19

扉を潜った先には様々な装備に身を包んだ冒険者達が居る。

訪れたギルドでは既にピークの時間帯は過ぎているはずだが、ある程度の人数がまだ残っていた。


足を踏み入れ、その場に居た者から一度投げられた視線は外される事なく後ろに流れる。

そんな周囲の様子を視界の隅に捉えながら一直線に向かう先で、高い位置で括ったポニーテールが揺れていた。

「お嬢。」

「あっ、リゼさん!納品で…す…か…?」

ギルド受付担当に声をかけると、ぱっと振り向いた彼女の元気な声が徐々に消えていく。

「…『お嬢』?」

「冒険者ギルドってこんな感じなんですね。」

受付担当の視線の先には軽く疑問を投げてくるアルフと、ラズを抱えたまま辺りを見渡すキリトが居た。


側にいる二人の姿を一瞥し、呆けたままの受付担当に再度声をかける。

「…お嬢。この間の依頼、まだあるか?」

「…え?…あ、はい!えっと、双刀熊ですか?」

「あぁ。」

周りの物言いたげな視線に構う事なく、さっさと要件だけを述べた。


取り敢えず仕事をしなければと思考を放棄した受付担当は、既にプレゼン済みの依頼用紙を探す。

「これですね!…って、えっ⁈もしかして、受注してくれるんですかっ⁈」

「ついでができた。」

「本当ですか!ありがとうございます!」

「礼ならこっちだ。」

「へ?」

唐突に指名されたキリトが声を溢し、疑問の表情を向ける。

「ありがとうございます!」

「えっ⁈いやっ…あの…ど、どう…いたしま…して…?」

歓喜に満ちた受付担当にキリトの戸惑いは関係ないようだ。


勢い良く頭を下げて元気にお礼を言う彼女にキリトは為す術なく流された。

「…何故キリトに礼なんだ?」

「魔物肉の納品依頼がなければ私はここに来ていない。」

「あぁ、なるほど。」

尋ねるアルフに簡単に答え、後はいつもと同じように受付担当にカードを渡して受注手続きを終える。


そのまま、二人を連れて淡々とギルドを後にした。

「…え?…結局誰だったの?」

仕事の為に思考を放棄していた受付担当が我に返って呟いた言葉に、その場に残された全員が内心で同意していた。


「あの、いつもこんな感じなんですか?」

街通りを進む途中、キリトが周囲の視線を気にしながら聞いてくる。

問われた内容に少しばかり記憶を辿った。

風に流れる薄く紫を纏う銀髪をそのままに、首を傾げる。

「…どうだったか…最近はそうでもなかったと思いますけど…」

「曖昧だな。」

はっきりしない回答にアルフが口を挟む。

この街に出入りするようになった時は大抵二度見されていた気もするが、周りに大して興味も無い上に逐一投げられる視線を気にする程、繊細な神経は持ち合わせていない。

尾行されている訳でも殺気を向けられている訳でもないのだから、ほぼ無意識に流していた日々で全く印象に残っていなかった。


「あまり気に留めてこなかったからな。今日は私が二人を連れているこの状況が目を引くんだろう。」

普段は一人で行動しているのだ。

ここで誰かを連れ立って歩く事など、装備屋の少女以外では初めてのはず。

「…で?本当に付いて来るのか?」

晩餐の遺跡に向かう為に進めていた足を止めて、前方に見える馬車に一度視線をやりつつ二人に問う。

「あぁ。」

「是非!」

「今回だけか?」

「「………」」

迷いない返答を寄越した後、無言で目を逸らすアルフとキリトを見て軽く息を吐く。

どうやら、今回限りではなさそうだ。


再び馬車のある方向へ歩きだしながら少し考える。

「…それなら、羽織る分だけでもちゃんとした装備の方がいいと思うぞ。」

「えっ⁈良いんですか⁈」

「…断らないんだな。」

てっきり今回限りだと言われるつもりでいた二人が驚いた声音で言う。

「別に同行を拒絶するつもりは無い。好きにしろ。ただ、それなりの自衛はあった方が楽だ。」

今日はキリトの魔物肉納品依頼にアルフが同行を希望し、それにキリトも手を挙げたことから二人と一緒に街に出てきた。


どこで培ったのかは知らないが、アルフもキリトも戦闘技能は高い。

アルフに至っては、素材の調達で何度か遺跡にも足を踏み入れた事があるらしい。

それでも確実なことなど存在しないのが遺跡だ。

これからも訪れるつもりならばきちんと装備を準備した方が良い。今の二人は普段着だ。耐久性など皆無だろう。


「まぁ、素っ裸で付いて来ても傷を負わせるつもりはないがな。」

「リ、リゼ殿…」

