18

足が地面…ではなく、床に着く。

「(ん…?)」

顔を上げると、濃紺の髪と栗色の髪を視界に捉えた。

「えっ⁈リゼ殿っ⁈」

「あ、間違えた。」

何が起きたか理解した時にはキリトが驚いた声を上げていた。

直接部屋に転移する事は今まで避けていたのだが、完全に忘れていた。


やってしまったものは仕方ないと腕に抱えていたラズを足元に下ろす。

「すみません。直接来てしまいました。」

「いえ、びっくりしましたけど大丈夫ですよ。寧ろ、今までわざわざ外に転移してくだってたんですね。門の方ばかり眺めてしまってました。」

いつものように人懐っこい笑みを浮かべながらキリトがラズの前にしゃがみ込むと、その毛並みを撫でた。ラズも特に抵抗することもなく好きにさせている。


そのままこちらを見上げてキリトが言う。

「リゼ殿、依頼しても良いですか?」

「魔物肉ですか?」

「はい!やっぱり聞くと食べてみたくなりますね!」

彼のライトグリーンの瞳が好奇心で満ちる。実際、魔物肉など馴染みがなければあまり口にしないだろう。

魔物肉自体は美味しいのだが、食べたいという気が起きなければ好き好んで手を出すものでもない。


「希望はありますか?」

「希望が言える程魔物肉のことは知らないので特に…あ、指定しないとやりづらいですか?」

「いえ、全く問題ないです。晩餐の遺跡で適当に見繕ってくるので。」

「晩餐の遺跡ですか?」

「はい。ここが一番魔物肉を求めるには最適な場所ですね。」

そのまま興味深々で色々と尋ねてくるキリトに応えていると、不意に別の声が混じる。


「魔物肉の話をしにわざわざ出向いたのか?」

キリトと二人で顔を向けると、アルフが金色の瞳で眠そうにこちらを眺めていた。

ここに直接転移して来た時、既に目は覚めてしまっていたのだろうが今までぼんやりと微睡んでいたらしい。


「いや、キリトさんから報酬を受け取りに来た。」

「…もしかして、この間の鍛錬か?」

軽く身体を伸ばしつつ思い当たる事を口にして、キリトの方に問う。

「報酬ってなんだ?」

「今日の晩御飯です。」

「……晩御飯。」

依頼に対する報酬に金銭的なやり取りが主なところに晩御飯が出てくるとは思っていなかったからか、しばらくアルフの思考が止まる。

「…リゼはここに飯を食いに来たんだな?」

「結局はそうなるな。」

報酬が晩御飯である以上、飯屋に来たのと同義である。アルフの問いかけに異を唱えることなく頷いた。

「あ、魔物肉の納品依頼の報酬はどうしましょうか…納品された次の日の晩御飯で良いですか?」

「良いですよ。」

「その晩御飯へのこだわりは何なんだ?」

キリトとのやり取りに軽くアルフの疑問を挟みつつ、魔物肉の納品依頼と受注が成立した。


アルフが腰掛けていたソファから自身の書斎机に移動しながら、思い出したように言葉を投げる。

「そういえば、納品者登録があるんだってな。」

「…!」

「あぁ。」

「いや!なんでお二人ともそんな普通でいられるんですかっ⁈」

アルフの言葉に一瞬身を固くして、それに対する短い応答にさらに目を丸くしたキリトが強めに言う。

キリトも状況は知っていたらしい。

シベルの部隊につい先日まで自身の動向を探られていたが、そこにはアルフの希望があったはずだ。

納品者登録があることは二人に話していない内容である。おそらく身辺調査の報告でシベルから知ったのだろう。

最終的に、いい加減にしろと若干殺気立って強制終了させたのだから、こちらが気付いていたことも報告に含まれていると考えて良い。

結果、やっていた事はお互いに筒抜けな状況で、今更隠すことに意味はない。

アルフもかなり開き直ってきている。


キリトが相変わらず気にするようにこちらを覗ってくるが、別に心証を悪くなどしていない。探られたところで、どうせ何も分かりはしないと確信している。

どうあっても憶測の域を出る事はできない。


「楽しかったか?」

「………」

口端を上げて揶揄う様に笑みを浮かべてみせると、アルフが不機嫌そうに眉根を寄せる。

「やっぱり私はアルフ様が返り討ちに遭うと思います。」

「…俺もだ。」

苦笑を浮かべながらキリトが思った事を口にすると、アルフも同意を示しつつ溜息を吐いた。


そんな二人の様子を眺めながら言う。

「一体何を知りたいのか知らないが、この契約の魔導石が割れた時には答えてやろう。」

「お前な…」

