
「「………」」
あり得ない状況を淡々と語る様子に若干引きつつも、二人は黙って続きを待つ。
「…出てきたのは回復薬で、どうやら靄の中の盗んだ物は出し入れが可能らしい。連れ歩けたら便利だなと思ったことはある。」
「発想…」
「…リゼ殿、塵怪のことを『何でも入る鞄』って言ってたんですね…」
なかなか厄介そうな魔物を鞄呼ばわりしている。実際、荷物持ちにそんなもの連れ歩いていたなら大騒ぎされるだけでは済まないだろう。
「さて…」
くだらない雑談を切り上げ、軽く身体を伸ばす。そのまま、隣に置いていた袋に視線を移した。
中身は双刀熊の毛皮である。現在までに狩った双刀熊の中で毛皮を残した個体のものを全て詰め込んで、なかなかの厚みになっていた。
因みに、キリトが風穴を開けた個体は毛皮を残している。勿論、その素材はキリトのものだ。
同じように袋を眺めていたアルフがキリトに問う。
「あれ、どうするんだ?」
「そうですね…クッションカバーにします!」
「「………」」
双刀熊の毛皮もそれなりに良い素材のはずだが、なんとも贅沢な使い方だ。人のことは言えないかもしれないが。
しばらくの休憩を終え、辺りを片してから魔物肉探索を再開するべく立ち上がる。
「…双刀熊の魔物肉は難しいかもな。」
「リゼはどこで双刀熊の魔物肉の話を聞いたんだ?知ってる奴が居たんだろう?」
「あぁ、長……ギルド長から聞いた。」
「ギルド長…なら、情報としては確かか…」
アルフは双刀熊の魔物肉が手に入るという話そのものが、偽りである可能性も視野に入れていたのだろう。
だが、情報源がギルドの現場トップである以上、偽りの可能性はかなり低い。
遺跡や魔物に関する事でギルドが軽々しく嘘の情報を流せる訳が無いのだから。
「どう言ってたんだ?」
「…ここら辺では無いようだったが…ある冒険者達が双刀熊を持って帰って来て、その双刀を砕いた事を自慢気に話していたらしい。解体後は小さくなった魔物肉が手に入ってた…とか。」
「………」
アルフの問いに、ギルド長の話を思い起こす。それを無言で聞いていた彼がしばらく考えてから口を開いた。
「…刃を砕く…じゃないのか?」
「あぁ…確かに…」
「すごくそれっぽいです!」
アルフの言葉にキリトと共に同意を示す。ギルド長の記憶にある状況と相まって、非常に可能性が高そうだ。
「試してみるか…」
そう言ってラズに視線を移し、彼と並んで歩き出す。その後ろに二人も続いた。
向かった先には双刀熊が居る。ラズとアルフ、キリトをその場に残して軽い足取りをそのままに、さくさくと双刀熊に近付いていく。
気付いた双刀熊が襲い掛かってくるのを捉えつつ、短剣を抜いた。
攻撃をいなしながらタイミングを計る。
「(取り敢えず…一つ…)」
構えた短剣で片方の刃を砕き、空いている片手で魔法を展開して胴を貫いた。
抜き身の短剣を仕舞いながら霧散していく魔力を見て軽く息を吐く。
「…違うか。」
「毛皮だな。」
合流したアルフとキリトが同様に霧散していく魔力を目で追う。
労する事なく砕かれた片方の刃を見つめながらキリトが口を開いた。
「リゼ殿、刃を砕いたら自慢できるんですよ?」
「……すごいだろー?」
「「………」」
誇るつもりなど全くない態度と台詞にかつての冒険者達は形なしである。
最早、喧嘩でも売っているようだ。見たことすらない相手に二人が同情の色を浮かべた。
それに構うことなく手を伸ばす。
「仮に刃を砕くことが条件とした場合、左右の順番とかか?」
残された毛皮を拾い上げながら、次の事を思案する。
「同時ということもあるな。」
「同時…か…」
「同時っぽいですね…」
アルフの見解にまたもキリトと共に同意を示した。
魔物肉の存在がここまで希薄なのだから、条件としては偶然があまり生じない内容のはず。
硬い刃を砕く行為に加えて、それを同時に行う事はそこまで頻繁に起きないだろう。
「少しの誤差は許されるんでしょうか?」
「…話に出てきた冒険者がどれほどの実力者か知らないが、それなりに許容範囲はあるんじゃないか?」
「まぁ、同時は同時だろう。それを目指せば『それなりの許容範囲』には収まりそうだ。」
そう言いつつ、しばらく無言で俯く。続いてアルフを見上げた。気付いた彼がそれを見返す。
「何だ?」
「それ、借りても良いか?」
「あ?」
指差す先にはアルフの腰に提げられた長剣。彼は一度、自身の剣に視線を落としてから再び黙ってこちらを見遣る。
その様子を眺めてから、再度口を開いた。
「大事な物なら無理は言わない。」
「…そうじゃなくて、使えるのか?」
「身長的に…合ってはいないですよね…」
確かめるようにアルフとキリトに見下ろされる。決して小柄な体格ではないが、男で背の高い二人とは比べるまでもない。
アルフの持つ長剣も彼用に作っているのだろう。長さも重さもアルフに合うようになっているはずだ。
「私は問題ないが、剣の安否が気にかかるならやめておこう。」
「いや、良い。使え。」
「そうか、ありがとう。」
扱いに支障がない事を伝えると、アルフが剣を差し出した。それを受け取ってから次の目的地を目指して歩を進める。
「…やっぱりリゼ殿には長そうですけど。」
「問題ないって言うんだから、問題ないんだろ。」
長剣を持って歩く様を心配そうに眺めるキリトにアルフが応える。
それを聞き流しながら前方に視線をやると、本日何体目かの双刀熊である。
借りた剣を鞘から抜き取り片手で軽く振る。
「(…なかなか良い剣だ。双刀熊程度ならこのままで大丈夫か。)」
抜いた鞘をどうしようかと思った時、横からアルフに回収された。
さっさっと行けと目が言っている。彼も結構興味があるらしい。
何度繰り返しただろうか、今までと同じように双刀熊の元へ歩み寄り、今までと同じように見送られ、今までと同じように双刀熊が襲い掛かってくる。
だが、今回は自慢の双刀を同時に砕かなければならない。
長剣を難なく扱いながら「その瞬間」を誘導するべく立ち回る。
「(…同時。)」
目指すのはその一点のみ。幾度となく振り下ろされる刃を剣で弾き、受け流す。
「(…いける。)」
攻撃をいなした先で双刀が並んだ。そこを躊躇う事なく一閃する。
「…お。」
「あ。」
アルフとキリトの声が微かに耳に届いた。
砕くというより叩き切られた双刀の刃が宙を舞う。
怯んだ双刀熊をそのまま蹴り倒し、剣でとどめを刺す。
「………」
見下ろす先の双刀熊は、霧散する事なくその姿を残した。
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