「…頼もしいが、お前…例え…」

言い放った言葉に、アルフとキリトが揃って微妙な顔をする。

そんな二人を横目に晩餐の遺跡に向かうべく馬車に乗り込んだ。


しばらく馬車に揺られて、さらにしばらく歩いた末に、ようやく目的地が見えて来た。

「晩餐の遺跡は森林なんだな。」

目の前に見える遺跡を見てアルフが言う。その声を聞きながら、ポケットに手を入れた。

取り出したのは透明な魔石。

その場に立ち止まって魔石を握る。数十秒たってから手をひらくと、透明だった魔石が水色と金色にはっきりと色付いていた。

「その魔石、必要物資として先日アルフ様からいただいていたものですか?」

「そうです。」

アルフと共に手元を覗き込んでいたキリトの問いに応えつつ、再度、色の変わった魔石を握り込む。

掌の中で小さな音が鳴った。


「ん。」

三つに割れた魔石を確認して、それを一つずつアルフとキリトに渡す。

「私と遺跡に入る時は必ずこれを持っておけ。異空間と分断される訳にはいかないからな。」

「異空間に用があるのか?」

「いや、不可抗力用だ。」

その言葉に疑問の目を向ける二人へ続けて応える。

「地面に出現している鏡を気付かずに踏んだ時用だ。」

「…踏んだのか?」

「踏んだな。」

「分かった。」

理解した二人が渡された魔石をしっかりと握る。


遺跡内の異空間に複数人で入る場合は、鏡面に触れる者と接触するか、同じ物を持っておく必要がある。

気付かずに鏡を踏むこともあり得るのだから、元々一つの物を分割してパーティ全員で所持することが一般的だ。

「分けられる物ならなんでも良いが、それなら区別もつきやすいだろう。」

三分割した魔石の内の一つをポケットにしまいながら言う。

「まぁ、他に無いな。」

「色が変わった状態で割ると染まったままになるんですね。やっぱり綺麗です。」

アルフは未だに納得し難い表情で魔石を日の光に翳し、キリトは嬉しそうに魔石を日の光に翳していた。

思う所は違うようだが、動作が同じだ。


そんな二人の様子を一瞥し、遺跡の方向へ再び足を向ける。

それを合図にずっとキリトに抱えられていたラズが地面に降り立ち、その姿を変える。

腰元に寄り添う彼の滑らかな毛並みを撫で、歩を進めた。


遺跡に入ると、立ち並ぶ木々に紛れて時々鏡が見える。

「キリト、前も見ろ。鏡に突っ込むぞ?」

「え?わぁっ!」

「………」

…早速、異空間にとばされるところだった。

先程の鏡を踏んだ話の印象が強いのか、足元ばかりに気を取られていたキリトが目の前に浮いている鏡に声を上げる。

遺跡内の探索経験がそれなりにあるアルフと違い、キリトはまだ勝手が分からないのだろう。

こればかりは場数を踏んでもらうしか無い。


そんなキリトの様子を気にしつつ、アルフが尋ねてくる。

「狙いはあるのか?」

「双刀熊だな。」

「冒険者ギルドでおっしゃっていた魔物ですね。」

「はい。ただ、手に入るかどうか…」

そこで曖昧に言葉をきると、先を促すように金色の瞳が見下ろす。それを見返してから、進行方向を右に変える。


「…双刀熊の素材は毛皮らしい。魔物肉を手に入れるには、個体差か、条件がありそうだ。」

「方法が分かってないのか。」

「あぁ。」

「そうなんですね。では、どうしま…」

そこでキリトが前方に見える魔物の姿に気付いて口を噤んだ。魔物もこちらの気配に気付いて顔を向ける。


キリトが視線を目の前の人物に移そうとして言葉を溢す。

「あれ?リゼ殿?」

先程まで薄く紫色を纏う銀髪が揺れていた場所に本人の姿がない。代わりに目が合ったのは、彼女の隣に居た漆黒の狼。

「あっちだ。」

アルフの声につられて再度前方に顔を向けると、丁度、魔物に短剣が突き刺さるところだった。

「あっ!見逃しました!」

「魔物が攻撃の動作に入る瞬間には動いてたからな。」

そう言いながら、前に歩を進めるアルフにキリトも続く。


足元に倒れ込む双刀熊はその両腕に鋭利な刃を持つが、今はその部分から最初に魔力が霧散し始めていた。

その様子を眺めながら言う。

「やはり毛皮か。」

「どうするんだ?」

「取り敢えず、数をこなすつもりだが。」

「…力技だな。」

「…ですね。」

個体差があるにしろ、条件があるにしろ、ある程度見てみないと分からない。


その間に魔物肉が手に入ればそれでいい。何か気付くことがあればそれでもいい。

何も収穫がなければ別の魔物肉を手に入れるまでだ。