契約の魔導石が割れる時は魔導士にとっては死ぬ時だ。普通なら、一生答えないと言っているのと同じである。

「アルフ様も気になる事があるなら聞けばいいじゃないですか。答えてくれるかくれないかはその後ですよ。ね、リゼ殿?」

気負うことなくキリトが問いかけてくる。


今までのどことなく後ろめたさを抱えていた彼はすでに居ない。鍛錬の相手といい魔物肉といい、自由に行動し始めている。

アルフはそんなキリトを頬杖をつきながらしばらく眺め、視線を移す。

金色の瞳が夜空の瞳を捉えた。


逸らすことなく見返すとアルフが口を開く。

「リゼの魔力はどんな色なんだ?」

「これだな。」

彼の問いに、自身の纏う白いローブの裾を持ち上げ、水色と金色に染まった刺繍部分を示して見せる。

「…?…どっちだ?」

「どっち?」

「………」

続けて聞かれた内容に首を傾げる。

アルフはその様をしばらく無言で見つめて、キリトの方に視線を投げた。

「…キリト、魔石ってあったか?」

「…あると思います。少しだけお待ちください。」

アルフに聞かれたキリトが部屋から出て行く。それを、何処か納得し難い表情をしたアルフと二人でしばらく待った。


「お待たせしました。」

すぐに一つの箱を抱えて戻ってきたキリトは、それをアルフの前に置く。

アルフは箱の中から透明の魔石を一つ取って軽く放ってきた。それを難なく片手で掴み、握っていた手を開く。

掌の上には既に色が変わり始めた魔石が一つ。

その魔石を持ってアルフの元に歩み寄り、差し出した。

「ん。」

「「………」」

黙り込んだ二人の視線の先には水色と金色の二色にはっきり分かれた魔石があった。


途端にアルフが机に突っ伏して何事かぼやく。

「本当に二色なのか…」

「本当に二色ですね。」

「本当に二色だが?」

嘘などついていない。魔力の色については装備屋の少女にも聞かれたことがある。

同じように魔石を渡され、同じように水色と金色に色付いた。


「知れば知るほど持っていた常識が悉く潰されるんだが…」

「今更だな。全て私にとっての普通だ。諦めろ。」

恨めしそうな目を向けてくるアルフに言う。彼の持つ常識では、一人の魔導士が持つ魔力は一色なのだろう。だが、二色なものは二色なのだ。常識など知ったことではない。


「色が混じったりもしないんですね。すごく綺麗です。」

徐々に透明に戻り始めた魔石を見つめてキリトが声を溢す。そして、ふと気付いたようにこちらを向いて尋ねてきた。

「リゼ殿のローブの刺繍は魔力の色で染まってたんですね。初めからその色で飾られていたのだとばかり。」

「元々は白ですね。ローブに流す魔力で色々できるようにしてくれてるんです。」

「じゃあ、それには老白樹の素材の強さに加えて君の魔力も流れているのか…通りであの魔力濃度に耐えられる訳だ。」

いつかの日の出来事を思い返しながらアルフが呟いた。

あの時の魔力濃度に耐えられるならば、大抵の魔力溜まりで問題なく行動できるだろう。

あそこまで濃い魔力溜まりの中を、好んで散策する者がどれだけいるかは不明だが。


「他には?」

「………」

まだ聞きたい事があるかどうか促してみると、アルフはしばらく無言でこちらを見つめてから口を開く。

「…今日はもういい。」

短く答えると机の上に置いてあった本に手を伸ばす。

「では、私も報酬という名の晩御飯の準備をしてきますね。」

そう言って部屋からキリトが出ていくのを見送ると、アルフから声がかかる。

「待ってる間暇だろう。何か読むか?」

徐に立ち上がり、後ろの本棚から何やら適当に数冊抜きとるとそのまま手渡してきた。

特に何も言わずに受け取ると、本の表紙と真っ赤な魔導石が視界に映る。


「………」

渡された本を片手に左手に嵌めた指輪を目の前に掲げた。

この魔導石を割れば自身の魔力で強制的に魔法を展開させられる。その場合に生じる事象は魔導士にとって例外はない。

果たして、自分はどうなるだろうか。

「(いっそ、自ら割ってみるのも一興か…)」

夜空の瞳が少しだけ興味の色で染まる…と、掲げていた手が掴まれた。

「割るなよ?」

「………」

視線を移せば、顰めっ面のアルフがいる。


それを眺めながら肩をすくませて見せた。

「割れということか?」

「振りじゃねえ。」

発した言葉は、若干食い気味に否定された。

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