キリトから種類の指定は無い。双刀熊にこだわっているのは、自分の意思のみである。

足元にある毛皮を拾い上げてから次に目指す方向へ足を向けた。


「………」

振り下ろされた二つの刃をまとめて蹴り上げる。刃が当たった箇所は装備に守られ、傷一つ付かない。

露わになった懐にすかさず短剣を深く突いて一直線に薙いだ。

「…あのフィジカルの強さは憧れますね。加えてそれに胡座をかかない洗練された技術に惚れ惚れします。」

「良かったな。見たいものが見れて。」

「はい!」

素材を残すことなく霧散した双刀熊から視線を外し、アルフとキリトが言葉を交わすところに合流する。

キリトはどうやら魔物との戦闘に興味があるらしく、羨望の眼差しを向けた。


「リゼが老白樹の群れに突っ込んで行った時も、見えなくなるまで追ってたからな。」

「そこまでか?」

「動作がとても綺麗です!魔物との戦闘は何度か経験あるんですけど、避けることはできても倒すことはできないんですよね。」

キリトは以前、魔物相手には火力不足だと言っていた。

羽兎程度ならわし摑めばいけそうな気がするが、大物になるほど対抗手段も重要になってくる。

「(…使い方次第か。発想はどこまでも自由に…)」

「リゼ殿?」

無言でキリトを見つめていると、ライトグリーンの瞳が問うように向けられた。

しばらく考えてから手元に魔法を展開する。そこに現れたのは、一枚の真っ黒な革。


「手、出してください。」

「え?あ、はい。」

突然の要求に戸惑いながらも、キリトが素直に右手を差し出した。

そこに先程転移させた革を巻き付けていく。

キリトは何が何だか分からず、されるがままだ。右手全部を包むようにして最後に固く革の端を結んだ。

「…⁇」

真っ黒な革ですっぽりと覆われた右手をキリトが不思議そうに眺めている。


その様子を一瞥してから辺りを探った。

「…居た。キリトさん、行きますよ。」

「へっ?ど、何処にですか⁈」

「……?」

驚くキリトに構わず、彼を引っ張って遺跡内を進む。アルフも疑問の表情を浮かべながら黙って付いて来た。


進んだ先には双刀熊が一体、背を向けて佇んでいるのが見える。

「右手を強く握ってください。」

「…?こうですか?」

キリトは言われた通りに黒い革を巻き込むようにして右手を握る。

「そのまま、あの双刀熊を殴ってください。」

「はい…えっ?」

「あ?」

キリトは言われた通りに…しようとして止まり、アルフは思わず声を溢した。


それを無視して淡々と言葉を続ける。

「双刀熊の動きは見てましたよね?キリトさんは躱せます。万が一があっても、怪我はさせません。」

「いや…」

「相手は魔物ですので、加減とか要らないですよ。思いっきりやってください。」

「あの…」

「では、どうぞ。」

「どうぞ…って、リゼ殿っ⁈」

「っ⁈」

言うが早いか、キリトが声を上げた時には既に、その場で拾い上げた小石を前方の双刀熊目掛けて投げつけていた。

途端にこちらの存在に気付いた双刀熊が猛然と駆けて来る。


それを見たキリトが逡巡しながらも、腹を括って前に出た。

覆いかぶさる様にして振られる双刀を軽く躱し、下腹部に拳を叩き込む。

「…え?」

「は…?」

「………」

音を立ててキリトの足元に倒れ込んだ双刀熊から、さらさらと魔力が霧散する。

拳を叩き込まれた下腹部には空洞ができていた。

「………」

自身の右手と双刀熊を見比べながら、風穴を開けた張本人が絶句している。


その様子をいくらか同情を込めた目で眺めていたアルフが尋ねる。

「…実際にやってみるのは良いんだが、いきなりけしかける必要はあったのか?」

「魔物との遭遇は大抵突然だからな。状況は近い方が良いだろう。」

「どんな配慮だ…」

気を使う方向が間違っている。

未だにその場から動かないキリトにアルフが声をかけようと口を開いた。

しかし、彼が言葉を紡ぐ前に捉えた魔物の気配に振り返る。


「…!」

突っ込んで来たのが一角牛だとアルフが認識した時には、既に無数の黒石の刃に貫かれていた。

「丁度いい。肉でも食べるか。」

「………」

その姿を残したまま倒れ込む一角牛を見遣りながら呟くと、物言いたげな視線を投げられる。

それに気を留めることなく、ラズと共に一角牛を回収に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る